第3話「いつもの日常」その④

 授業が恐らくあと1時間ほどで終わるタイミングで、何事かがあったのか急に教官が慌てた様子で入ってきて、授業をしていた教官に耳打ちした。小声だった為に聞き取る事は出来なかったが、授業をしていた教官も話の途中から表情が深刻になり、そして顔面蒼白のまま、二人の教官は部屋から飛び出した。室内は騒然としたが、数分後に戻ってきて、とりあえず生徒は全員、食堂に向かうように指示を受けた。何がなんだか分からないまま、リア達はそのまま食堂へ足を運んだ。すると、なんとそこにはルカ、ラメイロ、そしてジェームズが揃っていた。

 

「ジェームズ!戻ってたのか!?大丈夫か?」


 リアはジェームズが既に戻ってきていた事に驚く。彼の様子をチェックするが、明らかに顔色が悪く、そしてプルプルと体が震えていた。そして左腕には酷いあざが残っていた。

「一体向こうで何があったんだ?」

 ルカは彼に事情を聞こうとするが、ジェームズはそれに応えない。

 

「言えないんですぅ…。たとえ兄貴でも…。」

 

 リアとルカの二人はすぐに察しがついた。恐らく真実を話すと、彼や彼の家族の身に危険を及ぼすと脅されたのだ。

 

「…大丈夫だ。その時はお前も家族もなんとかしてやるから。…こいつが。」

「は?私だけかよ!もうちょっと頼りになる発言をしろよ…!」

「冗談だ。…俺達が騒乱を起こして警察を突入させるって話しただろ?実はそれにはWFUも関わってるんだよ。だからお前も、そのブラジルに居るお前の両親も保護してくれるから、大丈夫だ。だから、教えてくれ。」

「…兄貴、分かったよ。」

 

 その説得が功を奏したのか、内部の事情について話しはじめた。研究所は地下に存在する施設で、構成されるかなり広い場所であったようだ。白くて長い通路に、その場所に広がるアルコール臭は、まるで病院にやってきたかのようであった。到着後すぐに検査の嵐に見舞われた。その後、10人ばかりかの研究者と3人の警備兵と共に、研究所の最奥部に連れて行かれた。


 そこはさっきまでの病院風の景色とは打って変わり広い大部屋で非常に暗く、大量の実験装置がその場所に設置されていた。多くの治療用椅子に、既に何人の生徒…被験者が座らされており、彼らが逃げ出さないように固定具が付けられていた。そして装置を頭に被せられたあと、急に研究者たちは被験者から離れはじめる。そして、研究者の一人が装置のスイッチを押すと、ブオンブオンというファンが回るかのような大層な音と共に、急に被験者は苦しみだす。そして、しばらくたって激しい悲鳴が彼から発せられると、急にあたりが凍りだした。恐らく彼の能力だと思われるが、彼が自分からその能力を行使している様子は無かった。そして他の被験者たちも装置を起動され、一斉に能力が発動し始める。各地から発せられる激しい絶叫の不協和音が、コンサートホールのように部屋中に響く。


  この光景を目にしたジェームズは、すぐに逃げようとしたが、既に警備兵が彼を捕らえて拘束し、そして彼もまた、残り一枠の椅子に座らされ、そして…。


「…俺の能力を、吐血するほどに、使わされたんだぁ…。グスッ。」

 ルカは彼の一生懸命に伝える悲惨な実態を沈痛な面持ちで聞いていた。その後ろにいたリアは、彼が話すこの症状に一つ心当たりがあった。

 

能力過剰使用オーバードーズか…。」

「だな。能力抑制装置は、逆に能力を強制的に使用するように調整することも出来る。それで無理やり…。立派な人体実験だ。…よく耐えたな、ジェームズ。」

 

 ラメイロは、聞き慣れない単語が出てきたために、質問をする。

「兄貴、能力過剰使用オーバードーズって一体なんです?」

「ラメイロ、そんな事も知らないのか?能力を過剰に使用しすぎると、その副作用で精神や肉体に大きなダメージを受けるんだよ。その痛みや精神的苦痛によって能力の暴走が起こったりするんだ。」

「おお、そんな恐ろしい現象がっ…。くわばらくわばら…。」

 

「んで、何故アンタはここに戻ってきたんだ?研究所に行くと、最低でも1週間は帰れないはずだが…。」

「帰されたよぉ。オレらがいる階層より更に下で、何か能力者の事故があったみたいで、研究員の人手をそちらに回すとかでェ…。ベルの探してる”2236”も一緒にぃ…。」

「一緒に帰らされた!?じゃあ”2236”は部屋に居るってことか!」

「多分だけど…。」

 その話を聞いてリアは喜んだ。これでこころの能力を利用して、外部と連絡が取ることができ、これで任務完了ミッションコンプリート出来る目処が立ったためであった。


 「チャンス到来だな。ベル。ようやく事を起こすタイミングが来たんじゃないのか?」

「あぁ。ルカ、ラメイロ。ちょっくら一騒動を起こそう。じゃ、前話した通り、翌1時から行動開始だ。」

「OK!」

「了解っす!」


 三人がこうして団結していると、その間に入るのを申し訳無さげに、リアに話しかける。

「リア、あの…、あと一つ、話が…。」

「どうした?」

「…俺が入った少しあとに、ラニーを研究所内で見かけたんだ。もしかしたら、あいつも巻き込まれてるかもぉ…。」

「おい!それは本当か!?」

 リアは居ても立っても居られず、すぐに研究所に向かおうとした。しかし、その行動を制止するために、ルカが彼女の肩を叩き落ち着かせようとする。

 

