第四章 第三話
襖越しに声をかけると、中から元気な返事があり、足音が聞こえてくる。すぐに襖が開き、
「お、
「急にごめんなさい。出かけるところだった?」
「ああ、いいの。急ぎの用じゃないんだから。あら、そちらさんは?」
「この子は、
「そうなの。立ち話もなんだし、入って入って」
そう促され、
お香の残り香だろうか、甘くてどこか懐かしい匂いが部屋に漂っている。鏡台や棚の上には雑多な小物が並んでいて、よくわからない木彫りの像まで置いてある。物に溢れているけれど、散らかっているという印象は受けず、むしろ洒落ていると感じた。好きなものに囲まれて暮らしたいという願望が詰め込まれた部屋だ。
出してもらった座布団に腰を下ろし、
「なるほどねぇ。それならさ、私の服を貸すから、私に選ばせてくれない?」
静かに耳を傾けていた
「服なら、いっぱいあるし! ね、お願い!」
ついには、両手を合わせて必死に頼み込み始める。あまりの勢いに、
「あたしは、そうしてもらえるなら、すごくありがたいです。むしろ、こっちからお願いしてくらいです」
「本当!? やったぁ! ずーっと誰かの服を選んだり、着せたりしてみたかったの!」
これで夢が叶うとばかりに、
「髪も化粧も任せて! すれ違う人がみんなが振り返るくらい、可愛くしてあげるから!」
「ねえ、
「うん、
「そうそう、
「えっ……!?」
「ち、違うよ。
言いながら、頬が勝手に熱くなっていく。正直に答えたはずなのに、心に引っかかるものがあった。
「えー、そうなの? 絶対に好きだと思ったんだけどなぁ」
すると、服しか眼中にないと思っていた
「なに、
ちゃんと話は耳に入っていたようで、会話に参加してくる。それにも驚いたけれど、
「やっぱりって……
まるで、前から
「自覚がないだけじゃない?」
隣から
「自覚……?」
そう言われても、よくわからなかった。これが恋だと、どうやって自覚するものなのだろう。
「じゃあ、今からだ。きっと、
「もう、なんでそんなに好きってことにしたいの」
気恥ずかしさを誤魔化すように、ちょっとむくれながら
「だってさ、恋をしている時間ってすごく楽しいじゃん。ああ、この人が好きなんだって気づいた途端、世界がきらきらし始める感じ!
そのとき、
「そうだ、
すると、
「え、わたしはいいよ! 仕事中だし……」
「じゃあ、あたしからのお願いってことにすればどう?
そう言われると、無下にできなくて困ってしまう。
「そうだよ、
「
「それは否定しない! いつか
服が決まると、そこからは早かった。
「よし、できた。うん、二人ともすっごく可愛い!」
鏡の前に立つと、
二人が体を捻っていろいろな角度から確認している間に、
「はい、ちょっと頭貸して」
すると、
「あ、アネモネだ。もらっちゃっていいんですか?」
どうやらアネモネという花らしいが、
「いいのよ。宿の女の子たちのために育てておいたものなんだけど、いっぱい咲いたからおすそ分け。それがないと始まらないからね」
何やら意味ありげな言い方だった。
「ほら、せっかくめかし込んだんだから、こんなところにいないで、さっさと想いを伝えてきなさい」
手で追い払うような仕草をしながら、
「はい、がんばってきます!
駒子が深々と頭を下げるのに続いて、
「
「いいのよ。私のほうが楽しませてもらったから」
最後に草履を履かせ巾着まで持たせ、
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