第2話「異国との狭間で」その③


 一行は腹ごしらえを終えたあと、警備員の二人と共にホテルの一室に向かう。何故警備員達が同行するかという所だが、能力者の保護もあるもののどうやらそれに監視役も兼ねているらしく、常に動向を調べているようであった。帰る道中でイーデンは例の現象についての話をする。


「結局、あの不思議な現象については何もわからなかったな…。」

「間一髪で急降下から回復した件か?他の能力者はテロリストの一員しか居なかったらしいからな。」

「そのテロリストの能力も、ちょっと電子情報を誤魔化す能力で、ハッキングという感じでも、あの状況からどうにか出来る能力ではなかったからな。イマイチ、腑に落ちん…。」


 ただ、リア達はその話を聞いて何故武器を機内に持ち込むことが出来たのかは分かった。どうやら、その能力を利用してX写真は偽情報を掴まされたり、金属探知機にも全く反応が無かったため、その結果搭乗前の厳しい検査をパスして持ち込んだようである。そしておそらくコックピットに入る為のパスコードもその能力を悪用して強引に突破したようであった。


「しかし、今回の一件で保険に入る決心がついたよ。」

「…慰謝料代は高く付くからな。」

「加害者側かよ!?そ、それはそうとしてリア、ネオヒューマンズについて何か知ってる情報は無いか?」

「ネオヒューマンズ?…えらい唐突だな。」

「ハイジャック犯が自分たちのことをそう名乗っていたんだよ。お前ならなんか知ってるんじゃないかと思ってな。」


 リアは経験や伝聞などからそれに当てはまる情報を頭の中で検索してみるものの、結局、検索結果ではそれに合致するものはなかった。


「さぁな。そんな組織聞いたこともない。新興のテロ組織か何かか?」

「俺も調査官達に個別で聞いてみたんだが、誰もその組織を知らないようだった。ま、ちょっと気になるから、俺個人でも調べてみるけどな。じゃあお前ら、また明日な。」


 イーデンは二人に挨拶を済ませ、自分の部屋番号を確認する。そこに歩みを進めようとした瞬間、リアは突然意味不明の強烈な寒気を感じ、そしてそれは一瞬で収まった。この感覚で思わずイーデンを呼び止める。


「ちょっと待て!」


 リアの呼びかけにイーデンは足を止め振り返った。

 

「ん?なんだ?」

 

 リアは一瞬何かを言おうとしたが、感覚的な話な上に、いわく言い難い事だったため、結局言及するのをやめた。

 

「いや、なんでもない…。」

 

 イーデンは不思議そうな表情をして彼女を見るが、すぐに自分の部屋へと入っていった。こころはそのやり取りが気になったためにリアに事情を聞く。

「リア、どうしたの?」

「なんか嫌ながしたんだ。得体のしれないような寒気が一瞬場を支配したような、そんな感じ。多分、気のせいだと思うが…。」

 リアはイーデンが立ち止まっていた場所を見続ける。そしてこのが当たるのは、だいぶ先の事となる。


 

 翌日、リア達は早朝からホテルのチェックアウトを済ませ、すぐ空港に行き日本行きの旅客機に乗り込んだ。

「またハイジャック犯が現れると良いんだけど」というイーデンの発言で一同は呆れ返っていたが、結局なんのトラブルも起こらずに順調に羽田空港に到着した。その後は都心にある日本のWFU日本支部へと向かい、到着早々ロビーでイーデンが別室に呼ばれたためにそこで彼と別れた。そして、リアとこころはおそらく駐在武官(※1)の秘書官だろうという女性に連れられて執務室へと案内を受けた。リアとこころはその部屋で待機していた初老の軍人に敬礼を交わす。

 

「リア君、こころ君、こんにちは。私は日本支部で駐在武官を務めるモハメド・マッサールだ。よろしく。」

「…どうも。」

 ややぎこちなく挨拶を交わし、そこから激励の言葉から始まり、日本での任務遂行にあたっての注意点、そして事務上の手続きなどを、詳細に説明した。こころは熱心に聞いていたものの、リアはその話に興味が無いことを隠す努力をすることはなかった。

 

「…改めて言うが明日には北海道に着き、その3日後に任務が開始することになっているが、今日から潜入任務が始まるまでの間だが一人護衛役をつける。」

 リアははぁ…、とため息をあげ、すぐに口を挟んだ。

「私は強いんだから、護衛役なんて必要ねーよ。」

「そういう法律があるんだから仕方なかろう。諦めたまえ。」

 

