第3話「いつもの日常」その⑤
リアはなんとかA棟ロビーへとたどり着いたものの、研究所へ行くためのエレベーターの前には人だかりがあったために、足止めを食らってしまっていた。そこには7、8名ほどの警備兵と2人の教官、そして、見覚えがある、軍服を着崩した女がいた。
(あいつ、鞭持ってた変態拷問官じゃねえか…。アイツがこんな所にいるってことは…。)
「どうなってるの?何故研究所との連絡が未だに取れないの?増援に行ったあいつらはどうなったの?」
「増援部隊は通信途絶したままです…。このままだと、WFUが介入していきますよ…!どうします?」
「職員の大半はここから逃げたみたいだし…。このままじゃ私達も破滅よ。なんとか介入前にこの
(穏やかな話じゃないな…。)
「よっ」
リアは後ろに銃を構えようとしたが、すぐにその手を下ろした。するとそこにはルカとラメイロがいた。
「ルカ…!?それにラメイロまで…。どうしてここに居るんだ?」
「抑制装置を取り外す鍵をこっちで探してたんだよ。そんで所長室の中の机を漁ってたらあっさり見つかったんだよ。これがそのマスターキー。」
「サンキュ。」
リアはその鍵を貰うとすぐにずっと手首に嵌めていた能力抑制装置の鍵穴へと差し込む。すると、リアはいままでの息苦しい感じから解放され、体が楽になったようだった。
「逆にお前はどうしてここに?こころとは合流出来たのか?」
「ああ。合流して外部と連絡が取れたけど、まだ突入まで時間があるみたいでね。それまでに証拠集めと、
「フッ、
「大丈夫。私は強いんでね…!」
リアは柱から飛び出し、彼らが目を離した隙に5発の弾丸を発射した。その弾は、警備兵5人の利き腕を襲い、小銃を持てる状況では無くした。そのうちの一人が拳銃をリアに構えようとするが、急に拳銃が上に浮遊しはじめる。
「何が起きて…くっ!」
「なんだこれぇ!」
そして1mばかりかの高さになった為に警備員はやむなく銃を手放し、彼はそのまま落下した。メビウスは状況に戸惑いを見せる。
「何?何なの?」
「我々は能力者に襲われています!敵は恐らく入口付近に居ると思われます!」
そのうち、警備員が持っていた武器は全て浮遊しはじめ、もう手の届かない位置にまで浮いてしまっていた。
「馬鹿!武器を奪われてどうするのよ!クソ、
メビウスは怒りを抑えられずに周りに当たり散らす。その様は、怒りの行き場を失った子供が癇癪を起こすようであった。
ラメイロはその光景に一種の爽快感を覚える。しかし、ルカの方へ振り向くと、彼に異変が生じていた。能力を使うために手を振りかざしていたが、その手はかなりの震えを起こし、目は青色に発光していた。これはルカから聞いた、
「兄貴、例の
「こんな事、大したことねえよ…。懲罰房よりはな…。」
すると突然、辺りが真っ暗となる。停電を起こしたのだ。突如として暗闇に陥ったロビーに居る警備兵一同は、今の状況と停電が重なってパニック状態になってしまっていた。
「こころ、あの状態で能力を使ったのか…。」
出力が下がっているものの、こころは未だに能力抑制装置で制御されているため、能力を使うことは大変苦しい行動であるはずだったが、それでもリアを助けたいという一心でリアはこころに感謝するものの、そんな事をしている余裕は無いことは分かっていた。ルカはリアに催促をする。
「…今のうちに行けよ、ヒーロー。俺達が陽動になる。今のうちだ。…ラニーを救ってやるんだろ?」
「ああ、ルカ、ありがとう!」
リアは警備員達の死角になるルートで、研究所へのエレベーターへ向かう。それに気づかせないためにも、陽動が必要であった。
「おい、ラメイロ。分かってるんだろうな?」
「本当にやるんですかっ、兄貴?」
「ああっ…、アイツばっかにカッコつけさせる訳には行かないだろ?」
「兄貴っ…!」
二人は隠れるのをやめ、殺気立ったエントランスに姿を見せた。警備兵はそちらに注意を向けるが、その間にリアはルカ達の陽動に乗じて、なんとか地下研究所につながるエレベーターに乗ることが出来た。
「ド腐れ
警備兵はナイフや警棒を取り出し、この二人を無力化するために向かいだす。ルカとラメイロは、覚悟を決め火中へと飛び込む。
リアは、研究所の地図や状況、そして戦い方などを必死に練っていた。彼女は研究所では死闘が繰り広げられると考えたからであった。武器は、一つの拳銃だけ。そして、更には中にいる被験者達を救い出さなければならない。泥水から宝石を見つけ出すような難しいトライを、彼女は決めるために与えられた猶予の中で何度もシミュレーションをしていた。エレベーターが下へとたどり着く。
(大丈夫、大丈夫だ…!これならルカを助けられる…!)
