第32話 星の力と、知への扉

さららが、自身の力と存在に漠然とした疑念と恐怖を宿したことに気がついたミモリは、優しい声で言った。


「怖がらせるように言っちゃったわね。ごめんなさい。」


そして、語りかけるように優しく言葉を続けた。


「要はね、使い方なのよ。どんな能力も使い方次第で善にも悪にもなるの。それをちゃんとできる大人にならなくちゃねって話よ。」


ミモリは、最後に温かく微笑みかける。その眼差しは、まるで母親が子供の成長を願うかのようだった。


さららは、ミモリのその気遣いと優しさを感じ取り、「はい。」と静かに返事をした。彼女の瞳に再び光が戻る。


二人は一呼吸置くように、テーブルに置かれた冷たいアイスティーを口に運んだ。グラスの中で氷がカランと音を立てる。



さららは、ずっと心に抱えていた率直な疑問をミモリにぶつけた。


「私、小さいときに自分の力が突然分かって……でもそれからずっと一人で隠してたから、たぶん色々知らないんです。魔法ってどんな種類があったり、どうやって始まって今に至るんですか?」


ミモリは、少し考え込むようにしながらも、ゆっくりと語り始めた。


「歴史の授業でもうやったかもしれないけど、昔の人はファンタジー的な物語を創作し、それを読むことを娯楽としていて、残った書物にはごく当たり前のように能力者のことが書かれているってのは知ってる?」


さららは静かに頷いた。その反応を見てミモリは話を続ける。


「それで、とある宗教の聖書には、あるとき突然”転生者”が現れ、世界に平和をもたらし、人々は争いのための特別な能力を必要としなくなったから、その結果、能力が徐々に退化していってしまった……ってのも知ってるかしら?」


さららは、再び頷いた後、


「はい。でも授業では聖書の内容は気にしないで良いと言われて……。」


と続けた。ミモリは


「そうね。でも、この聖書の内容こそが史実なんだと思うの。じゃないと、私たちのような本当にごくわずかだけど、確実に存在しているこの事実に説明がつかない。」


さららの目から、アイスティーの氷へと視線を落とす。なんとなく、はじめて授業で聞いたときから薄々分かっていたことだが、人の口から、しかもミモリのような人物から聞くと、どう受け止めたら良いのか分からなかった。


ミモリは、そんなさららの様子を見ながら続けた。


「私も、それが記載されている古い書物を実際に読んだことは少ないから詳しいことは分からないのが申し訳ないんだけど。」


ミモリはアイスティーを一口飲んだ。



グラスを置いた後、ミモリが


「一度、私以外の、詳しい人に聞きに行っても良いかもしれないわね。」


とアドバイスをくれた。


「詳しい人……。それってどこにいますか?」


とさららは尋ねる。


ミモリは「うーん。」と、眉を少し下げて考え込んだ。


華咲はなさき首都しゅと大学に一人いるんだけど……高校一年生にはちょっとハードル高いよねぇ。」


と、少し困ったような顔で言った。


華都はなと大なら、夏休みに大学見学でいきます!」


さららは、思いがけない偶然に目を輝かせた。


「あ、ほんと!?じゃあその時に聞いてくるといいわ!」


ミモリもまた、嬉しそうな声を上げた。


そしてミモリは、立ち上がると棚の中からシンプルな白いメモ帳と、深緑色の金属のボールペンを持ってきた。慣れた手つきで、そこにスラスラと情報を書きつける。


書き終えた紙をさららに渡すと、ミモリは再び微笑んだ。


「これが教授のお名前。歴史とか宗教とかが専門の方で、特に歴史上のファンタジーのあり方について研究されてる方なの。だから、魔法とかそういうのがどこから始まってるのかとか、どういう種類があるって文献に残されているかとかが詳しい先生よ。魔法見せるとビックリしちゃうと思うから、先生の研究に興味がありますっていうていで自分の聞きたいこと聞いておいで。」


さららは「はい!」と力強く返事をした。その目には、先程までの疑念や恐怖はもうなかった。むしろ、自分の知りたいことを解決できるかもしれないという、希望の光が宿っていた。

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