第2話「異国との狭間で」その⑤
ルカを助けるために車をひたすらに走らせていたリア一行は、車内でここまでの出来事をリアから説明を受ける。
「…なるほどね。あいつは泥棒じゃなくて、誰かに助けを求めるためにあえて盗んだのね…。警察でも、能力者であるリアとこころのどちらでも良いから…。」
「そういう事。」
ルカの位置をモニタリングしていたこころがかなり緊迫した様子でリアに報告する。
「リア、ルカが袋小路に追い込まれてるよ!」
「やっぱり持たなかったか…、これはマズいな…。」
「ルカの位置まであともう少しで着くわ!それまでに間に合えば良いけど…!」
車はルカや大男達が居る市街地に突入する。底に入ってからは光景が一変し、一気に町中が汚くなっていた。あまりにも汚いため、このエリアからは治安が悪いのが見て取れるほどであった。この地域に住んでいる人もそこには誰も入りたがらないほどで、ホームレスが自由に道端で寝っ転がっている始末である。なんとか車は現場付近に到着する。
「マリーカもこころも私が合図するまで待っててくれ。ちょっくらアイツを助けてくるから。」
そして放棄されたビル街の中心に入るために、先も見えないほど暗い路地裏の道を通り抜け、そして角を曲がると、そこに広い空き地が姿を現した。その場所はゴミやら虫やらで汚れに汚れており、さらに周囲のビル窓のガラスもほとんど割れ、その破片はあたりに散乱している有り様であった。そこの奥に、追い込まれたルカとそれを包囲した大男達がいた。ルカは先程までリンチにあっており、かなり痛々しい傷や青あざが離れた場所からでも見て取れた。
「おい!」
大男達はその声で一斉に振り返った。ルカはこの状況に耐えかね、苦痛から背けるために目を閉じていたが、彼女の声で瞼をゆっくりと開けた。
「リ、リア…。お前…。」
「コイツ、さっきの…。」
ある大男は怒りに震え、リアに怒号をぶつける。
「テメェもコイツの仲間だったのか!」
「ガキが、俺達に喧嘩売るとどうなるか分かってんのか?」
リアはこれから戦いに向けての準備運動かのように腕を上に伸ばして、そして腕をクロスさせて伸ばしきり、最後に指をバキバキと鳴らした。そして一言。
「
恐らく指示役だろうと思われる男が、強面の男とともに彼女の元に駆けつけてくる。片方はナイフ、もう片方はメリケンサックを持っていた。それでもって彼女の腕を切り裂き、破壊しようと目論んでいた。しかし、リアも彼らに向かって走り出す。走っているその速度のまま指示役の方にタックルし、ナイフを持った手を殴りつけて落とさせた上で、おもいっきり転倒させた。リアはそのままのスピードでルカの元へ近づく。太った男が彼女を止めようと前面に現れるが、男のスピードよりリアのスピードが勝り、結局全て攻撃を躱されてしまった。
「アンタら、戦いが下手くそだな。」
リアはルカのそばまで近づいて彼を介抱する。
「大丈夫か?」
「生憎、育ちが悪くてな。こんな暴力は慣れてるんで…。」
その応答の後、彼女は大男達にバレないように、
「油断禁物だ!」
そう言いリアに強面の男が左手に装着したメリケンサックで襲いかかってくるが、リアは後退し壁に背を向ける。男はその意図が分からず、全身に力を篭めた一撃を彼女に放とうとしたが、彼女は当たる直前にスルリと避け、強面の男は不覚にも勢いよく壁を殴ってしまった。強い衝撃がメリケンサック越しに指に伝わる。
「ぴぎゃああああああああああああああ!!!」
男は地獄のような痛みに襲われ、最早戦いを意識する余裕は無くなってしまった。指が滅茶苦茶になった状態の男を見て流石にリアは気の毒そうにしていた。
「あちゃー…。指が何本か逝ったな、こりゃ。ご愁傷さま。」
「もう二人もやられたのか…?」
「バカどもが、考えもなしに突っ込むからこうなる!」筋肉質の男はボクシングの姿勢で、彼女に挑んでくる。それを見てリアは挑発するようにわざとらしいシャドーボクシングを行う。
「ボクシングか!スパーリングでもやるか?シュシュシュッ!」
「テメェ、バカにしてんのか!」と渾身のストレートを放とうとするが、リアはすぐに腰を下げて回避し、クロスカウンターを顎にお見舞いした。顎に受けた衝撃によって、筋肉質の大男はノックダウン。あまりの光景に他のメンバーは尻込みするも、倒れ込んだままであった指示役の男は命令をする。
「ま、まずはとっ捕まえろ!話はそれからだ!」
「分かった!」
太った男と背の高い男は二人はレスリングのように彼女を捕まろうとしたが、しかし直後として鋭い痛みが背中や足の裏側から襲いかかってくる。見てみると知らぬ間に切り傷があり、そこからやや黒ずんだ血も流れ出ていた。
「痛い!痛い痛い!なんだこの切り傷!?」
「オレも切られちまった!」
その痛みに動揺しているうちに、リアは奇襲をかける。
「よそ見してる暇なんて…ねぇよ!」
