第5話 野外の生活

 翌日の朝に、俺とリーティは早速アフタロ王国を出る準備をした。この国になんの心残りもない俺たちは、未練なく去ることができる。むしろ俺が散々ひどい目にあったこの狭いスラム街を離れることができてすっきりした気分だ。一方俺のそばに立っているリーティはどこか未練がましく見れる。

「イリアス兄さんと出会った場所だから、ちょっと寂しいかも」


「あのクズ貴族の差し金を容赦なく殺めたんだ。ここに居座るわけにはいかない」


「兄さんは私を守るためにこう決めたんだね。分かっている。それに兄さんと一緒ならどこでも私の家だ」

「リーティ…」

 俺と二年近く一緒に過ごしたリーティは、出会った時の子供と違って物分かりになった。


 入国時には手続きが必要だが、出るとなるとすんなりといける。おかげで俺とリーティのような流れ者でも無事城門を出ることができた。ただ出たらいいけど、この先どうすればいいのか。城内では雑用仕事で毎日の収入が確保できるが、野外ではそうはいかない。ポケットに入っているなけなしの銅貨を見て、俺は将来への憂いを禁じえなかった。


「大丈夫だよ、イリアス兄さん」

 俺の心配を察したか、リーティは俺の手を握った。


「野外だからお金がそんなに大事じゃない。兄さんなら絶対大丈夫!」

 

 そうだなあ。リーティもいるのにここで弱気を吐いてどうする。野外なら動物を狩って食料が得られるはず。近くの川から水を汲んで飲むのもできる。生きるために必要であるならなんだってやってやる。


「ここはひらけすぎたから魔物が襲ってくると危険だ。とりあえずそこの木立で設営しよう」


「はい!」

 いつもの調子に戻った俺を見て、リーティも上機嫌になったようだ。


「兄さんそれそれ」

 妹の成長に微笑んでいる俺に、リーティはある方向を指差して言った。


「あれ、ウサギじゃない」

 

 そこを見るとウサギっぽい小動物が目に入った。角が生えているところから見るとこの世界の魔物だろう。でも草を食べているのでたぶん危険性がないかな。

「よし、これで今日の食料確保だ」


「ええ?あのウサギを食べるの?」

 食指が動いている俺を見て、リーティは少したじろいでいるようだ。


「リーティの気持ちは分かっている。でも野外じゃ食べるから食べられるかという残酷な世界だ。人間はご飯を食べないと生きられないんだぞ」


「分かった。兄さんの言う通りにする」

 そうして、俺とリーティはそのウサギを捕まえようと動き出した。向こうの動きが素早いのでなかなか捕まえないが、リーティはいい案を思いついた。


「兄さんは一人でその子を追って。私はここで待ち構えるからこっちに追い詰めて。そしてその子が近くまで来たら私が捕まえるから」

 確かに二人ともこのウサギに振り回されるよりそうした方がいい。そしてしゃがんで待ち伏せしているリーティの方向へ、俺は例のウサギを追い込む。ただリーティの手前まで来ようとしているウサギは彼女の存在に気がつき、とっさに逃げようとした。

「また逃げられるぞ」


「闇を照らす聖潔なる光よ、我が身に宿って輝け!」


「ライトか」

 ライトってのは光を出す魔法だ。リーティは最初星のような弱い光しか出せなかったが、練習を重ねて今じゃこんな目がくるむ光さえ出せるようになった。それを正面にくらったウサギは当然動けなくなる。その機を見て俺は火魔法でウサギにとどめをさした。


「やっと捕まえた。リーティのお手柄だよ」


「いいえ、ウサギの目は光に敏感だと、以前兄さんが教えてくれたから」

 

 そういえばそんなことあったなあ。夜の路地裏で眠れないリーティを寝かしつけるために、俺は前世の知識を彼女にいろいろ教えた。よく覚えてくれたね。


「これでお肉が食べられるね」

 俺に褒められてわくわくしているリーティだ。


「そうだね。もう遅いから日が暮れるまえに火起こししようか」

 リーティと一緒にそこらに散らかっている木の枝を広い、俺は火魔法で火花を作り薪に火をつけた。これで川から汲んだ水も沸かせる。

 

 最後は寝床だけど、まだ夏だから風邪をひくおそれがないだろう。ただ寝ている間に魔物が襲ってくると大変だ。そこで俺は前世のスキルを活かして木の高いところに吊り床を作った。それを珍しがっているリーティが上にのぼってはしゃいだ。楽しいリーティを見て俺はこう考えたんだ。


「たまにはこうやって野外でのんびりと暮らすのも悪くないかも」

 こうしてリーティと何か月間の放浪生活を楽しんで、俺はこの先の行方を決めた。まあこのまま毎日前世ではめったに食べられないジビエ料理でお腹を満たして、野宿を続けるのも楽だが、いつまでもこんな未開人種のような生活を送ってはならん。それにリーティも成長期の女の子だし、いろいろ彼女に見せて視野を広げらせたい。

 

 そこで俺はアフタロ王国に隣接しているファーラン盟約国というところに行こうと思っている。そこは近いしアフタロ王国との国交が行われていない。王国の貴族の恨みを買った俺たちにとってちょうどいい行き先だ。ファーラン盟約国の情報を探るためにこの数か月間俺はいろいろと手を回してきた。

 

 聞いた話だとファーラン盟約国は他の盟約国と蒼龍条約というものに結ばれていて、龍に対する信仰を統治に取り入れたらしい。まあ俺からみりゃ宗教信仰を利用して民を従えるようなもんだ。こういう政治体制の違いによりファーランは蒼龍条約の盟約国以外の国との関わりを持とうともしない。そこに入ればあのクズ貴族も手を出せなくなるだろう。

 

 それからそっちに設置してある冒険者ギルドの話だ。以前アフタロ王国にも冒険者ギルドを見たが、あまりにも幼かったのでなかなか入れなかった。今成長した俺はやっと冒険者登録ができるようになっただろう。そして冒険者ギルドの依頼を受けて金稼ぎもできる。そうしたら自分とリーティをもっといい暮らしにできるはずだ。前世の異世界系作品できまって出てくる冒険者ギルドに、俺も少しだけ期待感を覚えている。

 

 そうと決めたら出発だ。龍を崇める敬けんな信者を装っていたら、すんなりと城門から入った。この世界じゃ国籍の概念が薄いし、それを証明する公的なものもない。出入りを厳しく管理する国もあると聞いたが、少なくともこのファーランはそうじゃないようだ。

 

 情報収集の時にも城門を越してチラッと中を見たが、実際入って見るとアフタロ王国と全然違う国だな。アフタロ王国を自由市場が盛んな古代ヨーロッパに例えば、このファーラン盟約国は国の管理を重んじる古代ローマといったところだ。治安がいい町には屋台がそこらに見えるが、見回りをしている兵士たちもたくさんいる。

 

 そして、さすが龍への信仰を大事にしている国だけあって、町中にあちこち龍の紋章や彫刻が飾ってある。その紋章はどうやらこの国を代表するものらしい。この龍の要素で溢れかえっている街にはたった一つ、目を引く獅子の紋章がある。そしてその獅子の紋章がかかっている木造の建物こそが、俺の目的地である冒険者ギルドだ。

 

 どきどきしながら門を開いた俺は、予想と違った光景に面食らった。

 ごった返している部屋の中には、悪人顔している奴らしか見えん。受付の女も可愛い美人系などじゃなく、海千山千の商人のように見える。後ろについてきたリーティもまごついて、俺の後ろに身を隠している。


「どっからの子どもだよ!出てママの乳でも飲んでけ!」


「お前ら場所を間違えたよなあ!ならきっちり懲らしめないとあかんや!」

 にやりと笑って近づいてくるやつに悪意を感じて、俺は短剣を抜け出そうとする。

 

 そういう張りつめた空気に中で、急にバンとドアを開けた音がした。びっくりして振り向くと、そこには大きな帽子を被っている女がいる。帽子で隠された顔を徐々に上げて、彼女は偉そうな笑顔で口を開く。


「この子たちは、オレのお客だ」

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