第3話「いつもの日常」その②

 リアはなんとかこの施設で1週間過ごしていたが、彼女のストレスは徐々に蓄積されていった。それにこころとは未だに会えておらず、さらに全く連絡手段が無い状況にリアは非常に焦りを感じていた。こころに会う手段を考えていると、長ったらしい授業が中断され、ようやく待ち望んでいた時間がやってきた。

 

 基本的には生徒は就寝直前まで油断はならない施設なのだが、一つだけ、彼らにも憩いの時間があった。それは、食事の時間であった。この時、別棟にある食堂に必ず行くことになっているが、その時間は比較的ゆとりがあった。それに加えて食堂のスタッフは寛容であったために、ヒソヒソ話をする程度なら許されるようであった。

 

 リアは食堂へ向かう際、教官に出くわしたくなかった為、出来るだけ人の少ないルートで向かうようにしていた。食堂へ繋がる渡り廊下に差し掛かるところで、二人の少年が一人をイジメている光景を目撃する。しかし、通りがかる生徒は皆それを無視して去っていく。リアは居ても立っても居られずに彼らに呼びかける。

 

「おい!てめーら何してるんだ!」


 リアはいじめられっ子と二人の間に入った。二人は彼女にメンチを切る。

 

「あ?やぁんのかぁ?」

「てめぇっ舐めてんのかっ!」

(なんか癖の強い二人組だな…。)

 

 一人はやや顔が青白く、そして小太りなのが特徴であった。そして方言なのか、癖のある強烈な訛り方をしていた。そしてもうひとりは、語尾が独特な背の高い褐色の少年だった。この二人は見た目といい訛りといい、どこか独特で、印象に残る二人組であった。

 青白い少年の方がリアに突撃するような形で殴り合いが始まったが、リアの敵では無く十数秒のうちに二人を滅多打ちに、ボコボコにしてしまった。

 

「お、女のくせに強ぇわぁ…。」

「覚えてろよっ!」

 

 捨て台詞を吐いて二人は一目散に逃げていった。リアはすぐにイジメを受けた少年に駆け寄り、手を差し伸べる。

 

「大丈夫か?」

「あ、ありがとう…。」

 

 少年はその手を掴み立ち上がる。彼は坊主頭の日焼けした容姿で、どうやら東南アジアの島国からの出らしかった。しかし、雰囲気は柔和で、リアはこころと初めて会った時を思い出すのだった。彼の胸にはナンバータグがしっかりと付けられており、そこには”2082”と書かれていた。

 

「しかし、通る奴らは全員見て見ぬ振りとは…、なかなかに腐ってるな。」

「どんなイジメがあっても、助けてくれないんだ。みんな、この施設で平穏に過ごすために必死だから…。」

「そうか…。」

 少年は体についた埃を取り払い、リアに感謝の意を述べる。

「本当にありがとう。僕は208…じゃなくて、ラニー・クローシェイ。君の名前は?」

「ベル、ベル・ヴァランスだ。いや、”2237”だったかな?」

「ふふっ」

 

 このやり取りをしていると、教官が急に渡り廊下から現れ怒鳴りちらす。

 

「おい貴様ら!一体何してる!」

 

「この恩は忘れないよ!ありがとう!」

ラニーはそう言い食堂の方へ去って行った。リアも彼の後に着いていこうとするが、彼女だけが教官に捕まってしまい、長ったらしい説教を食らう羽目になってしまった。

 

 

 リアは昼食休憩の時間、ラニーに会うようになった。またイジメを受けてないか確認するためでもあったが、そもそもこの施設は退屈極まりなかった為でもあった。二人の間で他愛のない話しかしなかったものの、次第にリアにとって好ましい時間となっていった。

  ある日、リアは食堂でラニーをいつも通りの場所を探すが、見つけることは出来ない。彼女は周囲を見渡すと、ラニーは食堂の一角にある窓の傍に座っていたそして外の殺風景から被写体をなんとか見つけ、それを題材にスケッチブックに描いていた。

 リアは、あえて彼に話しかけずにその絵を書いている姿を見ていた。その絵は特段上手いわけではなかったが、不思議と人を惹きつけるような魅力があった。しばらく眺めていたが、絵を描くのに一段落つくと、ようやくラニーは彼女がいる事に気づいた。