しかしその決して甘くない、綿密に計算した考えすら、全てがひっくり返るような光景がそこにはあった。リアは絶句する。そして少しの沈黙の後、思わず一言が漏れ出てしまった。
「嘘だろ…。」
それは地上とは一転して別世界が広がっていた。
そこにあるものは、瓦礫と、血と、肉片と、死体。それに尽きた。
元々はアルコール臭のある、徹底的に清掃の施された、白く無機質な通路であったはずだったが、その面影は姿を消し、最早、真っ赤に染まった流血の回廊としか表すことが出来なかった。一応照明はついていたものの、もう使うことは出来ないほどに破壊された医療機器と最早使うことが出来ない医療用品がバラバラと落ちており、通路各所にある池のように溜まった血は、そばにあった二人の死体から川のように流れていた。近くの床には爪で引っ掻いた痕があり、苦しみから逃れ、少しでも生き残ろうとしたようだが、無駄に終わったようであった。この通り凄惨な状態であったものの、リアはこの空間の異様さよりも、それ以上にとんでもないほどの悪臭や不快な環境に身悶えしていた。
(耐えられないほどに臭えし汚え…、何があったらこんな地獄絵図になるんだ…。)
リアはこの空間が環境の構築に一端を担っていたのは分かっていたが、この悪臭はそれ以上に他の要素が絡んでいるのでは無いかと思い始めた。廊下に接続されている部屋は全て瓦礫と死体で埋め尽くされており、比較的この状況に慣れているリアでも顔を背けたくなるほどであった。
ただ4つ目に通りがかった部屋は電気が消え真っ暗となっていたが、そのためなのか部屋にはほとんどダメージが無く綺麗であった。たまたまその場に落ちていたペンライトを拾って内部を照らし、証拠を探すためにこの部屋を探索することにした。その部屋の入口近くにある机の上にたまたま防臭用マスクがおいてあることに気がつく。悪臭から少しでも逃れるためにそれを拾い上げた途端、すすり泣くようなかすかな声が、どこからか聞こえてきた。その発生源は部屋の隅の棚からであった。リアは警戒しながら、その音の発生源である大きな棚の引き出しをそっと開いてみる。そこにいたのは、リアが来て早々、研究所へと連れて行かれた”2104”であった。
「おい…、アンタ、一体何があったんだ?」
彼女はどうやら検査中に抜け出したようで、青い患者衣を身にまとい、そして体中からチューブやら電線などが服からはみ出しているようであった。しかし顔は涙でグシャグシャとなり、でも声を出しまいと必死に口を手で覆っていた。リアはこの状況をみて、彼女はこの惨状を作り出した
すると後ろから物音が聞こえてきた。リアは銃を構えながら瞬時に振り返ると、白衣を着ているだろうと思われる男が、這いずりながら、通路の奥からやってきた。おそらくここに勤めている研究員である。しかし見た目はもうボロボロで、ひと目見ただけでは研究員とは判別することは出来なかった。息も絶え絶えであり、どうにかこの部屋までたどり着いた様子であった。この部屋を少し眺め、ようやくリア達の事に気づいたようで、そこから急に無理に声を出し始めた。
「お、おお、おい、たっ、助けてくr…」
その声を聞いた
「ごめん、私は行かなきゃいけないんだ。友達を助けるために…。だから、決して声を出さずにここに隠れていてくれ。後で助けに来る、必ずだ。」
”2104”は徐々に抱きしめる力を落とし、解いてくれた。リアは自由を得て、彼女に会釈をしてゆっくりと音を立てずにその戸を閉めた。そして、彼女が居ることが敵に気づかれないように、素早くその場から去って行った。
階層を一つ下りると、通路の照明はほぼ消えており、さらに血の痕が激しくなっていた。さらに悪臭はより一層悪化しており、持ってきた防臭用マスクが無ければ失神しそうになるほどであった。リアはさらに前へと進む。赤染の通路の途中に、起動中のオーディオプレーヤーが残されていた。それは、ラニーがこの施設に持ち込んだものと一致していた。リアは思わず駆け寄ると、そのデバイスは、ムーンリバーを一人虚しく延々と流し続けたようであった。