「おい!リア、落ち着け!まだ研究所の内部の実態もそのトラブルも何も知らないだろ!」

「でもアイツの体調が明らかにヤバいんだ…!また研究所に行くと、死んじまうかもしれねえ!」

 そんなやり取りをしているうちに、食堂入口からぞろぞろと教官達が入ってきた。そして、その中のリーダーが現在の説明が行われた。

「お前ら!A棟でトラブルがあったってんで、安全上の理由で自室へ待機するような指示が出た!これから静かに、速やかに自分の部屋に戻れ!繰り返すが…」

 リア達はやむなく教官達に誘導され、自室へと戻っていった。


 

 自室に戻ってから数時間、リアは例の時間まで小さなデスクに据え置きされていた本を椅子に座り仕方なしに読んでいたが、落ち着きもなく、何の内容も入っては来なかった。そうしていると、突然黒い服装を身にまとった二人組の男がノックもなしに部屋に入ってきた。二人は無表情に、静かにリアに呼びかけた。

 

「おい、お前がベル・ヴァランスか。」

 

 リアはその呼びかけに応じて、本を読むのを辞めて、デスクチェアを半回転させて彼らの方に向いた。

 

「おっ、ようやく私にが回ってきたんだな。待ってました。」

「あぁ。地獄へと招待する番だ。」

 

 左の男がそう言い、サイレンサー付き自動拳銃(※1)を懐から出そうとした瞬間、リアに体当たりされる。

 

「ぐあっ!」

 

 そして銃を持っている手を後ろに回されて、そのままリアは銃を奪い彼とともに部屋の後ろに下がる。もう一人の教官はその間に銃をリアに向けるものの、相方はいつの間にか拘束され、彼女の盾にされ不利な状況になってしまっていた。

 

「草加!俺のことは構わず撃…!うっ!」

 

 リアは彼を草加の方へ投げ飛ばす。二人は壁にぶつかり、盾にされた教官はその衝撃で気を失った。倒れながらも草加は銃を拾おうとしたが、リアに顔を殴られた上銃は手の届かない所に蹴り飛ばされてしまった。リアは銃の薬室(※2)を確認した後、彼の顔に銃を向ける。

 

「銃を持ってきてくれてどうも。」

「くっ、お前がスパイなことはもう分かってんだよ…。ここを敵にして生きて帰れると…。」

 

リアは彼をもう一発ぶん殴り、しばらく喋ること出来なくした。

 

「狭いところで戦うからそうなるんだよ。勉強しろ。」

 サイレンサーを銃からスムーズに取り外し、草加の腰に取り付いたホルスター(※3)とインカムを剥いでリアのものにした。

 

「チッ、しかしもう情報が漏れちまったのか。もしかしてあの教官が裏切った…?」

 

 リアはこの部屋に留まるのは危ないと思い、脱出するために扉から外の通路を確認する。通路は既に照明が落とされ、暗くなっていた。しかしそこには誰もおらず、その暗闇とマッチするかのように不気味と思うほど静かであった。

 

(誰も居ないな……。普段は教官や警備が何人かで巡回しているはずなんだが…。どうやら例のトラブル、余っ程の事みたいだな。)

 

 廊下に出て、隠密に歩いてみたものの、本当に誰も居ない様子であった。A棟へ向かうさなかに、B棟からA棟への渡り廊下に差し掛かるところで、慌てた様子の一人の教官が、私服で現れた。リアは咄嗟に柱の陰に隠れたために教官に気づかれる事は無かったが、彼はブツブツと独り言を呟きながら、駆け足でB棟の出口へと歩いていた。

 

「こんな施設にいてられるか…!俺は出ていく、出ていくぞ…。折角奴らの恫喝が通用しないチャンスなんだ…。出ていくぞ…。」

 

 彼は外へと出られる扉を開け、そのまま鍵も閉めずに出ていった。そのためリアは偶然にも脱出口を確保出来たのでリアはガッツポーズをするのであった。


 

 それ以降は教官の誰にも遭遇することはなく、驚くほどスムーズに、こころの居るCクラス収容エリアに侵入することが出来た。しかし、Cクラスの管理室は無人であった為、リアは鍵を探すために物色する。能力抑制装置の鍵こそは見つからなかったものの、部屋に入るためのマスターキーと、抑制装置の出力を遠隔で操作することが出来る装置を発見した。これで出力を最小にすれば、こころの能力が利用できるようになるため、この発見は非常に大きかった。

 

(本当に追い風が来たか、これでWFUとも連絡が取れるぞ…!あとはこころが無事なら良いが…。)

 

 リアは急いで廊下を部屋の前に張り出されたナンバープレートを必死に見る。こころのナンバーは2236だったが、1245……、1604…、2005と求めていた数字はいつまでたっても現れない。

 

 (どこだ…?どこだ…?)