 

「ん?ベル?居るなら早く言ってよ。」

「へぇ~アンタ、絵がかけるのか!」

「そうだよ。僕が能力者じゃなかったら、多分画家かイラストレーターになってたと思う。でも売れる自信は無いけどね。」

「ふーん…、ん?これは…。」

 

 彼の太腿ふとももの上には、音楽プレーヤーがそこに転がっていた。この施設では全く見ることのない小型電子デバイスであった。

 

「…音楽プレーヤーは持ち込めたんだな。」

「結構大変だったけどね。先生の一人に目こぼししてもらったお陰でなんとか持ってこれたんだ。」

「んで、なんの曲をかけているんだ?」

「ちょっと、勝手にイヤホン付けないでよ…。」

 イヤホンを装着すると、そこにはどこか懐かしい、美しいメロディが流れてきた。リアは全く音楽には関心がなかったが、

 

「ムーンリバー…。」(※1)

 

「え!?君も知ってるんだね!」

 この曲を知っている共通点を知り、ラニーは大いに喜ぶ。

 

「僕は、いつもこの曲をリピートして絵を書いてる。この音を聞いていると、不思議と、良い絵が出来上がるんだ。」

「…ああ、私も、これはいい曲だと思う。心休まって、安眠できる曲だった…。」

「?」

 

リアはこの曲を聞きながら、感慨に浸っていた。その様子を見て、ラニーは不思議そうにしていたが、そのまま彼は絵を描くことに没頭し始めた。リアはこの曲を堪能していたが、聴いている最中に急に肩を叩かれ、現実に引き戻された。そして後ろを振り返ると、見知った顔がそこにはいた。

 

「よっ」

「お前、戻ってたのか…!」

 

 そこに立っていたのは、元々この施設に居たルカであった。彼はここから脱走し、逃げ出す事に成功してWFUに保護されたはずであった。

「あぁ。お前らがここに来るって言ってたから、里帰りしようと思ってさ。そのせいで4日間懲罰房行きさ。リア。」 


 リアは本来の名前を言われたために、小声で耳打ちする。

「おい…!ここでは私はベルで通してるんだ。」

「あ、すまん。そうだったか。」

って?」

 

 いつの間にかラニーは絵に没頭するのをやめており、この話を聞いていたようだった。リアは慌てて彼に弁明する。

 

「ああ!(※2)って事だよ!」

「あぁ…、なるほど。」

「ところで、お前は一体?ベルの友人か?」

「ああ、彼はラニーっていうんだ。ちょっとした事情から仲良くなってな。話し相手がいるお陰で退屈しのぎになってるよ。」

「お互いにね」

「ほーん。あっ、すまん。ちょっとベル借りるぞ。」


「…わざわざ男子トイレに招待してくれてありがとうよ。」 

「ここしか監視されてない所が無いんだよ…。ほら、この施設の情報だ。お前、一応知りたいだろうと思ってな。」

ルカは少しばかりの資料を渡す。そこにはこの施設の地図やこの施設の基本情報が書かれていた。


 「よく持ってこれたなこのメモ。内部に小物すら持っていくことは難しいのに…。流石は手癖が悪いだけあるな。」

「おいおい、冗談はよせって…。あれはたまたま盗めただけだ。」

 

「それで?この超豪華監獄ツアーを体感した感想はどうだ?」

「最高。この施設に入ると新たなる価値観に触れられる。家に帰りたくなるぐらいにね。」

「そいつは良かった。」

「…冗談はともかく授業中に突然どこかに連れてかれるのは驚いた。生徒がそれに全員怯えてたし。んで、あれはどこに連れて行かれるんだ?」

「さぁ?実は俺にも分からないんだ。行った半数以上は帰ってこないし、帰ってきたやつに聞いても何も教えてくれないんでね。」

「教官がそいつを殴りつけるほどだぞ?よっぽどの所だろ。」

「教官に暴力を振るわされる事なんて日常茶飯事さ。まぁ、教員は許されるからな…。」

?」

「WFUで証言では言ってなかったが、ここでは教官によるリンチは自由なんだ。ストレスを晴らすために気に入らない生徒に暴行することは日常茶飯事でね。そのせいで一人目の前で生徒が死んだこともあった…。」

