第2話「異国との狭間で」その④
リア達は町中へ出ていた。その目的は、潜入する施設で外観を実際に目の当たりにしたいがためであった。その施設から少し離れたビルのオーナーから入る許可を貰いその屋上からその施設をこそこそと観察していたが、注意深く探る必要もなく異常性を理解することができた。
まず5階建ての大きな箱型の建物でなのだが、その建物は街並びに全く馴染んでおらず異様であった。建物の周りに付けられた柵も人が簡単に登ることが出来ないほどに高く、まるで刑務所の囚人が脱走防止のために付けられたかのようであった。そして周囲には何十人もの警備員が巡回しており、彼らは防弾チョッキと防刃アーマー、それに自動小銃を携えているという日本では滅多に見られないほどの厳しい警戒態勢であった。リアは双眼鏡を目から外し、思わず呟いた。
「あれは異常だな。」
「あんなのまるで刑務所よ。あんなに厳しい警備の収容施設なんてあたしは見たことがないわ。」
あの状態の施設に、こころは少し不安そうにしていた。
「わたし、少し怖くなってきた…。これからあそこに行かなきゃいけないんでしょ?」
「だ、大丈夫よ。WFUもあなた達が危ない目に合わないように万全を期するだろうし、潜入は1日だけなんでしょ?」
「ああ。ただ、そんなに短い期間じゃ、深い事情なんて到底探れるとは思えんがな…。」
「それで、あの施設ってどういったものなの?あたし、あなた達の任務やその施設の詳細はあまり知らされてないのよ。」
リアは茉莉花を呆れ顔で見たが、結局仕方無しにという風に説明を行った。
「…あの施設は『きたのそら能力者保護所』という名称の能力者収容施設だ。元々は日本独自の収容施設として計画されたようだが、何かがあったのか突然カナダとの共同で管理することになったようだな。」
「収容施設を他の国と共同で管理っていうパターン自体は珍しく無いような気がするけど…。」
「あぁ。普通はおかしくはないんだが、今回はある日本の国会議員からWFUにタレコミがあったようだ。私達も深い内容は知らされなかったんだが、どうやらその施設の実態がかなりヤバいという話らしい。人体実験を行うという話もあるそうだ。」
「人体実験!?」
茉莉花は非常に驚いた。政治家の汚職絡みの話であり、ただ能力者を抑圧しているだけと考えていた彼女は、まさかそこまで非人道的な噂まであるとは思ってもみなかった。
「あなた達そんな危険な場所に行くの?」
「大丈夫だろ。1日だけの任務な上に、内部の実態の調査だけさ。正直つまらんがな。」
その話をしていると、急にぐぅ~といった音が聞こえる。こころのお腹の音であった。
「ねぇ、そろそろお腹すいたから、何か食べない?」
「こころはそればっかだな…。」
「あはは…。」
こころは恥ずかしそうに指で頬をかく。茉莉花も腕時計で今の時刻を確認すると、結構な時刻が過ぎていたために彼女に同情する。
「もう2時だから流石にお腹空くわよね…。朝から何も食べてないんだから。」
「分かったよ、分かった分かった。じゃあこころの言ってた北海道名物の
「うん!」
「”たこ焼き”なかなか旨かったな…。」
「でしょ?」
(たこ焼きって北海道名物じゃないような…?)
