第8話 夜明けの誓いと決戦の朝
夜は、思ったよりもずっと、静かに、そしてゆっくりと更けていった。
私たちは、ナイトシェイドの馬房の隅に、藁を積み上げて即席のベッドを作って座り込んだ。
時折聞こえるのは、馬たちの寝息と、遠くで鳴く虫の声だけ。
そして、すぐ隣にいる、セドリックの息遣い。
(ち、近い……! 意識しちゃうじゃない……!)
狭い馬房の中、私たちの肩は触れ合うか触れ合わないかのギリギリの距離。
黙っていると、私の心臓の音が、彼に聞こえてしまいそうで、気が気じゃなかった。
夜が深まるにつれて、石造りの厩舎はシンと冷え込んできた。
私がぶるりと体を震わせた、その時。
ふわり、と肩に温かい重みがかかった。
「え……?」
見ると、セドリックが、自分の純白の騎士マントを、私の肩にかけてくれていた。
ウールでできた分厚いマントは、彼の匂いがする。さっき嗅いだ石鹸の香りと、彼自身の、なぜかすごく安心する匂い。
「……風邪を召されます」
「で、でも、セドリックは……」
「騎士は、常に体を鍛えています。このくらいの寒さ、問題ありません」
彼はそう言って、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
でも、月明かりに照らされた彼の耳が、ほんのり赤くなっているのを、私は見逃さなかった。
(な、なんなのもう……。そういうの、ずるいよ……)
きゅん、と胸が鳴る。
彼の不器用な優しさに包まれて、緊張と寒さで強張っていた心が、じんわりと解けていく。
いつの間にか、私は彼の温かいマントに包まれながら、うとうとと微睡んでいた。
そして、ついに眠気に勝てず、こてん、と隣にある彼の肩に、頭をもたれてしまったのだ。
はっ、と意識が覚醒しかけたけど、もう体を動かすのも億劫だった。
セドリックが、びくっと体を強張らせたのがわかる。
でも、彼は私を突き放したりはしなかった。
それどころか、私の髪にそっと触れて、いつの間にかついていたらしい藁を、優しく取ってくれる気配がした。
(……ダメだ。好きになっちゃう)
こんなに優しくされたら。
こんなに大切にされたら。
偽物の王子様(わたし)は、本気で、あなたのことが好きになっちゃうじゃない。
でも、この想いは、絶対に伝えられない。
私は、女だなんて、口が裂けても言えないんだから――。
切なさに胸が締め付けられながら、私は再び、深い眠りの中へと落ちていった。
***
朝日が、厩舎の窓からキラキラと差し込む光で、私は目を覚ました。
そして、自分がセドリックの肩に寄りかかったまま、ぐっすり眠っていたという事実に気づき、カッと顔から火が出そうになった。
「ご、ごごご、ごめんなさいっ!」
ガバッと飛び起きると、セドリックは「……おはようございます、殿下」と、いつもと変わらない涼しい顔で言った。
でも、彼の視線が、なんだかすごく、ぎこちない。
「……よく、眠っておられました」
「う、うん……」
気まずい沈黙が、私たちと、朝日と、馬の間に流れる。
決戦の日の朝は、なんとも言えない、甘酸っぱい空気で幕を開けた。
大会会場へ向かう直前。
セドリックは、私の前に立つと、真っ直ぐに私の目を見て言った。
「殿下、信じてください。あなたは、もう一人ではありません。私も、ナイトシェイドも、ついています」
彼のサファイアの瞳に映る、真剣な光。
その言葉が、まるで魔法みたいに、私の心に勇気をくれた。
「あぁ。わかってる」
私は、最高の王子様スマイルで、彼に頷いてみせた。
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