第一夜 最初の客




ー深夜2時。


この時間から、開店する深夜のバーがあるという。


その名を……𝕄𝕚𝕕𝕟𝕚𝕘𝕙𝕥▪️Bar。


ここには、いろんな顔を持つ客がやって来る。


さて、今宵も、この店に、一人の客が訪れてきたようだ。





ーカランカランと扉の開く音が聞こえ、カウンターの中で、開店の準備をしていた冴譚は、グラスを磨きながら、声を掛ける。


「大変、申し訳ごさいません。まだ、開店準備中でございます。」


そう言いながら、扉の方に顔を向けた冴譚は、眉を寄せる。


「おや?」


そこには、誰も居なく、冴譚は、首を傾げる。


「ねぇ……。お酒ちょうだい。」


その声に、目線をカウンターの前に向けると、いつの間にか、一人の女が立っていた。


年の頃は、20代前半か、スタイルの良い身体に真っ赤なドレスを身に着け、ゴールドのヒールを履いていた。


おそらく、水商売の人間か……。


冴譚は、女の首から上を不思議そうに見つめながら、それでも丁寧に、こう言った。


「御客様。まだ、開店準備中ですので……。」


「いいから!お酒ちょうだい!喉がカラカラなの!」


冴譚の言葉を遮り、女は、怒鳴るように言った。


女は、ふらつく足取りで、カウンターの椅子に腰を下ろし、溜息をつく。


「はぁー……。今夜の客、最っ低!『俺は、金を払ってんだぞー!』って、偉そうに……。」


女は、既に酔っているような口調で話す。


冴譚は、フッと口元に笑みを浮かべると、グラス拭きを続けながら言った。


「世の中、いろんな方がいらっしゃいますからね。」


冴譚が言うと、女は、フンと鼻を鳴らした。


「……全く、こっちだって、仕事じゃなきゃ、お前みたいなオジン、相手にしないっちゅーの。」


「なるほど。」


平然とした顔で呟く冴譚に、女は、息をつく。


「何が『なるほど』よ。気取ってんじゃないわよ。それより、早く、お酒作りなさいよ。」


女は、バンバンとカウンターのテーブルを両手で叩く。


冴譚は、フッと軽く息をつくと、グラスに水をつぎ、女の前に出した。


「何よ、これ?水じゃない。バカにしてんの?」


女の言葉に、冴譚は、クスッと笑う。


「いえいえ、バカになんてしておりません。ただ、いろいろあったのだろうな……って。」


「はぁ?何よ、あんた。あんたに、何が分かるってのよ!?」


怒鳴る女に、冴譚は、スッと顔を近付けると、こう言った。


「分かりますよ。あなたがもう……この世の者ではないって事は……。」


「はぁ?意味分かんない。」


「分かりませんか?それならば、あそこの鏡で見てごらんなさい。」


壁に掛けてある鏡を指差し、冴譚は言う。


女は、フラフラと壁に近付き、鏡に映った自分を見た。


「何よ、これ……?」


女は、首から上が無かった。


首からは、赤い血が溢れ出し、元は白だったドレスを真っ赤に染めていた。


「それでは、お酒は、飲めませんよね?だって、頭がないのですから。」


「あっ……あっ、ああ!い、いやぁー!!」


女は、悲痛な声を上げ、スッと消えていった。


冴譚は、はぁーと息をつく。


「たまに、いらっしゃるんですよねー。自分が死んだ事に気付かずに来店される御客様が……。」


冴譚は、呟きながら、店の扉へ向かう。


「さて……そろそろ、開店のお時間でございます。」


扉のノブにかけた札をクルリと、ひっくり返す冴譚。



『OPEN』



で、ございます。






ー第一夜 最初の客 [完]ー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る