第五夜 迷子




子供って、何をするか分からない生き物ですよね?


やってはいけません、話してはいけません、そういう約束事をすぐに破ってしまいます。


すぐに戻るから、待っててね……そう言われましても、子供ですから、勝手に何処かへ行ってしまいます。


そして、迷子になってしまうのです。


今夜は、そんな迷子のお話でございます。




ー深夜2時に開店するMidnight・Bar。


その店の横に、細い路地裏があり、その場所に、ごみ捨て場がある。


Midnight・Barの横の扉を開け、黒いごみ袋を下げた冴譚が出てきた。


ごみ捨て場に、袋を置いた冴譚は、小さな泣き声に、眉を寄せる。


ごみ捨て場の横で、隠れるように、小さな影が見えた。


そっと近付くと、それは、女の子供だった。


金色の巻き毛に、白いフリルのワンピースを身に着け、真っ赤な靴を履いていた。


「おや?こんな所に、こんな時間に、可愛らしい子がいらっしゃる。」


冴譚の声に、女の子は、顔を上げ、涙で濡れた顔で、じっと見上げた。


女の子は、両手でフランス人形をギュッと、抱き締めている。


「おじちゃん、だぁ〜れ?」


「お、おじ……!?お兄さんはね、このお店の人ですよ。」


少し苦笑しながら冴譚が言うと、女の子は、立ち上がり、冴譚のズボンを片手で、キュッと掴む。


「パパとママがいないの……。」


小さな声で呟く女の子に、冴譚は、軽く息をつく。


「それは……困りましたね。迷子になったのですか?」


冴譚の言葉に、女の子は、こう言った。


「パパとママが言ったの。ここで、待ってなさいって。すぐに、お迎えに来るって言ったのに……来ないの。」


そこまで言うと、女の子は、また泣き出した。


冴譚は、腰を屈め、目線を女の子に合わせると、頭を優しく撫でる。


「もう少し、ここで待ってみましょうか?お兄さんも、一緒にいますからね。」


「うん!ありがとう、おじちゃん!」


「いや……お兄さんだから。」


小さく呟き、冴譚は、苦笑した。




しばらく待っていたが、女の子の両親が現れる事はなかった。


「私、エミリー。おじちゃんは?」


もう言い返す言葉もなく、冴譚は、フッと息をついた。


「冴譚ですよ。」


「さたん……?変な名前ね。」


クスクスと笑うエミリーに、冴譚は、口元に笑みを浮かべる。


「この子は、ユーリだよ。」


青い目をしたフランス人形。


エミリーと同じ、金髪巻き毛の可愛い人形だ。


「エミリー、ひとりぼっちだから、寂しくないようにって、パパが買ってくれたんだ。」


嬉しそうに話すエミリーを優しく見つめる冴譚。


可愛らしい人形だが、どこか古びたような感じがする。


エミリーの髪型、服装も、今時の感じはしない。


「エミリーちゃんは、何時から、ここにいるんですか?」


「うーん……。ずっと!」


「ずっと……ですか。」


呟き、冴譚は、空を見上げる。


黄色い満月が妖しい光を放っている。


しばらくすると、エミリーは立ち上がり、遠くを見つめて、声を上げた。


「あっ!パパとママだ!!」


「えっ?」


エミリーが見つめる先を冴譚は見たが、そこには、誰もいない。


「私、もう行くね。お兄さん、ありがとう。お兄さんが一緒だったから、エミリー、寂しくなかったよ。お礼に、ユーリをあげる。」


そう言うと、エミリーは、冴譚の方に、フランス人形を差し出した。


「いいのですか?大切なものではないのですか?」


「あのね。ユーリがお兄さんと居たいんだって。大事にしてね。バイバーイ!」


エミリーは、フランス人形を冴譚に渡し、手を振って駆けて行った。


エミリーが去った後、冴譚の手の中のフランス人形の目がポロリと抜け落ちた。


足元に転がる青い目を拾い上げ、冴譚は、フッと口元に笑みを浮かべる。


「あなたが見せた幻だったのですか?」


冴譚は、青い目をフランス人形の目に入れると、店の中に入って行った。


そして、鏡の前に立つと、優しく話し掛ける。


「今夜は、あなたの出番は、ありませんでしたね。でも、素敵なお友達が来ましたよ。仲良くしてあげて下さいね。」


フランス人形を鏡に見せると、カウンターのテーブルの端に、それを置いた。


「そう言えば、あの子……私の事をお兄さんと呼んでくれましたね。」


フランス人形の髪を優しく撫で、冴譚は、優しい笑みを浮かべた。




Midnight・Barの夜は、まだまだ続く。






ー第五夜 迷子 [完]ー

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