 そうして秘書に連れてくるように頼み、「失礼します!」と大きな声で言った後に部屋の中に入ってきて、そのままリアたちとマッサール駐在武官に敬礼を交わす。その女性は日本人であり、見た目やそぶりから姉御肌のように感じたリアは既に苦手意識を彼女に向けていた。


「あたし、志手原茉莉花(しではらまりか)って言うの。よろしくね。」

 

「よ、よろしくお願いします!」

「マリカ?じゃああだ名はマリーカか?」

 リアが冗談で言ったものの、どうやらそのあだ名は的中しているらしく、急に茉莉花は笑い出した。

 

「アッハッハ、その通り!あっ、でもあたしの事は好きなように呼んで結構よ。」


 茉莉花は人当たりが良く性格も良かった為に、リアとこころにすぐに順応してくれた。そして、執務室から出た後、リアは茉莉花に向けて日程について軽く説明を行う。

 

「北海道についたらまず任務に取り掛かる前に人探しの依頼をしに行くつもりだ。実はそういうのに強いツテが北海道に住んでるらしいんだよ。依頼だけならすぐ済むしな。」


 

 翌日、ホテルから出た一行は朝イチで飛行機に乗り込み、昼になる前には北海道に着いた。そして一行は休憩する間もなくレンタカーを借りて、例の強いツテの所に向かった。

 

「その…、強いツテって一体どんな人なの?」

「どんな人ってか…?まぁ、伝説のハッカーと言ったところかな。いい加減なところはあるが、腕はかなり立つんだよ。アメリカやロシアなどの軍事衛星とかもハックしたり…、あっ、たしか月面基地のコンピューターをハッキングしたことがあるとかも言ってたな。」

「えぇ~!」

「月面基地のコンピューターってハッキング出来たんだ…。」

 

 こころは目を輝かせながら驚いていたが、茉莉花は驚きすぎて逆にドン引きしていた。

「会ってみたいなぁ~。」

「まぁハッカー同士だからこころとは相性は良いかもな…。よし、そこで車を止めてくれ。」

 付近の駐車場に車を止め、そこからは徒歩で向かうことにした。その場所は一見日本式の普通の住宅街であり、特にハッカーが潜んでいるとは全く思わない所であった。そして、ある民家にリアは足を止める。

 

「…確かここだったか?」

 

 試しにとインターホンを押す。ピンポーンという音がなるが、少し経っても応答が無い。もう一度押しても同様であった。

 

「反応ねぇな…。場所間違えたか、もしくは早く来すぎたか?」

 

 もう一度。もう一度、っといった具合に何度もインターホンを押していくと、急にドタドタという音とともに玄関の扉が開く。そこにはボサボサの髪で無精髭を生やした男が眠たそうな顔でポリポリと掻きながら出てきた。

 

「はーい、はいはい。どちら様ですか…。」

「よっ」

 

 リアを見た瞬間、男は扉をすぐ閉めようとしたが、リアは全力で阻止する。

「ちょっと待てよ”リスク”!私達が来ることは言ってただろ!」

「オマエ今何時だと思ってるんだよ!!訪問してくるって言ってた時間より3時間も早えじゃねえか!俺さっきまで寝てたんだぞ、バカ野郎!」

「リア…?早く行くっていう連絡しなかったの?」

「いや、でも前はアポ無しでも許してくれたんだが…。」

「適当ね…。」 

「ハァ…。まぁいい。今更追い返すのもアレだし。とにかく上がれよ。」

 

 リアは許可を得るとなんの配慮も無くすぐさま、家に侵入する。リアに続いてこころも入ろうとするが、そこで”リスク”は呼び止める。

「ちょちょっ、君は一体誰なんだよ。言っておくけどリア以外は入らせないぞ。人に見せられる家じゃないからな。」

「あっすみません。でもリアはなんで入っていっても良いんです?」

「リアは何度も勝手に入ってきてて慣れてるから話は別だ。」

「こころ、入ってもいいぞ。私が許可する。マリーカは外で待機な。」

「なんでだよ!」

「何故あたしだけ待機…?」

 

 そう言いリアは家の中へズカズカと入っていった。

 

「あ、あの…結局私はどうすれば…?」

 こころが置いてけぼりにされていたが、見かねた”リスク”は仕方がなく家に入れることにした。

「…もういいよ、汚い部屋が嫌じゃなければ上がっても」

「お、おじゃましまーす…。」

 そうして3人は家の中に入っていき、茉莉花一人だけがこの場に取り残されるのであった。

 

 

「本当に汚い部屋だな…。」

 

 そこには適当に放置された服や、ゴミがかなり散乱しており、特に目立ったのは既に飲み終えたペットボトルが部屋中に散乱されていることであった。

 

