第3話「いつもの日常」その③

 ミッションを開始してから数週間が経過した。リアはこの生活に慣れたものの、淡々と進行していく授業にはすっかり飽きてしまっていた。苦痛の時間であった授業をなんとか終え、昼食の時間となった。リアは気晴らしに普段と違うルートで食堂へ出向くと、たまたまラニーを見つけた。5日間、食堂に姿が見えなかったために久々の再会であった。リアはラニーにすぐ駆け寄ったが、彼はあまり会いたくなかった様子で、最初はリアとは顔を合わせなかったほどであった。

「ラニー!アンタ、今までどこにいたんだ?」

「ベ、ベル…!久しぶりだね…。ちょっと体調が悪くて出られなかったんだ。」

 

 彼の右腕は、包帯でグルグル巻きにされていた。リアはまたイジメにあったのかと思い、彼を案じた。

 

「その腕…。まさか、またいじめられたのか!?大丈夫か?」

「転んで腕をぶつけてさ。その傷が元で体調も悪くなっちゃって…。」

「本当に?そうか…。無理はするなよ。あと、何かあったら私に教えてくれよ?」

「大丈夫だよ…。それに、もし何かあったとしても、僕のことを気にかけてくれる教官も居るんだ。いざとなったらその人が助けてくれるよ。」

「ふーん…。そんな聖人君子が。そいつの名は?」

「アルベルトって人。その人はこの施設のことも好きじゃないみたいで、規則に逆らってでも生徒に味方してくれる時があるんだよ。」

「へぇ…。分かった、いざとなったら私もそいつに助けてもらおうかね。金がなくなった時に。」

「ふふっ」

 

 リアはそのまま立ち去ろうとした時、ラニーは話を切り出した。

 

「ねぇ…ベル?」

「ん?」

「仮の話、あくまで仮の話なんだけどさ。自分自身がつらい…耐えられそうもない状況が続いたら、ベルはどうしてる?」

「どうしたんだ、藪から棒に。まぁ、そうだな…。耐えられない状況になったら、逃げだすか、その状況と戦うか、その二択だな。」

「戦う?」

「いつまでもそんな状況に居たら、いずれ壊れちまうだろ。だからそうなる前に、戦うんだ。逃げ出しても同様だ。いずれ、その状況に向き合って戦わなきゃいけなくなる。」

 ラニーはリアのその言葉一つ一つに頷いてくれていたが、その反面彼は悲しそうな目をしていた。

「君は…強いね。」

「あぁ。私は強いからな。だから…、アンタがつらい状況にまた陥ったら、私が助けてやる。必ず。だ。」

 敢えてリアは微笑みながら彼に約束をつけ、そこから離れた。リアが去ったあと、ラニーは嬉しそうに一言つぶやいた。

「…ありがとう、ベル。」

 

 

 今回の収穫、アルベルトの話をすぐさま食堂にいるルカの元へ持っていった。ルカは椅子にもたれかかっており、かなり眠たそうにしていた。リアはその姿勢を気にせずに今回の収穫を披露した。

「…ラニーの話によれば、どうやらこの施設にかなり嫌悪感を抱いている教官も居るようだな。」

 ルカはその名前を聞いて、すぐに飛び起きた。

「おい、そいつ、俺のトコの担当教官だぞ…!ようやく俺達にも風が吹いてきたみたいだぞ。」

「ただ、問題は信用できるかどうか、だ。追い風か向かい風かはわからんがな…。」


 翌日、ルカは昼食休憩中にリアを呼び出して、また男子トイレへと連れて行った。食堂の生徒の一部は彼らに怪訝な目を向けられるが、二人はそんな事を気にしてはいられなかった。いつもの男子トイレへとたどり着いて、周囲を確認する。

「誰にも見られてないな?」

「あぁ、大丈夫だ。」

 

 リアは入って早々、トイレのアンモニア臭に思わず苦言を漏らす。

「…毎度おなじみのションベン臭プンプンの応接室だねぇ?ルカ君?」

「いい加減諦めろって…。」

 

 リアがトイレの奥へ行くと、そこには一人の教官が立っていた。眼鏡をかけた白髪の男であり、年齢は50半ばといった感じであった。柔和で優しそうな印象はあったがそれ以上に日々の日常に疲れ果てており、その顔は実年齢以上に老けて見えた。

 