(あいつ…オーディオプレーヤーをここに持ち込んだのか…。)
ラニーの物だと確信したリアはそのプレーヤーに手を伸ばそうとした時、突然正面の扉が爆発的に破壊され、白く膨張した肉塊で構成された触手が突如リアに襲いかかってきた。リアはすぐさま反転し、凄まじい勢いでリアに追い付こうとする触手から必死に逃げる。しかし、触手のスピードがリアの足を上回って彼女にさし迫ろうとした。
マズいと思い銃をホルスターから取り出しその触手に何十発も撃つが、全くびくともせず、それどころか当たるたびに触手が伸びるスピードがぐんぐん増していった。触手が彼女の足を掴もうとしたそのとき、偶然にも左側に開いていた扉を見つける。リアはローリングをして素早くその暗い部屋に転がり込んだ。触手はリアを見失い、そのままの勢いで通路を通過していく。危機一髪だった。
「なんだよこれ…。」
(こうしちゃいられねぇ…。ラニーを助けないと…!)
触手はその後、ジェイムズが言っていた研究所最奥部にあるやや大きい部屋へと引っ込んでいた。おそらく、触手を持った”何か”はここを根城にしているということは理解できた。リアは深い深呼吸をして、再び血に染まった通路を歩みを進める。ラニーを救うために…。
こうして、ラニーの姿が見つけられない、ついに最奥部に到着した。正面にあったはずの扉は、見る限りでは相当に分厚く鋼鉄で出来たものであったはずなのだが、もはや扉とは呼べないほどに徹底的に破壊されていた。そしてその部屋を照らすと、もうすでにジェームズが説明した通りの部屋ではなく、がらくたと瓦礫が散らかった部屋でしかなかった。
先ほど廊下途中に落ちていたはずのオーディオプレーヤーは、この部屋の中心に落ちていた。さっきまで流れていた『ムーンリバー』は消え、その場にあった血の海に溺れたため、もう二度と音を発する事は無かった。
リアはその部屋に例の怪物が居るのだと予想した。そして、何よりラニーの為にもこの部屋に乗り込むしかなかった。彼女は決心し、部屋内部に飛び込んだ。
すると、天井から”何か”が触手を引き連れて落ちてきて、彼女の前に姿を表した。そこにいるのは、ただの白い肉塊の姿であった。リアは最初は本当の怪物かと思ったが…、
「
しかし、最早ラニーは人間の姿をしていなかった。ただ、胸部に埋め込まれている彼のナンバープレート”2082”が、ラニーである何よりの証拠を示していた。
(クソ…!こうなってしまったらもう…)
リアは経験から、彼をもう救うことは出来ないことを知っていた。しかし、どうしてもリアは彼の事を救いたかった。彼との
「ぐわ!」
リアは壁に叩きつけられる。その衝撃はリアは気を失いかけるほどであった。次の触手が攻撃を続けようとするが、彼女は気絶しかけており、逃げることは出来なかった。触手が彼女に降りかかろうとした瞬間、ラニーは急に動きを止めた。
「ラ、ニー…?」
かつてはラニーであった、人ならざる者は、うめき声と共に、何か言葉を発していた。リアはゆっくりと、一文字も聞き漏らさないように、聴いていった。
――――コ ロ シ テ。
彼は死を懇願した。彼の苦痛は、死の恐怖を上回っていた。そしてリアは、もう既に分かっていた。彼を救う方法は、それしか残されていない事を。
「ああ…、ああ!ラニー…、今、楽にしてやるからな…!」
彼女はホルスターから銃を取る。その手は激しく震えており、狙いがなかなか付けることが出来なかった。
しかし、ラニーの触手は動きを止めていたが、いつ動き出すか分からない為に、今しかチャンスは無かった。
彼女は震えに抗いながら、ゆっくりとラニーの頭に狙いをつける。
そして、目を瞑り、引き金を引いた―――。
