第31話 魔法の深淵

文化祭で起こった出来事を、さららはミモリに話し始めた。

劇場を包んだあの光、時が止まった感覚、そして臣と交わした会話、自身の魔法の適性が夜に高まるという事実……。一つ一つ言葉を選びながら、記憶の扉を慎重に開いていく。


さららが話し終えると、ミモリは深く考えこんだように「うーん」と声をあげた。

腕を組み、視線を足元に落とし、しばし沈黙が続く。

その静寂は、さららの胸に漠然とした不安を広げた。


さららは、その沈黙を破るようにそっと尋ねた。


「あの……ミモリさんは、どんなときに魔法使えるんですか?」


するとミモリは、顔を上げ、真剣ながらも諭すような、まるで母親が子供を思うような眼差しでさららを見た。


「あのね、さららちゃん。それを聞くのはよくないことなの。たとえ魔法使い同士だとしても。」


さららは、はっと息を呑んだ。


「えっ。ごめんなさい。そんなつもりなくて。」


焦って謝る。

ミモリは、すぐに首を横に振った。


「いいの。知らないと思うから謝らないで。でもね、魔法が使える状況を教えるのは、その人の弱点を明かすってことなの。これは魔法が使える私たちにとっては、悪用されてしまったら、とても危ないことって理解してくれるかしら?」


彼女の声には、真剣さの中に、さららを案じる優しさが込められていた。

さららは、その言葉の重みに、真剣な表情で静かに頷いた。


それをミモリはしっかりと受け止める。そして、再び視線を落とし、言葉を続けた。


「だからね、余計に考えちゃったの。その……臣さん?って人。さららちゃんに弱みを知ってたのに、それを利用しなかった。むしろ、なんというか、気がつくように導いてる。」


ミモリの言葉に、さららは初めてハッと気がついた。確かに、さららは今まで様々な試練を魔法で解決してきた。それが臣が仕掛けてきたことだとしたら、彼は決して命を取るような真似はしてこなかった。何か試されているのかもしれないとは薄々感じていたが、言われてみれば、確かに何かに導かれているとしか思えない。だが、何に、なんのために導かれているのか、全く検討もつかなかった。


「さららちゃんを倒したいとか、敵対したいとか……それだったら、彼、日を擬似的に昇らせることができるぐらい力が強いし、なんとでもできたはず……」


ミモリの言葉に、さららは驚きを隠せない。


「迷宮を作ったり、雨を降らせたり、日を昇らせたり、夜にしたりって、力が強くないとできないんですか?その……臣さんの魔法が最大限に使える状況下にあっても?」


ミモリは、静かに頷いた。その表情は、やはり真剣なままだった。


「そんな人、出会ったことないわ。」

「そんな……」


さららは、その言葉に絶句し、思わず体が固まった。





そしてミモリは、さららの目を見つめて言った。


「さららちゃんもよ。力が前より大きくなってる。」

「えっ、私も?」


さららの声が、上ずった。


「うん。まず、星の力の魔法なんてはじめて出会ったし、それでも不利な状況下で強い力の魔法をギリギリ食い止めることができてる。臣さんほどではないけれど、あなたも、十分、強い。」


さららは、ミモリの言う言葉にゴクリと唾をのんだ。

彼女には、魔法が使える知り合いがミモリしかいない。

しかし、ミモリは魔法具を扱う仕事もしている。きっと、これまでにたくさんの魔法使いと出会ってきたのだろう。


そのミモリから見て、自分は強い力の持ち主だという。

一瞬にして、自分の存在そのものへの戸惑いと、その力への漠然とした怖さが押し寄せてきた。自分が持つ見えない力が、どれほどの可能性を秘め、どれほどの危険を伴うのか、今はまだ全く理解できない。その未知の感覚に、さららの胸はざわめいた。

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