第四夜 顔
人というのは、何故、美に拘るのでしょうね。
女が好きな男を振り向かせたくて、派手なメイクや煌びやかな衣装に身を包む。
美しくなる為の努力は、必要だと思いますが、それでは物足りなくて『整形』というものに手を出します。
今では、男も整形するとの事。
最初は目を二重に、そして鼻を高く、次は唇……。
そうやって、整形を重ねていくうちに、本当の自分を見失っていくのかもしれません。
ー深夜2時。
Midnight・Barは、この時刻から動き始める。
カランカランと扉の開く音が響き、カウンターの中にいた冴譚は、そちらに視線を向けた。
「いらっしゃい……ませ。」
そう言いかけて、冴譚は、眉を顰める。
一人の男がスーツ姿で立っていた。
20代前半と見られる、その男は、髪型や派手なスーツ姿で、ホストだろうと思われた。
男は、店内を見渡しながら、カウンターに近付き、椅子に腰掛ける。
「メニュー表ないの〜?」
辺りをキョロキョロと見渡す男。
冴譚は、口元にフッと笑みを浮かべ、こう言った。
「ございません。当店では、御来店頂いた御客様に合ったお酒をその場で作っておりますので。」
冴譚の言葉に、男は、フンと鼻を鳴らす。
「じゃあさ、俺に合った酒、作ってよ。もし、気に入らなかったら、料金払わないから。」
唇の端を上げ、そう言った男に、冴譚は、表情を変えずに応える。
「かしこまいりました。」
冴譚が酒を作ってる間、男は、スーツの上着のポケットから煙草とライターを取り出す。
煙草を一本、口にくわえ、火をつけると、大きく吸い込み、フゥーと、勢いよく吐き出す。
「あんた、モテんだろ?」
冴譚の顔をジッと見つめ、男は言った。
「いいえ。全く……。」
静かに応える冴譚に、男は、ハンッと強く息をつく。
「俺は、この近くのホストクラブで働いてんだけどー、俺、そこのナンバー1(わん)なわけ。」
「なるほど。」
「まっ、あんたも、少しは顔がいいけど、俺ほどではないよね〜。」
そう言うと、あははと男は、高笑いした。
「お待たせ致しました。」
冴譚は、そう言うと、カウンターのテーブルの上に、幾つものグラスを並べた。
それを見て、男は、眉を顰める。
「はぁ?何、これ?」
冴譚は、フッと口元に笑みを浮かべると、男に言う。
「このグラスの中に、本物のお酒は、一つだけです。あとは、普通の水道水なのですが、あなたは、この中で、どれがお酒なのか分かりますか?」
五つ並んだグラスの中身は、どれも透き通った水のような色をしていた。
「おい、これの何処が俺に合った酒だよ!?」
「えっ?分かりませんか?どれが本当なのか……?」
そこまで言うと、冴譚は、ニッと笑い、男に顔を近付ける。
「あなたの顔……いったい、どれが本物なのですかね?」
それを聞き、男は、ガタンと勢いよく、席を立つ。
「ふざけるなっ!!」
怒った口調で怒鳴った男に、冴譚は、スッと、壁に掛けてある鏡を指差した。
「あの鏡をご覧なさい。本当の、あなたの顔が映るかもしれません。」
睨むように冴譚を見た男は、鏡の方に近付く。
鏡の前に立つ男。
その鏡の中に映ったものは……
悲痛な顔、怒りの顔、歓喜の顔……。
男には、幾つもの顔がついていた。
「な、何だよ……これ!?」
男は、瞳を震わせると、フラフラと、扉へ向かい、店を出て行った。
「整形で美しくなっても、それは、本当の美しさではありません。」
そう言って、鏡の所へ静かに歩み寄り、じっと鏡を見つめる。
そして、鏡に、ハァーと息を吐きかけ、白いハンカチで綺麗に拭く。
「あなたは、今夜も美しいですね。」
そう言いながら、鏡を優しく撫で、冴譚は、軽く息をつくと、カウンターのテーブルの上に並んだグラスを見て、クスッと笑う。
「あれ……全部、水道水なんですけどね。」
Midnight・Barの夜は、まだまだ続く。
ー第四夜 顔 [完]ー
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