第三夜 捜し物
確か、この辺りに置いておいたはずなのに、 あれ、何処にしまったかしら?……なんて、よく何かを探したりしませんか?
決まった場所に置かれたものがなかったり、無くては困るものが無かったり、あれって、何なんでしょうね。
今宵は、そんな探し物の話でございます。
さぁ、その扉を開けてご覧なさい。
「無いわ……無いわ……。」
Midnight・Barの店の外、一人の女が何かを探している。
開店準備で店内をモップで掃除をしていた冴譚は、女の姿に眉を顰める。
「どうかしましたか?」
その声に、女は顔を上げる。
冴譚がモップを片手に立っていた。
女は、しばらく冴譚の顔を見つめていたが小さな声で、こう言った。
「探しているの……。」
「何か落とされたのですか?いったい、何を探しているのです?」
冴譚の問いに、女は、ふと動きを止める。
「……何かしら?とっても、大切なもののような……。」
考え込んでいる女に、冴譚は、軽く息をつく。
「探してる物が分からないのでしたら、探しようがございませんね。」
そう言って、店内に戻ろうとし、冴譚は、女をチラリと見る。
女は、しゃがみ込んだまま俯き、肩を震わせている。
泣いているのだろうか?
冴譚は、フゥーと深く息をついた。
「どうも……女性の涙は、苦手でございます。」
小声で呟き、やれやれという感じに、冴譚は肩を竦める。
「あのう……。もし、よろしければ、少し休憩されませんか?落ち着いたら、思い出す…という事もございますし。」
女は、冴譚の方に涙で濡れた顔を向ける。
冴譚は、優しい笑みで、女を見つめた。
「まだ、開店前ですし、他に御客様もいらっしゃいません。お酒を一杯飲んで、落ち着きましょう。私が特別に、あなたに合ったお酒をお作り致しますよ。」
「……ありがとう。」
女は、冴譚に礼を言うと、スッと立ち上がった。
女は、随分と背が低かった。
女性とはいえ、その背の低さには、少し違和感を覚えた。
冴譚に案内され、カウンター席に座った女は、ポツリポツリと話を始める。
「私…ダンサーを目指しているんです。子供の頃から踊るのが好きで…いつかは、大きなステージで踊りたいって……。」
カウンターの中で酒を作りながら、冴譚は、黙って女の話を聞いていた。
「ダンスのオーディションがあって……それを受けに行こうとして……それから……それから……。」
女は、何かを思い出そうと片手で頭を押さえ、考えていた。
「どうぞ。」
酒を作り終え、冴譚は酒の入ったグラスを女の前に、静かに置いた。
「水の中で踊るスター……とでも、名付けましょうか?」
グラスの中、キラキラと光る赤い酒に、ドレスを着た女が踊っている。
「この女性は、砂糖で出来ているのですよ。ダンサーを目指す、あなたをイメージしてお作り致しました。」
「いいわね。私も、また、こんな風に踊りたい。」
グラスの中を見つめながら呟く女に、冴譚は、フッと口元に笑みを浮かべ、こう言った。
「なるほど。…しかし、それは、残念ながら、叶いませんね。」
「えっ……?」
眉を寄せ見つめる女に、冴譚は、スッと指でグラスを指す。
「だって、ほら……。」
砂糖で出来た女の足が少しづつ溶けていく。
それを見て、女は瞳を大きく震わせる。
「ああ……!こ、これ……って?」
声を震わせる女に、冴譚は、フッと軽く息をつく。
「今の、あなたの姿ですよ、御客様。」
にっこりと笑う冴譚から、ゆっくりと視線を外し、女は、自分の足を見た。
女の足は、膝から下が無かった。
それを見て、女は、クスッと笑う。
「そっか。私……オーディションの日に、事故で死んだんだ。」
悲しく笑う女に、冴譚は、静かに、こう言った。
「あの鏡の前に立ってご覧なさい。もう一度、踊れるかもしれませんよ?」
冴譚に言われ、女は、壁に掛かった鏡の前に立つ。
鏡の中、足の無い女に、スッと細く美しい足が出てきた。
「ああ、足だ……!私、ずっと、足を探していたのだわ。」
嬉しそうに、そう言うと、女は、スッと消えていった。
「その足で、思う存分、踊って下さいね。……あの世でね。」
呟き、グラスに残った酒を一口飲むと、冴譚は眉をしかめる。
「これは……失敗作ですね。甘過ぎますね。今夜の私のように……。」
フッと笑い、冴譚は、グラスに残った酒をシンクに流した。
暗い夜空に、星が散らばる満月の夜。
ー第三夜 探し物 [完]ー
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