「お前らが来る前に片付ける予定だったんだよ。それが早く来たからこの始末なんだ。仕方ないだろ。」

 

 リアは遠慮なくソファに座り込んだため、こころもそれに倣いソファに遠慮がちにゆっくりと座った。”リスク”は机の上積まれた雑誌や書類を退け、その下にある乱雑に置かれた開封済みのタバコの箱を一つ取り、そのまま一本取り出して吸い始めた。

 

「フゥー…。んで…、確か今回の依頼は人探しだったよな?」

「あぁ、今回は私の姉を探してほしいんだ。ようやくヤツの尻尾を掴んだんでね。」

 

 リアはそう言い姉の写真をポーチから取り出す。

「おお、ずっと探していたオマエの姉か!居所はある程度掴んでるのか?」

「いや、北海道のどこかに潜んでいるという情報は入ってきてるしか分かってないから、そういう事に滅法強いアンタに頼もうと思ったんだ。」

「それじゃあまりにも範囲が広すぎるな…。」

「出来るか…?」

 

 ”リスク”はタバコの最後の一口を吸い終わると、火を灰皿に押し付けて消した。そして、リアに対して不敵な笑みを浮かべた。

「フフッ、俺を舐めるなよ。昔は裏社会で最も恐れられていたハッカーだと言われてたんだぞ。情報収集なんてお茶の子さいさいだ。ただ、色々な所から情報を探ってみるから、かなり時間を要すると思うんで、気長に待っていてくれ。」

「ありがとう。」

「ところでせっかく来たんだから、コーヒーぐらい飲んでいけよ。ちょっと入れてくるから少し待っててくれ。」

 

 と比較的掃除がされているキッチンに向かい、コーヒーメーカーを動かし始めた。彼がコーヒーカップを彼女達がいる応接間に持ってきたときには、リアはソファに横になり、既にいびきをかいていた。こころはその光景を見て苦笑いを浮かべていた。

 

「コイツ早くウチに来た上になんでソファで寝てるんだよ!頭おかしいんじゃないのか?」

 

 ”リスク”はこの状況を少し考えた後、こころに頼み込んだ。

「こころ…だっけか?早くこのバカを起こして帰ってくれよ。本当はやることが山積みでそれに対処しなきゃならんのよ。」

 

 こころはそれを実行しようとして、リアを軽く揺すぶるも全く起きる気配が無かった。そしてリアを起こすために声を出そうとしたが、彼女は急に思いとどまった。”リスク”は凄腕のハッカーだ。こんな人に会える機会なんて今後あるかどうか…。せっかく彼が居るということで、ある思惑が生まれる。こころは”リスク”に声をかけた。

「あの…、実は一つ聞きたいことがあって」

「え?」

「あの、その、あなたは伝説のハッカーさんなんですよね?リアから聞きました。アメリカやロシアなどの軍事衛星だけでなく、月面基地のコンピューターをハッキングして覗き見したことがある程の実力をお持ちだとか…。」

「アレはそんなに難しいことじゃない。マトモな奴らはそんな事やらないだけだな。」

「いや、でも、セキュリティとかすごいじゃないですか!?

「原理を教えてやろうか?そのセキュリティのカラクリなんだが…。」

 

 最初はただ原理を説明しようとしただけの二人の会話も次第に盛り上がりを始め、気づいたときにはもう1時間以上が経過していた。

 

 

 茉莉花は何もせず1時間玄関口前で待っていたが、時間が気になりだしたところでようやく二人が家から出てきた。

「…ようやく来た。ちょっとあなた達、依頼はすぐに済むって話じゃなかった?」

「ごめんなさいマリーカ。思ったより話が弾んじゃって…。」

 

 こころはそう言い頭を下げ謝った。茉莉花も必要以上の謝罪にこの件で追求すること辞めた。

 

「全くもう…。」

 

 そして”リスク”も彼らの帰宅を見届けるために玄関口までやってくる。

「んじゃまたな、リア!オマエの姉の情報が入ってきたらすぐ連絡するから。こころも元気でな!」

「”リスクさん”、ありがとう!」

 

 お辞儀をしてこころは車へと歩いていく。”リスク”はこの礼儀に若干戸惑うものの、彼女に軽く手を振り、そして自宅の中へと戻っていった。用事を済ませた一行は次に、潜入する例の施設の偵察に向かう。

 

※1 駐在武官…在外公館に駐在して軍事に関する情報交換や情報収集を担当する武官のこと。通常は軍人としての身分(軍服を着用して帯剣し階級を呼称する)と外交官としての身分(外交官として外交特権を有する)を併有している。(Wikipediaより)

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