 

 Cクラスエリアの通路の最奥に差し掛かったとき、ようやく彼女の望んだ数が現れた。

 

「”2236”!!」

 

 リアは素早く鍵を開け、間髪入れずに彼女の部屋に入った。部屋の中はうす暗かったが、目を凝らすまでもなく

 

「こころ!こころ!?一体どうしたんだ!?」

「リアぁ…。グスッ…。」

 

 そこには号泣し、目を腫らした彼女の姿があった。そして顔は青ざめており、体中、血管が浮き出ていた。

 

「うぅ…!ケホッ、ケホッ…。連れて行かれて、能力を無理やり使わされて…。」

「それで能力過剰使用オーバードーズするまで…!クソ野郎共…。」

 

 リアはこころにこれまでの出来事と、こころに事情を説明する。

「…というわけで、これで証拠も集まったし、騒動も今起きてる。これで任務完了ミッションコンプリートだ…!でも助けを呼ぶのに、こころの力が必要だ。頼めるか?」

 能力抑制装置の出力操作装置を利用し、こころの能力を使えるようにした。

「よし、これで使える筈。このインカムとWFUの通信装置と接続してくれ。その後、さっさとここから抜け出すぞ!」

「うん…。早くここから出よう!」


草加から奪ったインカムと、こころの能力を利用してWFUと連絡を取る。失敗する可能性もあり二人は少々不安であったが、その試みは拍子抜けするほどにあっさりと成功する。

 

「こちらWFU本部。」

「こちらリア!」

「おお、リア。無事だったか!連絡を待ってたぞ。それで途中経過は…」

「率直に言う。ここの施設は危険だ。多くの証言もあるし、何よりも決定的な証拠も掴んでる!だから早く突入しに来てくれ!」

「了承した。よくやった。しかし、日本政府から突入の許可を得るために少々時間がかかる。…数時間ぐらいか。それまで証拠を…。」

「そんな許可を貰ってる場合じゃねえだろうが!早く援護が来ないと大変なことになるんだよ、バカ野郎!!」

 リアはWFU本部の体たらくに通信越しで怒号を飛ばす。すると次の瞬間、再び事態が急変する。

 

「うわっ!」「キャッ」

 

 非常に大きな爆発音のあと、かろうじて立てるほどに大きい地震がリアとこころを襲った。ただ、数秒の後にそれはすぐに止んだ。そして、遠方から激しい銃撃音と重い衝撃音が聞こえてきた。

 

「爆発に、銃声…?この場所で、一体何が起こってるんだ…?」

 

 抑制装置によってこころの能力が安定しない影響か、インカムの通信は途切れてしまっていたが、通信内容的に恐らく数時間後には突入してくるだろうというのは分かっていた。こころは突入までの時間、どうするべきかを考えていると、リアは突拍子もないことを言い出した。

 

「私は研究所へ行ってくる。こころはここで待っててくれ。」

 

 この発言にこころは驚いた。WFUが突入してくる今、行く必要を感じなかったためであった。

 

「え!?どうして…?研究所は今、危険なんでしょ?それなのに一人で行くなんて…。WFUの人達が突入してくるまでここで待とう?」

「この混乱した状況はどさくさ紛れて証拠を集めるチャンスだ。そして何よりも…、そこに居る友達を救いたいんだ。ただ能力者の暴走事故からもうかなり経ってる…。時間がない。こころ、アンタをここから救い出す約束だったけど…。申し訳ない。」

 リアはこころに詫びる。しかしこころは、不安そうな面持ちから一転して、リアに笑顔を向けて答えた。

「…分かった。いいよ。ここで待ってる。私、リアを信じてるから。強いから、大丈夫だって。」

「ありがとう、こころ。」

 

 こうしてこころを部屋に残して、リアはここから出ていく。その後ろ姿を見たあと、こころは目を瞑り、彼女のために祈りを捧げる。

 

「…無事に帰ってきてね。リア。」

 

 ※1 サイレンサー…主に銃などの火器に取り付けて発射音を減少させる装置のこと。銃の先に取り付ける事が多い。

 ※2 薬室…発射前の弾(実包又は空砲)が入る銃の部位のこと。チェンバーとも言う。

 ※3 ホルスター…銃器、特に拳銃を携帯するためのケースやポーチのこと。通常、腰ベルト、肩、足、胸などに装着される。

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