大通りにあるたこ焼き店で昼食を取ったリアとこころは大変満足そうにしていたが、茉莉花は腑に落ちないようであった。
「しかし、蒸し暑いねここ…。ご飯食べたから余計に暑く感じるよ…。」
北海道の夏は日本では比較的過ごしやすいものの、今までイギリスで過ごしてきたこころにとってはかなり蒸し暑さを感じる気候であった。耐えきれなくなったこころは上着を脱ぎだす。すると左肩にある彼女の能力者の刻印、タトゥーが露わになってしまう。リアは慌ててこころに小声で注意をする。
「ちょっ、上着脱ぐなよ…!能力者のタトゥーが見えてるぞ。ここは人通り多いんだから隠しておかないと本当にマズいぞ。」
「あぁ!忘れてた…!」
「おいお…」
すると突然、褐色の少年がリアにぶつかってくる。
「おっとごめんよ」
「え?」
リアはわざとらしくぶつかってきた少年に違和感を感じ、すぐにカバンの中を確認する。するとポケットから財布を取られている事に気づく。少年はスリ師であったのだ。だが気づいたときにはもう少年にもう既にある程度の距離を置かれてしまっていた。
「コイツは頂くぜ。有難うよ。」
少年は盗んだ財布を見せびらかし、そのまま走り去ろうとしたので、リアは彼を追いはじめる。
「ちょ、ちょっとまっ…、待てやオラァァァァァァ!!!」
「うわやべっ…」
リアは鬼の形相で財布泥棒に向かって全力疾走。最初のうちは泥棒は余裕を持って走っていたのだが、後ろを振り向くと、リアの俊足と尋常ならざる気迫、そして死を感じるほどの威圧感に命の危険を感じたのか、全力で走り始めた。リアはスられてしまったことに、後悔と反省をする。まさか日本でこのような犯罪に巻き込まれるとは、彼女にとって想定外だった為だった。
「チクショー、治安が良いって話で油断してたぜ…。こころ!財布にデバイスがあるからそれをハッキングしてくれ!」
こころに大声を出して指示をする。こころもリアに続いて走り出し始めた。
「うん!」
泥棒は大通りの入り組んだ小路に入ってリアを撒こうとするも彼女に効果は無かった。結局、リアの必死のチェイスが実を結び、丁字路に差し掛かるところでようやく泥棒に追いついた。そして彼に手をかけようとしたとき、誰も居ないのにも関わらず、突然スタンド看板が彼女の前に倒れてくる。
「危ねえっ!」
リアは咄嗟に飛び越えるが、あまりのことに足がもたれてしまう。前転してなんとか泥棒の追跡を続けることが出来たが、その看板の対処をしているうちに泥棒との差がついてしまった為、一度立ち止まる。そして泥棒は丁字路の左の小路へと走り去ってしまった。
「あっちに行ったか…。」
「リア~~!待って~!ハァハァ…。」
「アイツ、もしかして能力者か?」
リアは不思議そうにしていると、大声で叫ぶ声がこちらまで聞こえてきた。
「おいっ、アイツはどっちに行った?」「わからん」「ガキがいるぞ!」
リア達に気づいた5人の大男達が慌ててここちらに向かってくる。そして彼らはリア達の前で立ち止まり、息が上がったまま話しかけてきた。
「ガキども、こんなところで何してるんだ?…もしかして、アイツの仲間か?」
「あんな財布泥棒の?バカ言うな。今アイツを追いかけてる所だよ。この感じじゃあんたらも被害者って所か?」
「あ、あぁ…。そういう事だ。」
5人の中で一番太っている男が話しかけてきた男に対して小声で何か喋っている。それを聞いた男はリアに向けて質問してきた。
「アイツが行った先がどこか分かるか?」
「あぁ、右に行って商店街に入っていったぞ。」
指した先は泥棒が行った先とは真逆の方向であった。こころは不思議に思うが、大男は感謝の意を述べる。
「分かった、ありがとう。」
一人が小声で他の男に何かを指示した後、大男達はその方向へと走り出した。その直後、ようやく茉莉花がリア達に追いついたが、彼女は息が上がっているようであった。
「なんで…あなた達…ハァ。こんな…足が早いの…?リアはともかく、こころちゃんにも負けるとは…。ハァ…。」
「マリーカもまだまだだな。」
こころは疑問を解消するために質問をリアに投げかける。
「でも財布泥棒、左に曲がってなかった?」
「あぁ、その通りだ。」
「…どうしてあの人達に嘘なんかついたの?」
「あいつらヤバそうな雰囲気がしてな。
「うん、これで現在地が特定出来るよ。」
リアを追っているときに、実はこころは既にデバイスにアクセスを出来るようにしていた。当たり前のように別で意識を向けながら能力を使ってしまう点に茉莉花は驚いた。
「凄い!走りながらよくそんな器用な事が出来るわね。」
「エヘヘ…」
「よし、あとは私だけで十分だから二人は車で待っていてくれ。こころは通信、マリーカはもしものときに備えて運転を頼む。」
「分かったよ!インカムで泥棒の位置情報を伝えるから、それの通りに追っていってね。」
(もしものとき…?)
