【収蔵品番号:No.025《塗りつぶされた肖像画》】

◆送付元:中央記録課・第五補完施設

 文書番号:CPF5-025-P


【搬出記録】


品名:油彩肖像画(キャンバス)/題不明

搬出日:2025年7月4日(金)午前8時42分

搬出責任:記録課職員Y-08


記録事項:

額入りの肖像画。作品全体に激しい劣化が見られるが、保存状態は安定。

顔面部は後年に上塗りされたと思われる黒い顔料により粗雑に塗り潰されている。

左目異様に赤く描かれている(あるいは変質)。

額縁背面に「保存対象 No.04-亡」と墨書あり。

制作年、作者、被写体いずれも不明。


備考:

・肖像の衣服は19世紀後半西欧貴族の様式と一致。

・照明の角度により、目がこちらを追っているように見えるとの報告が複数。

・記録課では本作に関する保存意図の文書を発見できていない。


【添付メモ(額裏より発見・破損あり)】

ここを見つけた者は、

私の顔を思い出したのだろうか。


※メモの筆跡は乱れており、インクが一部にじんでいる。


【非存在性ショップ 店主の日誌】

2025年7月4日(金)午後5時06分

いつものように裏口に、誰の姿もなく箱だけが置かれていた。中には油彩の肖像画が一枚。

画布全体は傷んでいたが、妙に保存状態はいい。手袋をして額を取り出した瞬間、なんとなく視線を感じた。

人物は貴族の正装をしている。襟や刺繍の細部は驚くほど丁寧に描かれていた。

ただ、その顔は見るに堪えないほど乱雑に黒く塗り潰されていた。

…いや、厳密には“塗り潰されていた”とは言えない。右目だけが、赤く、異様な光を湛えていた。

まるでこちらを見ていたかのように。額を伏せてもしばらく視線の感覚が消えなかった。

額の裏には、何かの管理番号のような「No.04-亡」の文字。

あくまで保存対象だったらしいが、誰が何のためにこれを残したのか。


知らない方がいい、ということもある。

でも売らない理由にはならない。店頭に置くことにする。


ただし、目の合う角度での展示は避けたほうがいいかもしれない。


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