第4話 夜の襲撃

 あの夜から三ヶ月が過ぎた。俺がいつも周りを警戒しているにもかかわらず、俺たちを許さないと口をきいたクズ貴族が戻ることはなかった。この三か月間、俺とリーティの魔法の心得が一層増えた。大した威力のあるわざは相変わらず出せないが、火炎魔法の火花の大きさも、光魔法の明るさも以前より大分ました。


 だけどリーティは攻撃魔法があまり好いていないようだ。飢え死にしてもスリにならなかったリーティは、他人を傷つけることに抵抗を感じているだろう。その分リーティは光魔法に分類される光を出す魔法と治癒魔法に興味を持っているようだ。でも光を出すのはともかく、魔導書を使わずに治癒魔法を使うなんてまずありえない話だ。それから身体強化と気配を消す影魔法だけど、まったく効果がないわけじゃないけど、実戦に使うにはまだまだだ。


 そして、リーティは幼いながら女の子だ。いつまでも俺と一緒に野宿させるわけにはいかないし、たまにはシャワーも浴びさせたい。新しく買った短剣のおかげで俺の収入も増えた。だから俺は貯めたお金でたまに安い宿を借りている。もちろんシングル部屋だけどリーティには十分だろう。ただ今日は宿に泊まるってリーティに言い出すたび、彼女はきまって俺をも部屋の中に引っ張ってしまう。


「イリアス兄さんだけ外に眠らせたくない」

 俺との仲が深まって、リーティは俺に敬語を使わなくなった。そして俺もそれを仲良しのあかしに思い、少しは自慢している。


 もちろん、見た目は八歳くらいだけど、俺の実年齢は十八歳だ。いくら何でもこの子と同じベッドで眠れない。変な趣味でも目覚めたら怖いんだ。


「イリアス兄さんが一緒じゃないと私も泊まらなーい」

 いつもこう言い張ったリーティにかなわなく、俺は仕方なく部屋の床で寝る。


「こんなもの食べていいの?」

 宿に泊まった翌日に、俺とリーティは街中を散策している。リーティが屋台で売られている焼き魚にひかれているらしいので、ちょっと奮発して買ってあげた。


「いいよ。リーティはこれを食べたことないよな。今日はちょっと贅沢してもいいよ」

 焼き魚を持ってよだれを垂らしているリーティだが、彼女はそのピカピカな目で俺を見上げた。


「じゃイリアス兄さんが最初の一口食べて」


「俺はいいよ。リーティのために買ったんだ」


「ダーメ。兄さんが食べないと私も食べない」

 この子、俺が断れないコツを覚えたなあ。


「しかたないなあ」

 俺はリーティが持っている焼き魚を小さく一口かじって、美味しそうに見せかけた。


「さ、美味しいからリーティも食べて」

 我慢できずに魚を頬張っているリーティを見て、俺はどこか安心感が覚えた。


 最近糸目をつけないでお金を使ったから、今日は路地裏で寝ようか。昨日宿で久々に休憩を取れたおかげで、今夜も寝ないでリーティを守れる。なにも起きないと思って少し油断したが、まさか今夜にハプニングが起きた。


 夜中に複数の足音が聞こえた。どうやら三人くらいがこっちに向かって走っているようだ。こんな時間にスラム街に来るやつの狙いは、言うまでもなく俺とリーティだ。今更逃げても遅いんだ。懐にひめている短剣を片手で握って、俺はリーティのそばで寝たふりをしている。


 やっぱり、何分後に黒ずくめの覆面男が現れた。俺がこっそり目を開いて見ると、確かに三人だった。どれも武器を持っているので目的は明白だ。気を引き締めている俺に、その中の一人が近づいてきた。


 もう一人がリーティを襲い掛かろうとしているのを見て、俺は落ち着いていられなくなった。最も良いタイミングじゃないが、俺は素早く短剣を引き出して目の前の男に刺した。俺が寝ていると思い込んだ男はこの予想せぬ一撃をよけるはずがない。そして俺の狙いはやつの首だ。

 

 一撃確殺しないといけいない。


 短剣をしっかりとやつの首に貫き通して、俺は迅速に立ち上がった。仲間の悲鳴すら聞こえないで、もう一人の男がリーティに剣を抜いた。三人目の男は俺に気づいたが、彼が反応して仲間に教えようとしても手遅れだ。


「身にある魔力の流れよ、我が身にまとって実の力となれ!」

 不十分ながら身体強化魔法を使った俺は一瞬で男の背後に移動した。そうして狐につままれたまま、彼の首の後ろが俺の剣に貫かれた。


「身体強化魔法だと?!」

 最後に残った男は驚愕に声を上げた。油断したあの二人に虚をついて仕留めたが、こいつと正面から戦うしかない。向こうも身体強化魔法が使えるし、体格の差もある。俺にとって分が悪すぎた。


 やっぱり、剣でやつと攻め合いしたら、俺が一方的に圧制されている。それでもこいつに勝たないといかん。そう思っていながら、俺はやつの急所をつこうとする。


「くそ、防いだか」

 逆手をとられた俺はやつに壁まで迫られた。このまま俺にとどめをさそうとして、やつは俺の頭上から剣を振った。この瀬戸際に突然、俺はリーティの声が聞こえた。


「壊す力を秘めた炎よ、わが引火に応じて来たれ、定着しないものの形を作って、ファイアボールなり出たまえ!」


「あっつ!」


 小さい火花がやつの顔を覆っている布に引火した。彼が慌ててそれを引き離そうとしているが、俺はこの絶好のタイミングを見逃すわけがない。取り乱しているやつを思い切って突き崩して、俺は迷いなく短剣でとどめをさした。息の根が絶えたそいつの死体は、今もリーティの火花で燃えている。


 この光景を見ると、リーティと初めて会った頃が頭に浮かんだ。確かそのとき俺も毎晩、こんな残酷な人殺しをしていたんだ。こいつらの死に際を見慣れた俺だから、ためらいなく殺人ができるだろう。でもリーティは俺と違う。彼女は無表情で他人の命を奪うことができない。今も手の震えが止まらないリーティを見て、俺は心を決めた。


 リーティにこんな思いをさせないように、俺は彼女の代わりに敵の息の根をとめてやる。


「助かったよ、リーティ。あんな魔法を出せたなんて、さすが我が妹さ」


「イリアス兄さん大丈夫?けがしていない?」


「全然大丈夫だ。また怖い思いをさせてわるい」

 俺は心配そうに寄りかかているリーティに言った。


「私は人を殺したくないが、イリアス兄さんのためならなんでもする。だから一人で戦わないで」


「ええ。心配かけたなあ」


 まるで俺を逃がさないように、リーティは強く俺を抱きしめた。血まみれの短剣を手にして、俺はリーティの温もりを肌で感じている。


「ここに残ると危険だ。あのクズ貴族がまた差し金をよこすかもしれん。明日の朝に町を出るから。今夜はしっかり休もう」

 

 こうしてリーティと寄り添い合って、俺は三つの死体の隣で眠ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る