銃声や爆発音をキッカケにWFUと自衛隊の共同部隊が突入し、ようやくその実態が明らかとなった。施設に関わった人間はWFUと自衛隊、そして警察との協力と連携によってほぼ逮捕され、施設の恐ろしい扱いや人体実験が公になったのである。日本の収容施設『きたのそら』で起きた事件はメディアから注目を集め、世界でトップニュースとなり、日本ですらこの始末であった能力者に対する扱いや人権問題などで注目を集め、これが問題提起となり多くの人々の論争となったのである。
一方、『きたのそら』から解放された生徒達は涙を流し、仲間と抱き合い喜んだ。その喜びようは、まるで強制収容所から解放された人々を思い起こさせるようであった。ルカ達も命からがら逃げ延び、あの状況下から生き残った。アルベルトも拷問を受けていたものの途中で拷問官が逃げ出したお陰で幸運にも救い出され、研究所内に居た”2104”も無事に救出され、両者はすぐさま救急車に乗せられ病院へと運び出された。ただし、研究所内の生存者は、5名のみという惨状であったという。
こころもこの施設から解放されたものの、未だに姿を見せないリアを探し続けていた。そして外に出てみると、そこにはWFU隊員達がおり、その中には茉莉花がいた。茉莉花はこころが居ることに気が付いて、すぐさま彼女に会おうとする。
「*こころちゃん!無事だったのね!」
茉莉花は思わず日本語が飛び出すほどに、彼女の無事を喜ぶ。こころも使い慣れない日本語で返す。
「*マリーカ…。なんとか。無事って、ほどでもないけどね…。」
「ねぇ、マリーカ。リアがどこにも居ないの。どこに行ったんだろう。」
「え!?リアが居ない!?わ、私が探すわ、そこで待ってて!」
そう言い茉莉花は他のWFU隊員に告げて探しに出かけた。しかし、こころはどうして待つことは出来ず、彼女も施設内部へと戻ってリアのことを必死に探すが、どこを見ても彼女の姿を見つけることは出来なかった。しかし、その道中で施設内部を調査をしていたWFU隊員の男に彼女に居場所を聞いた。
「ブロンドの髪で、緑眼の、…ええと、銃!拳銃を携えた女の子を見かけませんでした?」
この説明で隊員に伝わるかこころは不安であったが、彼はリアについて既に知っていたためにすぐに教えてくれた。
「リアの事か?アイツなら血まみれになってたから、洗い流すためにこの施設のシャワー使ったみたいだぞ?」
その話を聞き、すぐにシャワー室の方へと駆け出した。今、どうしてもリアに会いたかった。こころは息が上がりながらも、シャワー室へたどり着いた。しかし、シャワー室には既に誰も居なかったが、その部屋に接した廊下の奥手前にある階段に、リアが俯いたまま座り込んでいた。彼女の手には、壊れてもう電源が入ることのない、誰かの血がベットリとこべりついたオーディオプレーヤーを持っていた。
「リア…!こんなところに居たんだね。」
こころは優しく笑いかけながらリアに話しかけるものの、最初は反応が無かった。そして少ししてから、彼女はゆっくりと顔を上げてこころの方を見た。
「こころ。私は、約束を破ったんだ。」
「リア…?」
彼女は嘲笑う。それはあまりにも自らを蔑んだ、冷笑的な笑みであった。
「私は、ヒーローでも無ければ、兵器でもない。誰も救えない、ただのか弱い人間だ…。人間なんだ…。」
こころは彼女の隣に座った。その二人の間に言葉は交わされる事はなかったが、傍に居るだけで良かった。そして、リアが少し落ち着いてきた頃にこころは優しい声で話しはじめた。
「…もう帰ろう?リア。私達が、本来居るべきところに…。」
こころはリアの手を繋いで引っ張り、この施設から後にした。
※*(アスタリスク)が付いている会話文は、日本語で話している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます