第7話 厩舎の夜と二人の秘密
セドリックに頭を撫でられて、天にも昇る気持ちだったのは、ほんの数分前のこと。
レオンハルトが残した「特別な飼い葉を用意しておいた」という不吉な言葉が、冷たい呪いのように私の心に突き刺さる。
「……セドリック、どうしよう……!」
さっきまで真っ赤だったはずの顔から、サッと血の気が引いていくのがわかった。
私の震える声に、セドリックは一瞬でいつもの冷静さを取り戻す。彼のサファイアの瞳が、鋭い光を宿した。
「殿下、落ち着いて。まずは厩舎へ向かいます」
彼の力強い言葉に、私はこくりと頷き、二人で夜の厩舎へと急いだ。
ひんやりとした藁の匂いが満ちる中、私たちはナイトシェイドの馬房へ駆け込む。愛馬は、何も知らずにのんびりと干し草を食んでいた。
「ナイトシェイド、見せてくれ」
セドリックが飼い葉桶に手を伸ばし、干し草をひと掴みすると、月明かりの下でそれを念入りに調べ始める。
私も、心臓をバクバクさせながら、その手元を食い入るように見つめた。
「……これだ」
セドリックが、指先で黒紫色の、まるで悪魔の爪みたいな形をした乾燥植物をつまみ上げた。
見たこともない、不気味な植物。
「『デビルズクロウ』……馬を異常に興奮させる作用のある禁忌の薬草です。ごく微量でも口にすれば、明日の大会では間違いなく暴走し、手がつけられなくなるでしょう」
彼の淡々とした説明が、逆に恐怖を煽る。
なんて卑劣なことを……! 私を陥れるためなら、ナイトシェイドを危険な目に遭わせてもいいっていうの!?
怒りで、体の芯がわなわなと震えた。
「私が、ここに残る」
気づけば、私はそう宣言していた。
「レオンハルトが、夜中にまた何か仕掛けてこないとも限らない。今夜は、私がここに泊まって、ナイトシェイドを見張る」
「なりません、殿下。そのような危険なこと…!」
セドリックは案の定、眉を吊り上げて反対する。
でも、私だって引くわけにはいかない。これは、私の問題なんだから。
「これは命令だ、セドリック。それに、ナイトシェイドは私の大事な相棒なんだ。私が、守りたい」
私のまっすぐな目を見て、セドリックは一瞬言葉に詰まったようだった。
やがて、彼は深いため息を一つつくと、諦めたように言った。
「……承知いたしました。ならば、このセドリックも、殿下と共におります。護衛騎士が、主君のそばを離れるわけにはいきませんから」
こうして、私とセドリックの、二人きりの、秘密の徹夜が始まった。
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