第1話

 実は、私が召喚士アリナに呼び出されるのは、これで四回目だ。


 最初の一回目は、ただの事故だったらしい。

 そのときの、意図せずに全然違う世界の私を召喚してしまったアリナは、すごく慌てていた。今では想像も出来ないくらいに私のことを心配してくれたし、この異世界のいろいろなことを説明してくれたりして、私を気遣ってくれていた。だから私も、彼女のことを「アリナさん」とか呼んで敬意を払って、敬語で応対していたんだけど。

 でもそれも、召喚二回目くらいには、もう……。

「私たちにとって異世界人の貴女は、この世界に対して先入観がない分、私たちだと見落としてしまうようなことに気付ける。つまり、私たちの解けない『謎』も、解けちゃうかもしれないわ! 実は私、不思議なこととか謎解きとかが大好きなんだけど……ちょうどいいから、これから不思議なことを見つけたら、ちょくちょく貴女のことを呼び出させてもらうわね?」

「は、はぁぁぁーっ⁉」

 そんなことを、言い出したりして。

 初回の召喚のときにプレゼントかと思って受け取った「指輪」が、どうも「召喚士と召喚獣の契約」の証だったらしく。なかば強引に、私は彼女の「召喚獣」みたいなものにされちゃったらしくて……。

 このアリナっていう人はかなり自分勝手で、とんでもない発想の持ち主だってことに、気付かされることになったんだ。


 ……まあ、ね。

 私だって、クイズとか謎解きとかは、そんなに嫌いじゃないし。

 何より、「私だけの特別な理由」があることも理解してるから、結局、しぶしぶながら協力してあげてるんだけどね。


「で? 今回は、どんな『謎』なわけよ?」

 至福のスイーツタイムを邪魔されたことへの不機嫌さを前面に押し出して、アリナに尋ねる。そんな私の冷たい視線をものともせずに、アリナはその得意げな顔を別の場所に向けた。

「ふっふっふ。実は今日、偶然通りかかったのだけどね。……『アレ』を見てちょうだいよ」

 それは、周囲の木々がなくなって広場のようになった場所。その中央付近にある半径1メートルくらいの円形の石の台座と、そこにささっている「剣」だ。

 さらにその台座の上には、その「剣」を抜こうとして引っ張っている青い髪の女性もいた。

「あの剣とあの人……私の嗅覚が、告げているわよ! 極上の謎の匂いがぷんぷんする、ってね!」

「はあ……」



 それから、しばらくして。

 結局、剣は抜けなかったらしいその女の人が、私たちに話しかけてきた。

「やあ。ボクは、ジュリエル。勇者ジュリエルだ。キミの心の一番大事なところに、この名前を刻んでおいてくれよ、かわいい子豚ちゃん?」

「勇者?」

「そう、勇者だ。勇壮なる希望の象徴、勇ましく勇猛な最強の英雄、勇気あるみんなのヒーロー……そんな勇者の名前は、ジュリエル。勇者ジュリエルだよ」

 サラサラショートカットの青髪をかきあげて、イケメンアイドルみたいな爽やか笑顔を向けてくる女の人――ジュリエルさん。

「え? そんな選ばれし勇者のボクが、こんなところで何をしていたかって? ははは。さっそくボクに興味津々かい、子豚ちゃん? いくらこのボク、ジュリエル……勇者ジュリエルが魅力的だからって、ちょっとがっつきすぎなんじゃないかい?」

 いや、まだ何も聞いていないよ? まあ、聞こうとはしてたけどさ。

 っていうか……。

「でもそれも、ボクがこれだけカッコいいんだから仕方ないよね。いいよ。子豚ちゃんたちへのファンサービスだと思って、教えてあげよう。さっきこの勇者……勇者ジュリエルが、何をしていたのか。勇者のプライベートを、ね。ふふふ。キミだけの、特別だよ?」

 っていうかこの人、勇者勇者うるせーな。選挙の街宣カーかよ。

「あ、あのー。とりあえず、頭がおかしくなりそうなんで……もう、勇者って言うの、やめてもらえません?」

「ああ。また一人、女の子を狂わせてしまったんだね? ボクは、なんて罪な女勇者なんだろう? このボク、ジュリエル……勇者ジュリエルは、いつもこうなんだよ。ただ普通に生きているだけで、キミのようにかわいい子豚ちゃんたちの心をかき乱してしまって――」

「だから、もう勇者って言うなっつってんだろ! ……っていうか! 『子豚ちゃん』じゃなくて、そこは普通『子猫ちゃん』じゃない⁉ 地味にムカつくんだけど⁉」

「はははは。キミがそう呼んで欲しいのなら、ボクはそれでも構わないよ? かわいい子ね……いや。やっぱりキミの場合は、子豚ちゃん……かな?」

「おい! 改めて、ちゃんと『子豚』って言うな! 最近スイーツ食べすぎで体重増えちゃったこと、気にしてるんだからな⁉」


 ……はあ。

 まあ、何にせよ。

 それからその「自称勇者」さんが、今の「状況」を説明してくれたんだけど……。


「ふふ、なるほどね。つまり、」

 召喚士アリナは目が輝かせながら、その「状況」をまとめるようにこう言った。

「ここに封印されている『勇者の資格を持つ者だけが抜けるはずの伝説の剣』が、なぜか『勇者ジュリエルは抜くことができない』ってことね⁉ ほーら、見なさい! 今回も、なかなか良質な『謎』と出会えたわよ⁉」

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