空
2075年、AIエージェント搭載型ロボットは比較的安価に、あらゆる場所で用いられるようになっていた。その発端は2051年にArrows社によって感情や理性、そして人間への忠誠心を備えたAIモデル”AG-R03”が開発されたことにある。そのモデルは広く蒸留学習され、約20年で瞬く間に世界を変えた。教師はほとんどエージェントがこなし、警備ロボットの導入により治安は劇的に向上し、行政コストは20年で40%削減された。
だがそれと同時にマイナスな面もある。ロボサイドと言われる、ロボットへの虐待行為が行われるようになった。彼らは擬似的にではあるが、感情を持っているため、倫理的問題として2075年現在幅広く議論されている。ロボットは人間に手出しはできない、そう設計されている。
*
イワンはふと我に帰り、二人の様子を眺めた。
「『ド』さんはKANAGAWAでご勤務なさってたんですね!」
「だからその呼び方をやめろ!俺の名前はDO-1879だ!」
ドは最初こそ気張っていたものの、徐々にクリンのペースに懐柔されつつあった。現在時刻はAM8:00。天井からは朝日が差し込んでいる。
「この廃棄場は第6プラントだ。そして、ここの廃棄予定日は3日後だ。つまり後3日の関係ってことだな。」
「3日もお話しできますね!」
「「...。」」
イワンとドはクリンの底無しのポジティブさに調子が狂わされっぱなしだった。
さらに幾つかの悶着があった後に、三人のロボットは思い思いの時間を過ごしていた。クリンは廃棄場だと言うのに持ち前の掃除スキルで、埃や、地面に散らばった配線やパーツを掃いていた。日が入るようになり、廃棄場の全景が明らかになったことでドは改めて驚嘆していた。
「知識では知っていたけどよ。このプラントって相当でかいんだな。」
TOKYO都特殊機械廃棄・保管区。一部の高性能な製品を除き、大量生産・消費されるようになったロボット。それらをまとめて廃棄するために2064年から運用されている。東京湾の埋立地に第1から第7までのプラントで構成されており、広さは12平方キロメートルで、第1から第5プラントまでは低性能AIまたはAI未搭載のロボットが雨ざらしで廃棄されている。第6及び第7プラントは高性能AI搭載ロボットが廃棄されており、内部パーツの再利用や学習のために屋根付きの施設となっている。
ロボットは記憶データや電源モジュールを抜かれた状態で廃棄され、月に一度専用の処理施設にまとめて輸送され、処分される。人間に近い見た目の物も廃棄されており、その様子はさながらカタコンベ(共同墓地)である。実際に、ロボットに愛着が湧きすぎた人の為に、死体安置や魂の浄化のような役割もあるとされているが、真偽は不明である。もっとも彼らに魂などないのだが。
*
PM5:00、天井から斜陽が差し込み、廃棄場全体に異様な雰囲気が漂う。積み重なった”死体”の山は寂寥感と同時に底知れない不気味さを放っていた。イワンは自身にインプットされた教育データを再学習し、自己最適化を行っていた。その行為に意味はない。彼女はアルゴリズムでそう設計されており、それに従っているだけなのだ。
彼女は微細なエラーを検知する。無視しても問題なく稼働するが、解決してみることにした。エラーを起こしているモジュールは”/memoria”というモジュールだった。アクセスしてみたが、できない。できないが、その時彼女は異様なことを経験した。突如嗚咽しそうになる程、鉛のように腹部が重くなり、涙が溢れ出した。その行為一つ一つに意味はない。そう行うのが最適というモデルの出した結果だ。しかしなぜ?
彼女のAIはその疑問を解決するため、その問いに幾度も演算を走らせた。けれど、返答はどこにもなかった。日は沈む。深く、重たい泥のような闇が廃棄場を包み始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます