第2話
小竹と小梅じゃないんだ、と言うのが一番最初の感想だった。双子の老婆が二人、上座に座っている。私は畳のヘリを踏まないように気を付けながら、座布団の隣に座り、深々と手を付いて頭を下げて見せる。
「足利てとり、と申します」
「黒鵜杉、と申す」
「黒鵜檜葉、と申す」
「失礼ですがお二人は双子でいらっしゃいますか?」
「いかにも」
「いかにも」
「男装をなされていないのは何故でしょう」
かた、と障子の動く音がした。春奈ちゃんか遥くんだろう。どうもその辺、この村のデリケートな部分らしいから、さっさと切り込んでいかなければなるまい。それ次第で私の扱いは変わる。和装の老婆二人はにたりと同時に笑って、さてなあ、と誤魔化した。
「五十路を過ぎればその縛りはなくなる」
「何故五十路?」
「昔はその頃にはもう子供が作れなくなっていたからなあ」
「子作り、子孫繁栄のための風習だった、と理解してよろしいですか?」
「そうじゃ」
「そうじゃ」
「なるほど――」
でも。
「ですが男装しても子供を孕ませる事は出来ませんよ」
「そこは昔の人の考えだったんじゃろう」
「わしらも良くは知らぬ」
「そうですか。失礼いたしました」
頭を下げたまま、私は目を開ける。障子戸が閉じられていれば薄暗い室内で、杉さんと檜葉さんを見分けることが出来なかった。方向で大体は分かるけれど、どっちがどっちだかは自信が無い。
「村には一週間ほど逗留しようと考えております。お許しは頂けますでしょうか」
「好きになさるがええ」
「そうじゃ、好きになされい」
「ただ、気を付けなさる事じゃ」
「今村は、災厄が来てるでのう」
「おそろしや」
「おそろしや」
言いながらもくつくつ笑っている二人は、ふう、と息を吐いた。同時にだ。双子ってここまでタイミングが同じになるものなのだろうか、その内八月朔日女史にでも聞いてみようかと思う。
「この村はその内に終わる」
「それが早まるだけの事じゃ」
『男手』と数えられながらも男ではない『男』がのさばる村だ。確かに滅ぶのは目に見えているだろう。外からの人を呼ばねばならない。
二十戸ほどの村だから、本当に滅ぶのは近いのだろうな。深々と礼をしてから、私は障子戸を開ける。そこには春奈ちゃんと遥くんが正座して座っていた。じろ、と春奈ちゃんに睨み上げられたけれど、よく見えないからどうということも無い。立ち上がった二人について玄関に向かうと、では、と少し硬い声を出された。
「東の――兄さんの家に向かいますか? 足利さん」
「てとりで良いよ。その前に村を一周しておきたいな。事件が起きたところも含めて」
「てとりさん、ちょっと失礼だよ」
ぷう、と頬を膨らませたのは遥くんだった。
「今は村中喪に服しているんだ。それを土足で踏み込んで欲しくない」
「土足のつもりはないけれど、私も私の仕事があるからね」
「遥、黙って。――ご案内します、てとりさん」
春奈ちゃんの方がお姉ちゃんなのか。双子の上下に詳しくない私はお願いします、ぺこり頭を下げた。もっとも目の殆ど見えない私が事件現場を見回っても仕方ないというのもある。ただ、村の空気を知っておきたいだけだ。それには何かあった場所に向かうのが一番良い。
最初に連れられたのは石段の高い寺の上だった。幸い手すりがあったからそれに掴まることにする。さくさく上がって行く春奈ちゃんは、それを訝しげに見ていた。遥くんがそれを言葉にする。
「体力無いの? てとりさん」
「いや。視力が無いの」
「それって、」
「殆ど見えてないってところかな。事故に遭ってね、昔」
「……ごめんなさい」
「謝ることないよ。あ、着いた? 一番上」
「ええ――五十鈴ちゃんはあそこで、首を括って死んでいました」
まだ黄色と黒のテープが張ってあるのは、随分樹齢を重ねた木のようだった。そして垂れ下がっているのは首吊りの輪。物騒だな、思いながら身体を震わせると、遥くんが背を叩いてくれる。単に標高の高い村のさらに上に来たから寒いだけなんだけれど、その優しさは嬉しかった。
「他殺だった根拠は?」
「踏み台も無しにあんな高いところで首は括れない、と言う事でした」
「なるほど。誰かが片付けた可能性もあるけれどね」
「五十鈴ちゃん、麓の学校で彼氏が出来たって喜んでたところなんです。動機がありません」
「難しい言葉知ってるね」
「テレビは映りますからね、こんな所でも」
ゆっくり階段を下りて、次は狛犬のようなものを見付ける。と言うことは神社か。神域を汚すのを目的としているのかもな、と思うと、ちょっと気持ち悪い相手だった。綺麗なものは汚したい。とかは、普通に、嫌だ。
「伊織ちゃんは鈴緒に絡まっていました。こちらも絞殺だったらしいです」
「さすがに鈴緒で自殺は出来ないね。ここらで他殺が確定したわけだ」
「はい。それから凪ちゃんが死んでいた場所ですが――そこにはお連れする事は出来ません」
「と言うと?」
「村の大切な場所だからです。余所者を入れる事は出来ません」
「具体的には?」
「滝です」
「余所者じゃなくなる方法はない?」
「一晩――」
遥くんがぼそっと言う。
「一晩本家に泊まれば、正式な客人として認められる」
「遥!」
「だって春奈だって嫌だろ、村に殺人犯がいるかもしれないなんて! 俺は嫌だよ、だったらプロで『とっておき』だって言うてとりさんに全部見て貰って話した方が良い! きっと村のみんなもそう言ってくれる!」
「プロ、と言うほどではないけれど――」
私は言う。
「頼られるのに吝かでは、ない」
唇を噛んで、春奈ちゃんは言った。
「客間の用意をしてもらいます。でも何があっても、知りませんからね。絶対騒がず、静かにしていてくださいね」
拗ねたような口のきき方に、きょとんとする私である。何があってもって、何がある予定なんだろう。まあ殺されさえしなければ良い。そうでなくては私が来た意味が無くなってしまう。私を含めて誰も、殺されさえしなければ。探偵が来てすぐに次の事件じゃちょっと情けない。
携帯端末のメールから顔を上げた春奈ちゃんは、すたすた歩いて行く。私もそれに従って歩いて行った。と、遥くんが手を繋いでくれる。おそらく私の目が悪いと言った所為だろう、導いてくれているのだ。ありがとう、と礼を言うと、へへっと鼻を赤くして笑われる。可愛いな、と素直に思った。ぽんぽん頭を撫でると存外素直な髪の毛がぱやぱやする。
どこの家にも双子がいて、そして片方が男装片方が女装といった様相だった。それでも子供の姿は少なく、聞けば先月生まれた女の子同士の双子で村に残る双子の子供は四組しかいないらしい。水無瀬さん、梧桐さん、春奈ちゃん達、先月生まれた子供たち。残っているのはそれだけで、あとは双子を殺された片割れが三人と言うことだ。五十鈴さんの所に
まずは五十鈴さんの所に行ってみたけれど、こちらで出迎えてくれたのは中学生ぐらいの女の子だった。髪はショートカットだけど、女の子と分かるスカートをはいている。殺されたのが女役だったから、男役の姿をしなくてもよくなったということだろうか。
それは伊織さんの家も凪さんの家も同じだった。ショートカットにスカート姿。抑圧されてきたものから解放されたような、晴れ晴れとした笑顔で迎えて下さる家もあった。もっともどこもご両親は萎れていたけれど。仕方ないだろう、子供が死ねばそうともなる。私だって父母が死んだ時は一カ月近く呆然自失とした状態が続いていたし。
「自殺も他殺も心当たりはありません。共通項はみんな女役だった事だけで――」
どこの家も同じことを言うので、少し飽きて来た。と、駄菓子屋の看板が見えたので、休憩していい? と春奈ちゃんに訊いてみる。きょとん、とした後で彼女は訝しげにどうぞ、と言った。『すてら』――星の意味を持つハイカラな名前は、単にかすてらの『か』が獲れたのだろうかと思わされるほど、そこは駄菓子屋だった。
鈴カステラと金平糖、十円ガムを買って、二人も何か買う? と訊いてみると、じゃあ、と二人とも鈴カステラを取った。私は支払いをする。すみません、とどこかしょんぼりした顔の春奈ちゃんに、気にしない気にしないと表に置いているベンチでぽんぽん背中を撫でた。スポブラの気配に、まだそんな歳か、と思う。
聞けば二人の両親は東京に出稼ぎに出ていて、月に一度しか帰って来ないそうだ。双子ともなると進学費用なんかでお金が掛かるんだろう。でも殺された子たちはもっと中途半端な年だった。つまりお金が足りなくての殺人ではないな、と思わされる。神域を汚して女だけを殺す。直感、犯人は女だと思うけれど、それに名前と論理はまだ付けられない。
そう、この直感が何なのかが分からないんだよなあ――鈴カステラをざりざり食べながら、私は思う。そう言えばどこも、彼氏が出来たとかラブレターを貰ったとか言ってたな。人生の絶頂だっただろう。短い人生の、絶頂だっただろう。そんな時に殺す。意味が分かるような分からないような。でもそれはあり得ないな。と首を振る。うーんと悩んでいると、遥くんに金平糖を一粒盗られた。反対側から春奈ちゃんも一粒奪っていく。双子だなあ、と思うと同時、そう言えば、と思い出したことがあった。
「二人のほかに男女の双子っていないの? この村」
途端黙り込む二人である。
「男女の双子は不吉だから、って……」
「遥!」
「だって、春奈も言われてたろ! 親戚のおばさんたちの声、聞こえてたじゃんか!」
「あー確かに男女の双子は心中したカップルの生まれ変わりだって迷信があるよねえ。私も聞いたことはあるけれど、ばかばかしい迷信だと思うよ。幼稚園の頃に三つ子が同じクラスにいたけれど、だったらどんな関係だったんだ、って感じだし」
私の言葉に、遥くんがぱっと顔を明るくする。そして春奈ちゃんはきょとん、とした。三つ子。考えたことがなかったんだろう。
「単に卵子が多かったか精子が多かったかの差で、前世まで決められたらたまったもんじゃないわよ。一人っ子には何にもなし、って言うのが逆におかしいじゃない。多産系を畜生腹って言ったり、日本人は変なところで口が悪い。まったく疲れちゃうよね」
八月朔日さんちとか典型的なそれだったんだろう。だから男の子が欲しかったのかな。一人っ子の。
すると春奈ちゃんはぽろぽろ泣き出す。何か感性に触ったのだろう、この子の警戒心を解ければ結構事件は進展するんじゃないだろうか。思いながらハンカチを差し出すと、突っ伏して泣き出した。
「っ……凪ちゃんが放り込まれた滝、昔男女の心中があったんです」
「へぇ」
「それからすぐに出来たのが私と遥だから、ずっとずっと言われてて……引かれ気味で育てれて、父さんと母さんが東京に行ったのもその所為だって」
「……」
「向こうでお母さん、妊娠したんです。だから暫くは父さんしか帰って来られないって言われて、私、私達、捨てられたんだって」
「運の問題だよ。それがまた双子だったら指さして笑ってやれば良い」
「そうですね、ほんと……そうですね」
けほっと咳を逃がしてから、春奈ちゃんは笑う。遥くんは姉の突然の号泣に驚いていたけれど、それでも立ち直ったらしい気配にほっとしていた。本当、金がないならやる事やってんじゃねーよ父母。多分それも方便なんだろうけれど、いっそここに帰って来て農業で暮らせ。
村に残っている人は稲作や畑作で暮らしている。でもご老人ばっかりだ。子供はみんな外に行くらしい。そりゃ、そうだろう。こんな変な風習のある村なんか出て行きたいに決まってる。せめて進学を選んだ水無瀬の双子だって、ここに帰ってくるつもりはないだろう。都会で職を探して仕送りをする。それが精々。
高校まではバスが出ているらしいから、村からは逃げられない。でもそれがなくなれば、やりたい放題なのだ。早くその自由を感じてくれたらいい。この双子も。あの双子も。どの双子も。
大体にして『男』を求める風習なら、まず一夫多妻にでもするべきだろう。それが法律で禁止されたから、男手の代わりに女を『男』として育てている。男は男のままで良いのだろうか。聞いてみると、こくん、と春奈ちゃんは頷いて見せた。
「貴文お兄ちゃんは昔双子だったけれど、どっちも男の子の服を着せていたって聞いてます。まだ小さい頃だったからかもしれないけれど」
「ちなみに、なんで亡くなったかは知ってる?」
「確か……神社の鈴緒に絡まって亡くなっていたって」
「ッ」
「子供だからぐるぐる回って遊んでいるうちに、首が締まって死んじゃったんだろうって聞いてます。伊織ちゃんとの関係は分からないって、警察の人は言ってたけれど」
「ちなみに警察の人って、今どこに居るの?」
「麓の捜査本部です。村には駐在さんの夫婦がいます」
「そっか。その駐在さんは、その頃いた人かな?」
「いえ、引っ越して行っちゃったので、違う人です」
「そっか、ありがとう」
「てとりさん、手を貸して。本家に戻るけど、道教えるから。アスファルトとか点字ブロックとかない村だから、見えないと大変でしょう?」
「ありがとう、遥くん」
しかし思わぬ所で繋がったな。
黒鵜さんのメアド聞いておけばよかった。思いながら、私は黒鵜本家に帰ることになった。
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