勇者と呼ばれた少女


「……このアルゼルは、滅びの危機に瀕しています」


王の口調は重々しく、どこか芝居がかったようだった。

だが、少女――柊 夜凪は、その声にほとんど反応を示さなかった。

豪奢な玉座の間。並ぶ騎士たちや神官。震える侍女。誰もが彼女を「救世の存在」として見つめていた。


「魔族との戦争はすでに二十年を超え、多くの民が命を落としました。

我々は神託に従い、異界の地より“勇者”を召喚するという最後の賭けに出たのです。

貴女こそ、その……選ばれし存在なのです」


「……」


夜凪は黙ったまま立ち尽くしていた。

話の内容は、よくある“異世界もの”と似ていた。

けれど、胸の奥には何も湧かない。

恐怖も、驚きも、期待すらない。ただ、空虚なまま。


「……で、私は何をすればいいの?」


「……っ! さ、さすが勇者様、覚悟がお強い……!」


王の隣にいた神官が、慌てて声を上げる。


「まずは、貴女の“ステータス”を確認させていただきます。我々の術式で身体能力や加護を視認することが可能です」


「ステータスね。……やってみて」


夜凪は言われるまま、空中に手をかざす。

意識を集中すると、淡く青白い光が現れ、目の前に文字が浮かび上がった。



【柊 夜凪(ひいらぎ よなぎ)】

種族:人間(転生者)

称号:勇者/災厄の因子

レベル:1

HP:9999/9999

MP:∞

STR(筋力):999

VIT(耐久):999

INT(知力):780

AGI(敏捷):630

LUK(幸運):???


スキル:

・《魔神穿ち(ましんうがち)》:いかなる防御も貫通する絶対攻撃

・《深淵の理》:死を超越し、あらゆる魔法効果に耐性を持つ

・《感情遮断》:精神を保護する代償に、感情の動きを一部停止

・《黒き誓約》:対象の魂を代償に、力を引き換える契約魔術

・???


称号効果:

・“最凶の勇者” :戦闘時、敵対者の恐怖心を強制的に増幅させる

・“災厄の片鱗” :存在そのものが世界に歪みをもたらす



「…………何これ」


夜凪は、ぽつりと呟いた。

圧倒的な数値。意味のわからないスキル群。

これは、もはや“戦うための存在”などというレベルではない。まるで、世界そのものを壊すために造られた兵器。


「な、なんと……!? これは……神代以来の……!」


神官たちがざわめき、王も震える手でひざを押さえた。


「……これが、私の“運命”だって言うの?」


夜凪の声には、何の感情も宿っていなかった。

ただ、ひとつの問いが心の奥に浮かぶ。


――この力を使えば、私は、この世界でなら……何者かになれるの?


空虚なままの勇者は、静かにその目を細めた。

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