リアはスライディングを行い、二人の足元を掬いとった。もう一人は、背中の痛みに悶える。そして一人はその衝撃によって気を失い、完全な戦闘不能に追い込まれた。リアはすぐに立ち上がり、手に着いた土と埃を取り払った。しかし、リアは後ろから危機が迫っていた。合図を待たずして現場に駆けつけていたこころはリアに叫んだ。
「リア、後ろ!」
「うおおおおおおおおおおおお!」
雄叫びを上げながら、ナイフを両手に持ち指示役の男が突撃してくる。
リアに全力をかけて突き刺そうとしたが、
直後に振り向いたリアに脱力したままに華麗に躱し、
そのまま腕を掴む。
そしてその勢いを利用して相手を前方に浮かし、背負った状態から肩越しから投げ飛ばした。
男は宙返りになりながらわけもわからず、そのまま痛みで悶えることしか出来なかった。こころは、日本のその格闘術を知っていた。その名もJudo。
「ビューティフォー…。」
あまりにも綺麗でお手本として教科書に載せられるほどの背負投げに思わずこころはそう呟いた。リアはナイフを蹴り飛ばし、すぐさま指示役の男の身元を調べるために、彼の服を探ると、すぐに彼の身分証を見つける事ができた。
「私が合図するまで来るなって言ったろ…。まぁ、いいか。マリーカ。日本語読めるんだろ?コイツらの情報を読み上げてくれ。」
リアは身分証を茉莉花のもとへ放り投げ、なんとかキャッチに成功する。
「え、えぇ…。」
そして、茉莉花は身分証の情報を翻訳し、そのまま読み上げた。
「よし。アンタの住所、名前、身長からスリーサイズまで覚えたぞ。」
「あたしそこまで言ってないわよ!?てか、そこまで覚える必要あるの?」
彼女の笑みは、余裕のあるものから、狂気を織り交ぜた笑顔に変化する。男はそれを見てたぢろんだ。
「あぁ。実は私は狙った相手を切り裂く能力を持ってる。それを行使するには情報が、より情報が必要なんだ…。こいつらを弄ぶためにな。そしてこの能力でアンタみたいなイキリ立った連中を何人も、何人も嬲り殺しにしてきた…。」
リアはナイフを拾い上げ素早く男の首に斬りかかる。男は死を覚悟し、目を強く瞑る。しかし、首の皮膚にナイフの刃先が触れたところでストップした。
「ヒィ…。」
「お前らのボスにルカは取り逃がしたと報告しろ。もし従わなかったなら、寝てる間にお前らを八つ裂きにしてやるよ…。」
怯えた指示役の男は、すぐに立ち上がって仲間とともに撤収を始める。
「ク、クソっ、
そうして大男達はボロボロの状態で全員この場から去った。リアは彼らの後ろ姿を睨みつける。
「やっぱりオマエらを連れてきて正解だったよ。まるでヒーローだったよ。」
リアはその発言を受けて訂正をする。
「ダークの方のな」
「リア、ちょっとやりすぎじゃない?」
茉莉花はリアのやり方に不満を漏らす。彼女のやり方はあまりにも過激であり、一歩間違えたら殺す、といった雰囲気を醸し出した為である。
「そうでもしないとあの雑魚共はあっさり報告するだろうから、少し肝を冷やさせる必要があるんだよ。」
「でも、どうやって切り傷をつけたの?そんな能力持ってないよね?」
「ああ。私の能力は弾を無限化する能力だ。これはルカのテレキネシスのお陰さ。私がメモをコイツに渡して、そばにあったガラスの破片で軽くちょっかいをかけて欲しいとお願いしたんだ。急所を狙わず、血があまり出ない程度にな。」
「リアが俺に近づいてきたときにこっそり渡された。ほら、これがメモ。」
指示だけを書いた単純なメモではなく、この攻撃を行う理由やその攻撃を成功させるための手段、そして急所はどこかという所まで誰でも分かりやすく詳細に解説されていた。
「や、やりすぎでしょ…。」
茉莉花はあまりの書き込みに、リアに畏怖の念を抱いていた。
「まぁ俺はほとんど読んでないけどな。趣旨さえ分かれば容易いもんだぜ。」
「それは良いとして、私の財布は返してくれるのか?」
「当然。なんならお心付けもつけてもいいぞ。」と、財布を野球ボールのように投げつけ、リアは片手でキャッチをする。そして、財布の中身を確認し始めた。
「要らねえよ。てか、いくらかくすねてねえだろうな?」
「人から金を取るなんて、俺の主義に反する事はしない。…ところでなんで能力者がこんなところにいるんだ?この地域だと能力者は外出制限がかけられているはずだろ?」
「それは、えっと…。」
思わぬ質問に、こころはなんと言ったらいいものやらで説明に困っていたが、リアはその説明を待たずに半分真実を交えて話した。
「私達を送った国際協力連合も集団教育の時代だとか言ってさ、この近くの能力者収容所の…『きたのそら』っていう収容施設にこれから入らされるんだよ。」と施設のある方向を指差す。しかし、それを知ったルカは表情を一変させる。
「…は?オマエら本気か?」
ルカの血の気が引いたような顔を見て、リア達は困惑する。
「え?どういう事?」
「あそこからオレは逃げてきたんだ…。あの場所は地獄だ…!人間が耐えられる環境じゃない…!」
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