第3話 貴族と姫
さて、この二年間コツコツと貯めてきたお金をどこに使ったかというと、武器を買ったのだ。毎日体づくりに勤しんでいるとはいえ、素手じゃ剣を持っているやつと戦うなんて無理だ。そのため俺にも自分にふさわしい武器が必要だ。先日下町にある鍛冶屋に行ってなんか買おうとしたけど、俺の予算じゃまともな武器が買えない。べらぼうに安価な品もあったが、そんなの剣の形をしているガラクタだ。
そこで俺は思いついた。ちゃんとした新品が買えないなら、妥協して中古のやつを買ってもいいんじゃない。一番上の棚に並んでいるピカピカな剣には及ばないが、そこそこ使えるだろう。
「中古の剣ならちょうど昨日仕入れたやつがあるんじゃぞ」
ゲームでよく見られるいかついドワーフの店主が俺にこう言った。彼がカウンターの下から取り出したものを見ると、それはあまり目立たない短剣だった。もうボロボロに使われたけど、切れ味がそこまで落ちていないように見える。
「金貨一枚で譲ってやろう。これはなかなかお得だよ」
「銀貨一枚」
十分の一の価格で売ってもらおうとしている俺に驚かれたのか、ドワーフ店主はしばらく啞然とした。
「み、見た目はこうだけどこれはすごい冒険者のお下がりだぜ。品質は本物だ。銀貨一枚じゃ採算がとれねぇ」
「俺はそれしか出せない。それにこんなぼろい剣を買うやつがいない。だからお前はこんな必死に俺に売ろうとしているんだろう」
「子供のくせにせこいのう」
「子供だから俺を侮っちゃ大変な目にあってしまうぜ」
断固譲らないと言い張ったドワーフは俺の話を聞いて、深くため息をついた。
「参ったなあ、ぼうず。せめて銀貨三枚で…」
「銀貨二枚、これ以上増やせない」
「しょうがないのう。じゃ銀貨二枚でやってやろう」
彼から短剣を受け取って、俺はポケットから銀貨二枚を取り出した。本当の予算は銀貨四枚だけど、安いに越したことはない。
「ありがとう。俺にもいろいろ事情があってさ」
手を振って店を出ようとする俺に、ドワーフ店主は後ろから声をかける。
「ぼうず、君の名前は?」
「イリアス」
「そうか。わしやポンド。偉いタマになったらまた買い物してこい」
「何言っている。俺はすごいやつにゃなれない」
「いいや。わしには分かるさ。君には何らかの執着を持っておる」
彼のわけわからん話に答えないで、俺は店を出た。つまらない値引きをしたせいでもう日が暗くなった。リーティは塾の前で俺を待っているはずだ。
急いでリーティのところに駆けつけると、彼女が誰かに付きまとわれているところを見た。困っているリーティとあいつの間で、俺は立ちふさがった。
「なにお前?わたしはこの可愛いお嬢さんとお話している」
「お前こそなにをするつもり?彼女が困っているのを見てないのか」
「わたしは男爵家の息子だ。愛玩用のためにこいつを城で飼おうと思っているんだ。こんな可愛い女の子が泣きわめいたらきっと面白い。こんなみずぼらしいところでくさるより俺のおもちゃになったほうがずっと幸せだ。だからわたしに目をつけられたことを光栄に思え」
こいつの図に乗った顔を見るだけで一発ぶん殴りたいなあ。この腹立たしいやつが貴族なの?確かに華麗な馬車が隣に泊まってあるし、やつをちやほやする付き人もやけに多い。
「だから私はずっとイリアス兄さんと一緒にいたいです。あなたなんかについていきません!」
俺がやつをこっぴどく罵ってやる前にリーティは先にこう叫んだ。俺を無視してリーティをしがみつこうとしているクズ貴族の手を、俺は力いっぱいで振り払った。
「知るか。お前が貴族だろうとくそだろうと、この子はあんたに渡さん」
リーティにひどいことを企んでいるこいつを今すぐ殺したいが、向こうの人数が圧倒的に多い。それにここで貴族の子息を殺したら後腐れが多いような気がする。
「スラム街の下種ふぜいが、わたしさまに口の利き方をわきまえろ!」
青筋を立てた貴族の息子は足で俺を蹴ろうとしたが、俺が一瞬によけたせいで派手に転んだ。
「おや貴族様、ここでお眠りするつもりですか」
「きさま!」
俺の挑発でカンカン怒っているあいつは尖り声で叫んだ。周りを囲んでいる彼の腰巾着どもが一斉にかかろうとしている。俺は後ろのリーティをかばいながら、戦いの構えをした。
「お待ちください!」
急に冷静な声が後ろから伝わってきた。振り返ってみると華美なドレスを着ている女の子が慌ててこっちに向かっている。きれいな金髪と高そうなアクセサリーからみりゃこの子もどこかの貴族嬢ちゃんだろう。
「アダム殿、なにをなさっていますか」
「姫、姫殿下。どうしてこんな辺鄙な町で」
姫様?ってことはこの小娘は王国の姫様なのか。でも優雅な振る舞いといい、このクズ貴族と違っていい子に育ったらしい。彼女の護衛についているおじさんも落ち着いててかなりの手練れに見える。
「お、お前らを許さない!今に見てろ!」
ベタなセリフを残して、貴族の息子はうろたえて馬車に乗って帰った。一方姫様と呼ばれる女の子は俺に低く腰を屈めた。
「申し訳ございません。王家としての責務を果たさなかったばかりに、貴方とこのお嬢さんに嫌な思いをさせてしまいました。どうかお許しください」
この姫様も俺と大体同じ歳に見えるのに、年齢不相応のおっとりとしたところがある。
「お前が謝ることはないだろう。全部あいつが悪いから」
「ですが…」
「もういいって。姫様に頭を下げられると困る」
「ご容赦いただき、誠にありがとうございます。わたしはアフタロ王国の第三王女、メタリアンと申します。今日はお披露目会帰りでお二人をお見かけしました」
「俺はイリアス、こいつはリーティ。危ないところを助けてくれてどうもありがとう」
「いいえ、お力になれて嬉しいです。そういえばお二人は今どこにお住みでしょうか」
「そこの路地裏に」
俺の返事を聞いて、メタリアンは驚きそうに手で口を遮った。
「そんな。子供二人で危険過ぎます。よろしければお詫びにわたしがお二人に住所をご用意いたしますので…」
こいつ自身もまだ子供なのに…
「ありがたいが遠慮する」
姫様の同情なんか要らない。それにここで借りをつくったら後日高くつくかもしれん。リーティには悪いが、ここは姫様を断らないといけない。
「分かりました…でも何かありましたらいつでもわたしにお声掛けください」
「分かった」
メタリアンという姫様は軽くお辞儀して、馬車に戻った。帰り道にも心配げにこちらを見ている姫様を見て、俺は悪いことをしたような気がする。
「ごめん、リーティ。怖かったね」
「ううん。イリアス兄さんが来てくれると信じていました。それにこの半年ずっと兄さんと魔法を勉強していますから、全然怖くなかったです」
そうか、あれからもう半年か。リーティは筋がいいのでもう俺と同じように小さい火花や光を出すことができるようになった。素直に俺に甘えているリーティと手を繋いで、俺たちは路地裏に帰った。今回の件で俺は改めて自分の無力さを思い知った。もしメタリアンが現れなかったら、俺はリーティを守れなかっただろう。
自分とリーティを守るために、俺はもっと強くならないと。
心でそう決めた俺は懐から昼間に買った短剣を取り出した。その柄を強く握って、俺は夜の訓練を始めた。疲れてぐっすりと寝ているリーティを見守るためにも、俺は寝ちゃだめだ。
それにあのクズ貴族がそう放言したうえ、いつなにがされてもおかしくない。やつの仕返しに備えるためにも、俺は殺人わざを覚えるつもりだ。
リーティを傷つけようとするやつは、絶対に許さない。
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