「私がアルベルトだ。君は…スパイって事だね?失礼だが、それ以外で適切な表現が見つからなくてね…。」

「まぁ、実際そんな感じだから気にしなくていい。私はWFUの者で、この施設の実態を告発出来る人間と証拠を探しているんだ。そうすれば、この施設にようやく介入することが出来るんだよ。」

「おお、有難い話だ。今までもそうした人間は居たんだが、皆失敗した挙げ句に行方不明になってしまってね。外部からの協力者がいれば、私も同じような失踪者にならずに済むわけだね。あぁ…良かった!」

「おいおい、この施設はそんな悪どい事もするのかよ。悪徳のデパートじゃねえか。」

「ルカが脱走したときも、どう見てもカタギじゃない奴らが追いかけてきてたしな。」

「そう、そうなんだ。この施設の実態は君達が思うほどに酷くて…!そして恐ろしく!野蛮で!最低な組織なんだ!」

 リアはその興奮した様子にすぐさま注意をする。

 

「静かに。嬉しいのは分かるが、無駄に騒いでバレるのだけは避けろ。」

「…すまない、興奮してしまった。ただ、君達も生徒が連れていかれる所を幾度となく見ただろう…。あれは地下にある秘密裏に運営されている研究所に連れて行かれるんだ。」

「研究所!?もしかして、人体実験が行われているという話も…。」

「事実だ…。残念ながらね。」

 

 アルベルトは淡々と、正確に説明をし始めた。彼によれば、施設の悪事だけではなく、研究所の実態についても知っているようであった。能力者を1日中あらゆる厳しい人体実験にかけ、その実験で何十人も殺し、その遺体は地下の焼却炉に入れて証拠を隠滅しているという、身の毛のよだつような実態であった。かつて彼は施設と研究所の橋渡し役であり、頻繁に訪れていた為に内部の実態を知っていたようで、その実態を目の当たりにした彼は、夜は眠れずに、その悪夢を長い間見続けていた。


 この話を受けて、リアもルカも実態は彼らの知ってる以上にに深刻であったため、血の気が引く思いであった。

 

「酷すぎる…。」

「…この証言があれば十分だ。ありがとう、アルベルト。後は証拠だが…。」

 

 突入のためには証言だけでなく証拠が必要であったが、3人は黙り込んだ。研究所内の状態は不明な上に、証拠を外部に持っていくまでが至難の業であることは全員分かっておいるため、良い案は思い浮かばなかったのだ。しかし、しばらくしてルカはあるアイディアを思いつく。

 

「…その例の研究所に連れてかれた奴を連れてくれば、立派な証拠になるんじゃないか?」

「残念だが、この話に乗る子はまず居ないだろうね。研究所内で、わざと仲間を信頼できない形で疑心暗鬼に陥るように、考えを誘導されているんだ。それに加えて話したら自分や家族を殺すように口止めしておけば、立派な黙秘者の完成だ。」

「チッ、やっぱり研究所に乗り込むしかないか…?」

「それは無茶だ!あそこには重装備の兵士が何人も内部を巡回しているんだぞ…!」

「いくらリアでも、強行突破は厳しいんじゃないか?」

 

 そして再び3人は考え出すと、突然リアは何かを思い出し、それを基に新たなアイディアを言い出す。

「…一人、心当たりがあるやつが居るんだ。信用できて、ラニーって言うんだが…。」

「ラニー君か!あの子は本当にいい子なんだ。だからなんとかこんな所から出してやりたい所だね…。」

「あいつ、研究所に行ってたのか?」

「まぁ、推測だけど…。とりあえず、ソイツに当たってみるよ。後は連絡手段だが…。」

「ここでは基本外部とは連絡、通信が出来ない状態になっていてね。電話も内線で、ネットワークもこの施設に関するものしかアクセスできないんだ。」

「やっぱり、こころと合流しないとダメか…。アイツがいれば、どんなに通信妨害していても外部と連絡が取れるんだよ。」

「そんな能力を持ってる子が居るのか!しかし、そんな能力者って事は…。」

「当然、Cクラス以上だ。確かそれ以上のクラスになるとB棟じゃなくてA棟に居るんだろ?だから、そのA棟のことについて知りたいんだ、アルベルト。」

 

 アルベルトは少しの間のあと、悔しそうに述べた。

「…申し訳ないが、A棟の事は私もほとんど知らなくてね…。」

「なるほど、B棟の教官はB棟の情報しか与えないのか。徹底してるな…。」

 結局、この密会では結論を出すことは出来ず、そのままお開きとなった。

 