茉莉花は疑問に思ったのだが、既にリアは走り去ってしまっており聞くことは出来なかった。
少年は全く人が来ない路地の物陰に暫くの間潜んで、じっと堪えていた。バレないように、悟られないように…。ホッとしていたのもつかの間、いきなり怒号が聞こえてくる。リアが彼を見つけてきたのだ。少年は彼女に驚き、慌てて逃げ始める。
「おいコラ待てコラ!」
少年は走りながら、リアに笑いかける。
「よくここだと気づいたな!」
「財布に予備のインカム入れたまんまにしてたから、それをハッキングしたんだよ!」
「ハッキング?それがあんたの能力か。恐ろしい相手から盗んじまったな!」
少年はリアと会話していた間に障害物をリアの前に落とすが、リアは飄々と躱してしまった。躱した直後、リアは彼との距離が空いてしまう前に、真相を直撃した。
「アンタ、私達のことを能力者だと気づいて、わざと財布を盗んだだろ!」
「…っ」
小さい路地から大通りに差し掛かる所で少年は急に立ち止まる。リアの推測はどうやら的中していたようであった。
「…やっぱり、気づいてたのか」
「んで?アンタ追われてるんだろ?アイツらは一体何?」
「ある
「
「ちげーよ。とにかく今はあいつらを撒きたいんだよ。あんなところに戻されるのはご免だからな。」
ルカはこの件にあまり触れてほしくなかったようで、不意に話題を転換する。
「あっ、そういえば俺の名前を言ってなかったな。ルカ。ルカ・パルメイロ。お前は?」
「私はリア。」
お互いに自己紹介をしていると、大男が路地に現れ始める。
「おっと、例の奴らがお出ましだ。」
「おい、早く隠れろ…!」
リアとルカは、別の小さい通路に身を潜めたが、しかしそこは袋小路であったために見つかると逃げられない危険があった。
「ルカく~ん!今どこに居ますか~!」
「今なら何もしないで帰らせてあげるぞ~!で~てこいよ~!」
大男達は人気が無いことを良いことに大声を上げる。先頭にいる大男は指にメリケンサックを付け、いかにも報復してやりますよという雰囲気であった。
「あんた、半殺し確定みたいだな。」
「ふざけんじゃねえっての。俺は脱走しかしてねえぞ。」
「…私の財布は?」
「…忘れてたわ。」
大男達は間近に迫ってきたために、袋小路に追い詰められたリアとルカは打開策を考える。
「しかしどうする?この状況なら殴り合いしか無いんじゃないか?」
「あんな奴らに勝てるわけ…。俺はサイコキネシス(※1)の能力を持ってるけど、この能力では多勢に無勢だよ。でも、もう逃げるだけの体力も無いからなぁ、ずっと走ってきたし…。お前はなんか出来ないのか?たしか、ハッキングの能力を持ってるんだろ?」
「ハッキングは私の能力じゃなくて連れの能力だし、大体このあたりには電子機器は無いだろ…。」
「奴らのスマホとかは?」
「今のアイツの能力の技量じゃスマホのハッキングは無理だ。これだったら殴り合いが一番手っ取り早い。」
リアがそう言って大男達の所へ向かおうとしたとき、ルカに進路を阻まれる。
「わかった。俺が囮になるから、お前はこいつらが消えたら助けを呼んでくれ。」
「は?おい、待て…!」
そして大男達の目の前へルカは飛び出し、彼らに挑発をした。
「お~い、デカいだけの脳筋ども、俺すら捕まえられねえのかよ!」
「テメェ、後悔させてやる!!」
「待て!!!」
ルカはすぐに路地を駆け出し、大男達も少し遅れて彼を再び追い始めた。そして路地が静寂に包まれた後に、リアは苛立ちながらすぐさま通信を行う。
「チッ、話聞かねえ野郎だぜ…!おい!こころ!またアイツが逃げてったから位置情報を頼む!マリーカは私のところへ車をすぐに回してくれ!」
リアは急いで二人に指示を与える。ルカにはもう逃げるだけの体力が残っていないこと、そのため急いで助けなければならない事は、リアも分かっていた。
※1 サイコキネシス…超能力の一種。静止した物体を動かすなど、術者が念じるだけで事物に物理的効果を与える現象のこと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます