双子村の殺人
ぜろ
第1話
「双子村?」
私がコトン、と首を傾げてクリームソーダを掻き混ぜると、そう、と言ったのは依頼人の弁護士である
それでもまっとうな職には就けないだろうと踏んでいたところに転がって来たのが、この仕事である。私は言ってしまえば、私立探偵と言う奴だった。公立探偵と言うのは聞いたことがないな、と、ずずずっとほどほどアイスの解けたクリームソーダを啜る。
八月朔日女史は続けた。彼女は事務所を抱える二十代後半にしてはやり手の弁護士で、私の一番の依頼人でもある。彼女は沢山の探偵とコネを持っているらしい。らしいというのは他の探偵を見たことがあまりないからだ。ブッキングさせるわけにはいかないだろう、だから適当に納得している。
私に任されるのは、大概地方での事件だった。時間が取りやすいからだろう、そう言うのが回って来やすい。そして今回の場所は、群馬の山奥にあるという小さな村だった。通称双子村。
「名前の通り、双子の出生率が極めて高いので有名な村なんだけれど、最近そこで殺人事件が起こっているのよ」
「警察は?」
「動いてるけど成果はなし」
「製菓は梨」
「違う。双子の片割れが殺される事件が三件続いてる。いずれも女装の方」
「女装?」
くるくるアイスを溶かしながら喫茶店の日の当たる席で私は問い返す。この位明るくないと八月朔日女史の顔もよく分からないのだから、面倒だと思う。否、私は本当にこの人のことを認識できているのかな。長い髪に白いヘアバンド、派手なスカーフ、と言う目印を見ているだけなのかもしれない。
しかし女装とは何だろう。双子。はて。
八月朔日女史は点字で書かれた捜査資料をくれる。こっちの方が分かりやすいので助かった。凹凸に指を滑らせていると、へえ、と思うことがある。
双子村は風習で、女同士の双子が生まれた場合、片方を男装、片方を女装させて育てるのだそうだ。名前は普通に付けても良いけれど、因習を嫌がった人々は次々に都会に出て行くから、過疎地帯なのだという。その女装の方が殺されているということなのだろう。今までに殺されて来たのは――
「女装させられてる方の、ってことは、男装させられてる方は全員無事なんですか?」
「ええ、一応ね。片割れがいなくなってちょっと沈んでる子たちもいるみたいだけれど、無事と言えば無事よ。私も双子だから分かるけれど、生まれた時から一緒の存在ってちょっと特別だからね。分からんでもない」
「双子だったんですか」
「一卵性のね。その内会わせてあげる」
「名前は?」
「夜桜」
「八月朔日さんは葉桜でしたよね」
「ええ。ちなみに姉も双子よ。雛罌粟と雛菊」
「多産系だったんですか」
「女の子だけね。弟も二人いるけれど、こっちは三つ違い」
「へー」
別に興味もないことだったので、さらっと流す。
しかし風習と言うか因習と言うか、こういうのは聞き出しにくいんだよなあと私は開けているのが面倒になった目を閉じて資料を読み込んでいく。五月九日に一人目、十一日に二人目、十七日に三人目。過疎の村だということは大分人口密度が減ったことになるんだろうな、なんて考えながら、私は目を開けてドレンチェリーを食べる。このぐらい目に鮮やかだと食べやすい。
「行っても良いですけれど、交通費は出るんですよね? なんなら連れて行ってくれても良いんですけれど」
「入り組んだ場所だからね、車で送るわ。取り敢えず一週間。良いかしら」
「了解しました。ちなみに男女比率ってどのぐらいなんです? この村」
「女性の方が多くて七対三、ってところだったかしら」
「ふーん」
「あら、もう動機に辿り着いたの?」
「って程でもありませんけれどね。多分犯人は女ですよ」
「あら、直感でものを言うなんてらしくないわね」
「そう言う時もあります」
五月二十日の事だった。
翌二十一日、私は着替えを詰めたボストンバッグと共にマンションの前に立っていた。実家は現在祖母の持ち物である。十八歳になったら私が正式に相続して、私のものになる予定だ。何せ親が死んだのが十三歳の頃だから、私に相続権は殆ど回ってこなかったのだ。代わりに祖母が一時的に相続して、私が十八歳になったら全部もらい受けることになっている。実家もマンションも、現金も。その辺りの事を任せているのが八月朔日弁護士なので、私はあの人の言うことに逆らえないのかな、と足元の小石を蹴った。
違うな。あの人の持ってくる事件は適度に私の気分転換になってくれるからだ。暇にしていたら私は多分死んでしまう。何も見えない世界の中で、鮮やかなものがないと退屈してしまうのだ。そしてそれは私を殺すだろう。過ぎた愛のように。とは、QUEENの歌詞か。too much love will kill you。おっとそれでは殺す方か、私は。
ぱっぱー、とクラクションの音がして、私は居住まいをただす。見慣れたミニの助手席にボストンバッグと一緒に乗り込む。と、後ろの席に気配を感じた。男の人かな、青い服を着ているのがぼんやりと分かる。ああ、と八月朔日女史が気付いたように笑って車を発進させる。
「今回の依頼人の、
「普通の名前ですね」
「別に男女共用は風習じゃないからね」
「ふぅん……こんにちは、初めまして。足利てとり、探偵です」
「黒鵜貴文、依頼人です。初めまして、よろしく」
「よろしく」
ミニのラジオからは外国の放送が流れている。フランスだろうかイタリアだろうか、そっちの訛りに聞こえた。それに身を任せて目を閉じていると、沈黙に耐えかねたのか黒鵜さんが話し掛けて来る。ちょっと鬱陶しいな、と思いながら目を閉じたままでいる私。でも答えは返す。
「足利さんは高校生?」
「通信教育を受けているので学生とはちょっと言い難いですね」
「左目の色がちょっと変わっているね」
「見えないんで濁っているだけです」
「見えない」
「事故で両親と一緒に光を喪いまして」
「……すまない」
「黒鵜さんは何歳ですか?」
「二十七歳。八月朔日先輩とは大学の先輩後輩だったんだ」
「そんな人脈作れる能力があったんだ」
「なきゃーやってらんないわよこの業界。失礼だなーてとりちゃんは」
「だって、ねえ」
「うん、言わんとすることは分かる」
「黒鵜。急ブレーキ掛けてやろうか。このミニの中であんたの細長い足がどうなるか見てみたい」
「それだけの理由で事故起こそうとしないで先輩!? でも本当に、こんな女の子を連れて行って大丈夫なのかな。何かあったら責任が取れないよ」
「あんたの村に丁度良い男はいないの?」
「いないいない。女の子ばっかり」
「女の子ばっかりなんだ。それで男装させられて過ごすって大変そうですね」
むゅ、と口を噤む黒鵜さんである。私はやっぱり目を閉じていた。と、急に辺りが暗くなる。トンネルだ。しかも結構長い。
そうして次に目に入った薄ボケた像は、さっきまで少しは遭ったビルなんかの灰色を一切なくした緑と青だった。
思わず目を開けると、その牧歌的な風景に唖然としてしまうほど。
稲穂が揺れ、空は青く、ぽつぽつとした茶色が家屋と知れる。
「んじゃ私はここで。黒鵜、あんたんちに預けるんだから、頼んだよ。てとりちゃんの事は」
「分かってます、先輩。えーとてとりちゃん、足元あんまり良くないけれど歩ける?」
スニーカーを車から降ろしてみると、先日雨が降りでもしたのか、ちょっとぐちゃっとしたところだった。でも歩けないことはないな、と、私はバッグを持ってミニのドアを閉じる。じゃあねーっと去っていく気配に目を開けると、眩しいぐらいだった。でもこれなら、よく見える。コンタクトレンズで十分だ。
「キャリーで来なくて良かったです。雨が降ったんですか?」
「そうみたいだね。標高が高い場所だから珍しいぐらいだけど」
「へぇ、そう言うものなんだ」
「良かったら持とうか? そのバッグ」
「いえ、結構です」
少しすると道のぐちゃぐちゃした感じはなくなり、普通の乾いた道になった。アスファルトは敷かれていないらしい。さっきの所は日当たりが悪かったのかな、なんて思っていると、おーい、とばたばた手を振っている男女が見えた。中学生か高校生ぐらい。男の子の方は髪が短く刈られ、女の子は三つ編みをしている。
「黒鵜のにーちゃん! お帰りなさい!」
「お帰りなさいませ、お兄様」
近付くと二人が同じ顔をしているのが分かる。男女の双子は二卵性双生児だから普通の兄妹ぐらいにしか似ないというので、この二人は一卵性の双子なのだろう。つまり、多分、男装している方が女の子。
女の子に丸坊主はひどいんじゃないかなあと思いつつ、私はぺこりと頭を下げる。たったった、と近付いて来た二人も、ぺこりと私に頭を下げて来た。年の頃は私と同じぐらいだろう、二人。
「初めまして。足利てとりと申します」
「初めまして!
「
「正確には言ったのは俺の先輩。こういうのには『とっておき』がいるもんだ、って教えてくれたんだ。それが彼女」
「ふーん……俺達と全然変わらないように見えるけどな」
言葉遣いも直されるのか。大変だな。思っていると、違う方からもぱたぱたと人が掛けてくる足音がする。にーさーん、と呼びかけながら、もしかして黒鵜さん、地元の名士って奴なのだろうか。車は持っていないみたいだけど。
やっぱり男女の双子がやって来て、その顔が同じである事にまた女の子の双子かな、と私は思う。
「
「
大学生ぐらいの年嵩の二人にナデナデとされて、照れる私である。ちょっと恥ずかしい。潤と名乗った男装の方はこざっぱりしたベリーショートと言う感じで、女の人のように見ようと思えば見えたけれど、シャツのボタンのあわせが男性用のそれだった。村を出ても、帰って来たらそうさせられるのだろうか。それとも望んで? 惰性で? それは分からない。少なくとも村にテーラーなんかはなさそうだけれど。
「お二人は学生さんですか?」
「そう、普段は東京の大学に通っているの。私は経済課、潤は情シス課ね。あ、情報システム課。分かるかな?」
「分かります。今回は家族のご不幸での帰省ですか?」
「うん。伊織のね……」
二人目だったはずだ。ということは少なくともこの二人は犯人から除外しても良いかな、と思わせられる。東京から群馬の山奥までは流石に来づらいだろう。それからまたてこてこと歩いて来る二人組がいた。こちらは中学生ぐらいだろうか。あまり似てない顔をしているな、それに、男の子も男装と言うよりは普通の服だ。
「
「あ、東の兄さん。お帰りなさい」
「お帰りなさい」
「ただいま」
「黒鵜さん。こちらの二人は――男女の双子ですか?」
問いかけると場の空気が途端にピンと張り詰める。何か言っただろうかと思うけれど、別に普通の事しか聞いていない。先の二人は見た目で分かった、こちらの二人は見た目で分からなかった、だから聞いただけ。ああ、と一拍置いて、黒鵜さんは頷いた。こんにちは、と頭を下げると、二人も頭を下げて来る。
「足利てとりちゃん、って言うんだよ」
遊里さんに紹介され、黒鵜春奈です、遥です、と返される。ん、黒鵜。
私は黒鵜さんを見上げる。
「うちのいとこなんだ。せいかくにはうち『が』いとこで、本家は二人の所。そうだ、
「兄さんの所に泊まるの?」
「うん」
「女の子一人で? なら私と遥も行く」
「大丈夫だよ、何もしない。って言うかすぐにそう言うことにくっ付けるの、思春期の悪い癖だぞー」
「じゃあ遊里ちゃんと愛理ちゃん」
「へ? 俺は別に良いけど。だったら客間の準備、俺も手伝うよ。兄ちゃん」
「私も。都会の話いっぱい聞きたい」
「出来るとは限らない……」
「こっちにはどのぐらい居るの? てとりちゃん」
事件が解決するまで。とは言えないので。
「一週間ぐらいかな」
と言っておく私である。
「じゃあまず杉婆と檜葉婆のとこに行かなくちゃね」
ちょっと無表情っぽい笑みを浮かべて、春奈ちゃんは言った。
おそらく長老とか村長とか呼ばれる人の所なんだろうな、なんて思って。
――それは的中することになる。
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