 

 翌日からラニーの行方を探すものの、その姿はどこにもなかった。教官に警戒され怪しまれてしまうために、他の誰かに聞くといった思い切ったことは出来なかったため、リアは手詰まりを感じていた。そして、任務開始から1ヶ月が経とうとしており、タイムリミットが近いリアは焦りを感じ始めていた。ただし、今日になって、事態は新たな方向に進みはじめた。


「えっ…!ジェームズが研究所に!?」

 いつもの昼食の時間でルカに会うと、とんでもない事実が告げられた。

「ああ。アルベルトから聞いたんだ。明日連れて行かれるらしい。」

「おいおい、大丈夫なのか?」

「まぁ、大丈夫ではないだろうな…。ただ、あいつには申し訳ないが、俺達が行くことが出来ない研究所に入るチャンスなんだよ。それに、A棟で瑛の位置を探るチャンスでもある。そこであの後、俺がアルベルトと一緒に考えたんだが…、アルベルトは研究所に入るために必要な書類を揃える仕事もこなしてるらしいんだが、たまたまジェームズの担当になったんだ。そこでわざとその書類に不備を出させて、あいつを一旦B棟に戻ってこさせようと思ってる。」

「瑛の位置はどうやって探るんだ?」

「実は研究所への道中で瑛の居るCクラスの住居エリアに行くことになってるんだ。そこで、彼女の部屋を探して、B棟でメモを貰う。そんな手筈だ。」

「どうやってアイツの部屋を見つけるんだ?番号は知らないはずだろ?」

「アルベルトが瑛の番号を見つけ出してくれたんだ。でも自分のPCじゃアクセス出来ないから、A棟の同僚のPCで調べてくれたようだ。部屋の場所までは分からなかったみたいだが…。」

「よくバレずに済んだな…。でも大丈夫なのか?書類の不備を何とかする間、ジェームズがそのままA棟で待たされる可能性もあるだろ?」

「その点は問題ない。同じケースは過去にも何度かあったようだが、いつもB棟の拘置室で待たされていたようだし。あいつにはメモを渡して、拘置室でこっそり書いてもらってそこに隠して、無人のうちにこっそり回収…ってな感じだな。」

「…博打だな。」

「あぁ、大博打だ。の大好物の。」

「私もアンタの同類かよ…。分かった、ならアイツに能力者の未来を託してやるか。」


 翌日、授業を終えて昼食を取るために食堂へと向かう道中のある階段へとやってきた。食堂から遠いが、教官に出くわす事が少なく、迂回路の一つとしてこの通路をリアは利用していたのだった。階段に差し掛かろうとしたとき踊り場で、再び偶然にもラニーと出くわした。彼はこの場所でひっそりと右腕の包帯を撒き直していた。しかしラニーの様子は通常と異なり、額に脂汗をかき、息がぜえぜえと絶えており、苦しそうであった。

 

 リアは考えるよりも早く、彼に駆け寄った。

「ラニー!大丈夫か!?」

「あぁ、ベルか。大丈夫だよ…。大丈夫、大丈夫…。」

 

 しかしラニーの腕はどうみても正常ではなかった。マシュマロのように白く、膨張をして肥大化しており、彼の二の腕には能力者の刻印が記されており、その周辺の皮膚はその刻印に合わせて歪まさっていた。

 

「ラニー、アンタ、腕が…。」

 

 リアはあまりにも咄嗟に彼の腕を触ってしまう。ラニーはそれを払いのけ、怒号を彼女にぶつけた。

 

「触るな!!!」

 

 リアは彼の怒りにぎょっとし、すぐさま腕から手を離す。しばしの沈黙のあと、彼女は何故こうなったかを聞こうとするが、その前にラニーは逃げるように走り去った。ただ一言。

「ごめん。」

と呟いて…。


 その直後、ラニーの代わりにルカがリアの前に姿を現した。 切迫しており、何かを伝えたい様子ではあったが、まずはリア達の今の状況を聞いた。

 

「今、ラニーが走り去っていったが…。お前ら、何かあったのか。」

「いや、なんでもない…。それよりどうかしたのか?」

「ああ!あぁ、その件だが…。ジェームズからメモが来たんだ。ただ状況は思ったより深刻だぞ…。」

 

 そこには、”2236”と共に研究所へ行くとのメモが残されていた。2236は瑛、つまりこころの番号であった。

 

「こころも研究所に連れて行かれた!?」

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