4 傷つく

「果たし状かと思った。びっくりした。まさかマヒロ君からだったなんて」


 放課後、こちらが一方的に言いつけたとおり、リンネは体育館裏に現れた。


「来てくれてありがとう」


 おれはそう言ったが、声はぎこちなくなっていることがわかった。リンネはやはりおれを覚えていた。手のひらの汗を感じた。運動着のズボンで拭くが、あまり気持ち悪さはとれない。


 緊張で頭のなかがまっしろだ。


 でも、おれはリンネに負けたくなくて、彼女から目を逸らさずにいたが、リンネはどこか別の場所を見ているようだった。野暮ったい運動着を着ているのに、それでも彼女は可愛かった。


「四年ぶりだね」


「うん」


「あの作家さんは、まだ好きなの?」


「最近読んでない」


「そうなんだ……」


 内容はあまり期待に添えていない気がしたが、声にはあまり残念そうな気配はなく、どこか嬉しそうだった。リンネはおれと昔話ができて嬉しいのだろうか?


 あの作家というのが誰を指すのか、一瞬わからなかったのが自分でもヤバイと思った。一拍遅れてリンネとよく話題にしていた作家を思い出して返答することができて良かった。まだ共通の話題がリンネとの間に残っていたことに驚くとともに安堵する。おれが対峙しているのは、あのころ話していたリンネだ。見知らぬ、綺麗な女子生徒ではない。


「あのさ……それで」


「うん」


「……山崎のことなんだけど」


 山崎と口にした途端、リンネがさっとこちらを向いた。さきほどの微笑みは少しもない、真顔だ。空気が変わったのがわかった。


「なんで山崎君のことが出てくるの?」


「おれ、山崎の友達でさ……山崎が……どうしても君のことが忘れられないっていうから」


「キモイ。山崎君も、友達に仲介を頼む関係値も」


 リンネは吐き捨てた。綺麗な顔で、年頃の女性が口にする、異性からしてみるととても傷つく言葉。おれは自分の心にナイフが突き立てられたかと思った。


 この場に山崎がいなくてよかったと思ったあとに――どうしようという不安がよぎった。もうどうしようもなく決裂してしまっているのに、つなぐ言葉を探して、おれは焦る。


「あの……スマホ、持ってる? おれ、iphone4Sなんだけど、LINEってわかる? それか、ガラケーなら、メアドでもいいし。教えてくれない?」


「それきいて、山崎君に教えるつもりなんでしょう? ストーカーみたいだから、やめてほしい。私は断ったじゃん」


「……う、うん」


「っていうか、マヒロ君はそれでいいんだね? 私がほかの男子と仲良くなっても。なんにも感じないんだね?」


 厳しい声と、鋭い視線が、おれに迫り、隠しているものを暴こうとする。


 おれは精一杯の矜持を保とうと、本心を隠しきることを秒で決断した。あるいはそれは意識しないだけで、リンネと話すと決めたときから、もう定まっていたのかもしれない。


「おれは山本のために――」


「そんなの、もういい」


 リンネは背中を向けた。


「また本の話ができるかと思ったけど、私が間違ってた」


 そうして、さっと走り出してしまう。おれはその背中を追いかけることはできなかった。


 リンネの言葉に胸が切りつけられたように疼いた。


 おれは自分で自分の気持ちを守れなかったことを、そのとき初めて意識した。


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