黒き聖女は屍を歩む 〜慈悲なき殺戮勇者、異世界にて断罪を執行す〜

アルるん

終わりの始まり


雨が降っていた。

いや、もうずっと降っていた気がする。

制服の袖は水を吸って重くなり、濡れた髪が頬に張りついて気持ち悪い。でも、そんなことはどうでもよかった。


「……やっぱり、誰も来なかったね」


放課後のホーム。傘もささずに立ち尽くす彼女の手には、一通の手紙。

『話を聞かせてください』と書かれたその文字の主は、現れなかった。


当然だ。

誰も、最初から自分を助ける気なんてない。

――担任は無視した。クラスメイトは笑っていた。

家では母がスマホの画面から目を離すことなく、「お前のせいで」と吐き捨てた。


どうして、私だけが、こんな目に。

何もしてないのに。

ただ、生きていただけなのに。


「……疲れたなぁ」


足元に視線を落とす。線路が、向こうまで続いている。

電車が来る時間まで、あと数分。

思考がどこまでも澱のように沈んでいく中、夜凪はふと、空を見上げた。


そこには――雷が走っていた。


瞬間、世界が弾けた。


身体が浮いた。

胸の奥に、何かが突き刺さったような痛み。

骨が砕け、心臓が止まった感覚。

けれど、それは一瞬で、やがて意識が闇へと引きずり込まれていく。



次に目を開けたとき、彼女は白い天井を見ていた。

いや、天井ではない。彫刻のような装飾が施された、どこか異国めいた大広間。


「……勇者様……! ご無事ですか……!」


見知らぬ言葉が、意味として頭に入ってくる。

顔を近づけてくる少女。光に満ちた表情。

背後には、王冠を戴いた老人と、並ぶ騎士たち。


「……ようこそ、この世界へ。我らが最後の希望、勇者よ」


夜凪はゆっくりと上半身を起こした。

身体に異変はない。ただ、何かが違う。

自分の中に――黒く、渦を巻く“力”のようなものを感じる。


「私は……柊、夜凪……」


掠れた声でそう名乗ったとき、全てが始まった。


世界の希望として、呼ばれた少女。

だが彼女は、すでに“優しさ”を捨てていた。

心を殺したまま、剣を手にする。


この世界に裁きを下すのは、

“かつて少女だった災厄”――最凶の殺戮勇者。


その名も――柊・夜凪ひいらぎ・よなぎ

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