第6話 魔女の工房

「ま、魔女…」

 さっきまで威張って俺に歯向かったやつなのに、この女を見て急に憚ったように身を引いた。


「ちっ…お前の獲物ならこっちは手を出さん。連れて帰れ」

 拍子抜けしたように、冒険者ギルドにいる荒っぽい男が手をひらひらと振った。


「もう大丈夫だよ。オレについてこい」

 明るい笑顔を俺とリーティに見せて、女は俺たちの前を歩いた。


「どこに行くつもり?」

 彼女に助かったとはいえ、急に現れた怪しい女に警戒しない方がおかしい。それに見れば分かる。こいつはかなり強い。


「オレの工房だよ。君小さいわりにあたりが強いなあ」


 この能天気な女について、俺たちは工房と呼ばれる家に着いた。目の前の古い小屋に入ったら、俺はごちゃごちゃな中身に驚いた。


「何もかも散らかっているじゃない。あんた掃除とかしないの?」


「掃除?そんなの時間の無駄やん。適当に座っていいよ」


 座るって言われても腰をかけられるところがない。こいつ、今までこんな部屋でどうやって過ごしてきたの?隣のリーティを見ると、彼女も難しい顔をしている。


「で、あんたは一体何者なの?」

 仕方なく比較的にゴミが少ない隅にしゃがんで、俺はこの胡散臭い女に聞いた。


「オレはルナリア、ルナリア·メーストだ」


「俺はイリアス。この子はリーティ。さっきの男はあんたのことを魔女って呼んだけど、それはなに?」


「見ての通り、オレはこの魔女の工房をやっているんだ。魔法が使えるやつって少ないだろう。だからオレはそういう人から依頼を受けて魔法で解決しているんだ」


「なるほど」


「まだ警戒している目をしているねー。お姉さんは君らを助けたんだろう。もう少し信じてくれてもいいのに」


「確かに助かったんだけど、初対面のおばさんの言うことを鵜吞みにするつもりはない」


「おっ、おばさんだって?確かにオレは君らよりほんのちょっとだけ年上だけど、おばさんってほどじゃないわ」


 俺はただ何気なく呼んだのに、この女はガチでムキになったようだ。そして自分の大げさな反応を恥ずかしく思ったように、ルナリアは軽く咳払いをした。


「コホン。そう言えば君ら子供たちどうしてそんな物騒なところに入ったの?」


「ギルドで冒険者登録をしたくて」

 俺の冒険者になりたいって話を聞いたら、ルナリアは急に眉をひそめた。


「なにふざけたこと言うの?そういう荒い仕事は君らに向いていない。だいたいお前らはまだ十四歳になっていないだろう」


「十四歳?」


「ええ。冒険者には年齢制限があるんだ。せめて十四歳じゃないとダメだ。それに…」

 少し真剣な顔でためらって、ルナリアは俺にこう言った。


「十四歳になったとしても、冒険者なんておすすめしないなあ」


「どうして?」


「さっきギルドのやつらを見たんだろう。あれが典型的な冒険者だ。全ての冒険者があんな乱暴なやつって言わないが、大体そんなもんだ。冒険者を生業にしているのは、全部カネしか目に入っていないやつらだ」


 何か嫌なことでも思い出したかのように


「でも俺だってお金がほしいから登録を…」


「それよりいい仕事はいくらでもあるんじゃない。冒険者は仲間を殺してまでカネを欲しがっているものだ。正規に認定された盗賊と言っても過言じゃない。君たちにはそうなってほしくない」


 ちょっといい加減な女に見えるが、こいつは本気で俺とリーティを心配している。ただ俺は今までこの手で数え切れないほど人を殺したから、彼女いわく荒い冒険者とあまり変わらないかもしれん。


「なんならオレの工房で働かない?」


「は?」

 この突然な提案に、俺は少し驚いた。


「君ら行くところがないしお金が必要だろう。ならここで雑用でもしようか。大金は出せないが、基準以上の報酬を出すわ。それに君らここに住んでいい」


 確かに、家もお金もない俺とリーティにとっていい話だ。でも道で拾った俺たちに仕事までくれるなんて、ルナリアは実際お人好しなのかな。


「リーティはどう思う?」

 ずっと黙って俺とルナリアの会話を聞いているリーティに、俺は聞いた。


「ありがたい話だと思う。それに…」

 彼女の返事を待っているルナリアを見上げ、リーティは無邪気に口を開く。


「ルナリアさんは悪い人じゃないような気がします」


「あああかわいいい!ありがとうね嬢ちゃん。兄さんと違っていい子に育ったね。なんならオレの娘になってくれない?」

 感動のあまりにリーティを抱きついたルナリアを、リーティは嫌そうに押しのけようとする。


「な り ま せ ん。私はずっとイリアス兄さんと一緒にいますから」


「それは残念だね。こんな可愛い子があんな生意気なガキと暮らすなんて。まあくれぐれも可愛くない兄さんに染まらないようにね」


「ルナリアさんはイリアス兄さんの素晴らしさが分かっていませんから」

 どんどん自分にくっついてくるルナリアから避けようとして、リーティは俺の背後に隠れた。


「そろそろ仕事内容を教えてくれる?」

 俺はテンション高そうなルナリアにこう言った。


「うーん。そうだね。じゃあとりあえずここを案内してあげるからついてきて」

 案内?こんな一目で分かる狭い小屋をどうやって案内するの?それに…


「その前に、ここをきれいにしていい?こんなゴミ溜めみたいな場所で働けないんだ」


「ご、ゴミ溜めってひどくない?」


「私もこの環境が気になります。イリアス兄さんときれいにしますから座って待っていいですよ。座れる場所がないですけど」


「リーティちゃんまで…」


 泣きそうなふりをしているルナリアを無視して、俺とリーティは掃除に手をつけた。自分もこんな仕事をしたくないが、ルナリアは俺たちを思って雇った以上、これくらいしてあげてもいいだろう。


 ただ俺たちはこのゴミ溜めの深度を侮った。一時間もすぎたのでなかなか終わりが見えん。毎日体づくりに勤しんでいる俺はともかく、リーティはもうくたびれたようだ。


「お疲れ、リーティちゃん。もう大分きれいになったからこれからオレの浮遊魔法でけりをつけよう」

 俺も結構疲れたのに…


「そんな便利な魔法があるなら最初に使えよ」


「悪い悪い。二人の覚悟をバカにしたくなかったから」

 にやりと頭をかいているルナリアを見て、俺はなぜかムカついたような気がする。やっぱり俺とこいつ、気が合わないかもしれん。


「浮遊」

 

 ルナリアが杖を持ってそう唱えたら、散らかっているわけわからない代物はそれに反応したように宙に浮いた。そして彼女の顔が向いている先に飛んで行った。同時に複数なものを操っているので、整理の効率が何倍も上がった。こいつ、こんな便利な魔法が使えるのに、どうして清掃をしていないだろう。


 それより、昔塾で聞いた話だと、複数な対象を同時に浮かせるのは誰にでもできるようなことじゃない。よほど浮遊魔法に手慣れたやつじゃないと絶対無理だ。


 ルナリアの魔法能力は、とんでもないものかもしれん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る