Afferrare la fortuna per i capelli

 依頼達成の証拠に撮った写真を見て、俺の眉間のシワが深くなる。

 あいかわらず撮影の腕は……。


 ターゲットが、ぶれている。もうあきらめた。

 射撃と何が違うというんだ、まったく。

 それよりも…………。


 なんで! こいつにピントが合っているんだ!

 しかも、カメラ目線(たぶん)でダブルピースしてやがる。


 写真には、二重三重にぼやけて端で浮かんでいる心霊写真のようなターゲットと、真正面センターを陣取る黒いパーカーの男が写っている。


(あとでこいつだけ切り取ってやる)


 写真を乱暴にコートのポケットに突っ込んだ。




「やってくれたよね」


 非常階段を上がる音を立てながら、下から声をかけてきた。黒いパーカーの男だ。


「こいつが顔に飛んできたから、あの男にじゃないか」


 くるくると、指で俺のフェドラハットを回している。やめろ、形が崩れる。


「ま。楽しかったから、いいけど――」


 ね、と言ったときには、男はもう距離を詰めていた。顔を近づけ、長い髪の隙間からじっと俺の目だけを見つめながら、ぽすんとフェドラハットを俺の頭にのせた。……違う。角度が違う。ブリム(つば)を前に下げて、うしろを上げるんだ。

 気づかれない程度に眉をひそめ、男から一歩離れ、被りなおす。


「面白いなあ、きみ」


 俺は面白くない、まったく。


「また機会があったら、一緒に遊ぼうね」


 仕事じゃなかったら、絶対に、ごめんだ。


「バイバーイ、Bee」


 言い終わると同時に走り去ろうとする男。


 ふん。


 俺はすばやく、そのうしろから黒いパーカーのフードをつかんでやった。おまえの動きは、もう見切っている。




『つるりん』


 フードが脱げる、と――




 現れた、長い髪。

 長い、長い髪。


 ……前髪、ない。




 何もない後頭部をさらけだしたまま、チャンスの神様カイロスは消えた。











 * * * * * * * * * * * * * * *


 Afferrare la fortuna per i capelli(イタリア語):運命(幸運)の女神の前髪をつかむ(チャンスを逃すな)。




 カイロスは、ギリシア語で“機会(チャンス)”を意味しているギリシア神話の男神です。

 前髪が長く、後頭部はハ〇ているという、なんともインパクトのある美少年で、両足に翼がついており逃げ足が速いため、『チャンスの神様は前髪しかない』ということわざは、このカイロスからきています。

 うしろからでは、(髪がないから)つかめない――『好機(チャンス)は出会った瞬間に捉えなければ、通り過ぎてからでは捉えることができない』ということだそうです。

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