第二夜 ついてない女




世の中、良い事ばかりではございません。


苦しみ、悲しみ、怒り、いろんな感情が世の中には、渦巻いているものです。


しかし、そう言った負の感情があるからこそ、ふとした瞬間に感じる喜びも、また大きなものになるでしょう。


苦しみ、悲しみ、辛さが多いほど、人は優しくなれると申しますし。


おやおや、そんな事を話していたら、御客様の御来店のようです。


さて、今宵の御客様は……。




𝕄𝕚𝕕𝕟𝕚𝕘𝕙𝕥▪️Barの扉が静かに開く。


店内には、まだ客の姿はなく、古いジャズの音楽が静かに流れている。


開店して間もなくの頃、一人の女が来店して来た。


女は、店に入って来てから浮かない顔をしていた。


カウンターに静かに座った女に、冴譚は、優しい口調で話し掛ける。


「いらっしゃいませ。何に致しましょうか?」


女は、チラリと上目遣いで冴譚を見る。


「この店の、お勧めを下さい。」


「お勧めですか……?では、私が御客様の為に、新しいカクテルをお作り致しますね。」


冴譚は、そう言うと、カウンターの中で、カクテルを作り出す。


その姿を見つめながら、女は言う。


「素敵な、お店ですね。」


「そうですか?ありがとうございます。まだ開店して間もないのですが、そう言って頂けると光栄でございます。」


丁寧な口調で話す冴譚に、女は、フッと笑みを浮かべる。


「私……ついてないの。」


「えっ?」


カクテルを作りながら、冴譚は、眉を寄せた。


女は、話を続ける。


「仕事も上手くいかないし、彼氏にも振られちゃうし。ほんと、嫌になって、死にたいぐらい。」


「なるほど。さぁ、御客様、カクテルが出来ました。」


カクテルグラスに、作ったカクテルを注ぎ、冴譚は、女の前に差し出す。


「綺麗……。」


薄い青色に、黄色の星型のラムネが入り、シュワシュワと音を立て、細かい泡を立てている。


「この店に因んで、ミッドナイトスター……とでも、名付けましょうか?」


「素敵ね。」


うっとりとカクテルを見つめる女に、冴譚は、フッと口元に笑みを浮かべた。


「そんなに、死にたいぐらいに、ついてないのですか?」


「そうよ……。ずっと、ついてないの。」


「なるほど。」


冴譚は、カウンターの中から出てくると、女の横に腰掛ける。


「私が……ついてる女にして差し上げましょうか?」


「えっ?そんな事が出来るの?」


驚いた顔で見つめる女に、冴譚は、ニッと笑った。


「この店には、御客様の他に、沢山の御客様がいらっしゃるのですよ。お気付きですか?」


「えっ?」


冴譚の言葉に、女は店内を見渡す。


ガランとした店内。


誰もいない店内を薄明かりがぼんやりと、照らしているだけだった。


「分かりませんか?その方達が、あなたに協力したいと仰っています。」


「……誰もいないじゃない。」


女は、少し声を震わせる。


冴譚は、スッと手を上げ、壁に掛けてある鏡を指差す。


「あの鏡をご覧なさい。あなたは、もう、ついてる女ですよ。」


女は、静かに立ち上がると、鏡に向かい、その前に立った。


鏡に映った女の周りに、苦痛に歪んだ顔が幾つも浮かぶ。


ー苦しい……。ー


ーまだ、死にたくない……。ー


そんな声が女の耳に響く。


「きゃあぁぁぁ!!」


悲鳴を上げ、女は、店を飛び出して行った。


「ねっ、憑いてる女になったでしょ?」


フフフと、声を上げ、冴譚は笑う。


そして、テーブルの上のカクテルグラスを手に取ると、グイッと飲み干す。


「おや?意外とイケますね。今度、新商品でお出ししますかね。」




Midnight・Barの夜は、まだまだ続く。






ー第二夜 ついてない女 [完]ー

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