「なっ…!」

 

 リアは扱いに衝撃を受けた。まるでこの施設は強制収容所の囚人だ。教官…もとい看守は彼らに何をやっても許されるのである。右手に握ったメモをクシャクシャになるほどに強い怒りを覚える。

 

「奴ら、私達を路上の小石程度の存在にしか思ってないのか…!腹が立つ!」

「だから、お前がなんとかしてくれるんだろ?ヒーロー。」

 

 

 その翌日、昼食休憩の時間にラニーを探すものの、どこにも彼の姿は無かった。その代わり、ルカが見えたために仕方なくそちらの方へ向かった。

 

「よお、リア。だいぶ様になってきたな、その格好。」

 

 上下青で統一された囚人のような作業着に嫌気が差していたリアにとって、その冗談は不快であった。

「…褒めてねえぞそれ。」

「そんな事より、お前に紹介したい二人が居るんだが…。着いてきてくれ」

 ルカに案内され、別の席に着座した。その対面に居る二人組は、どう考えても面識があった。

 

「え…?」

「あっ…」

 

 二人組はリアを見て血の気を失った。彼らは、この前ラニーをイジメていた二人であったのだ。

 

「あぁ。…ベル。コイツラの事を紹介しようと思ってよ。」

「…こいつら、あん時ラニーをイジメてた奴らじゃねえか!」


 二人はリアとの対面に冷や汗をかいていたが、ルカがその光景に笑いながら仲間になった訳を話す。

「あぁ、こないだも他のヤツのこともイジメてたから、シメてやったよ。大人しくなれば可愛いもんだな。なっ?」

 肩を強く叩くとビクゥ!と反応し、そのままプルプルと小刻みに震えだした。

「ヒィ…。あ、アハハ…。」

「凄い怯えてるじゃねえか…。一体何したんだよ…。」

 リアはそれから彼らに色々と話を聞いてみると、今までのイメージを払拭させる結果となった。本来の性格では明るく

「へぇ~、アンタ達ってラメイロ、ジェームズって言うんだな。」

 ラメイロは背が長いほうで、ジェームズは小太りのほうである。

「はっ、はいっ…。兄貴がお世話になったとかでっ…。」

「兄貴の恩人なら、ベル姉は親分だなぁ!」

「誰が親分だ!」

 

 思わず立ち上がってツッコむが、食堂内でその声が響き渡ってしまった。この大部屋に居る大半の人々に冷めた目でリアを見られてしまった。リアはその空気を察知し、周囲の目を避ける為に再び座り直した。

 

「おい!静かにしろって…。まったく。」

「…お前ら、ちゃんとラニーに謝れよ。」

「分かってますよっ。兄貴にも同じことを言われたので後でお礼参りに向かいますっ…。」

 お礼参りというワードでリアは彼らを睨んだ。ジェームズ・ラメイロの二人は怯えた目でリアを見ていたが、ルカは仕方がなしに彼らを擁護する。

 

「反省してるから許してやってくれ。こいつらの行いを擁護するわけではないんだが、こんな空間にいたら、おかしくもなる。しかも、イジメをやった所で何のお咎めもないんだ。」

「警察が居ない社会はこんな感じなのかね。病的な社会モービド・ソサエティだよ全く。…もしかして、日本は能力者収容施設はこんなのばかりなのか?」

「そんな訳無いだろ。この施設から移ったダチがいるけど、そいつによれば北海道にあるもう一つの収容施設は寛容で自由と聞くからな。日本でおかしいのはここくらいだろ。」

「ふーん…。あ、そうだ。」

 

 突然、話の途中で急に思いついたかのように、割って入ってきた。

 

「アンタ達、ちょっと耳貸せ。」

「なんですかっ、親分?」

 

 ジェームズとラメイロはリアの方に耳を寄せた。事情を知っているルカはニヤリと笑う。

 

「協力しろ。ジェームズ、ラメイロ。この施設をするんだよ、これから、私達で。」

 

 ※1 ムーンリバー(Moon River)…1961年公開の映画『ティファニーで朝食を』で、主演女優のオードリー・ヘプバーンが劇中で歌った曲。

 ※2 Rearリアは後方を意味する。

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