召喚士アリナはさもありなん 〜私はアリナの召喚獣じゃない!〜

紙月三角

第一章 勇者でも抜けない「勇者の剣」

プロローグ

 日曜日の午後。

 白を基調とした、シンプルだけど清潔でオシャレなパティスリーの店内には、眠気を誘うような静かなBGMが流れている。

 併設のイートインスペースにいるお客さんは、私を始めとして若い女子がほとんど。だけど、中にはおじさんとか、同い年くらいの男子高校生みたいな人たちもいる。その全員に共通しているのは……誰もが「ザ・幸せ」って感じの満面の笑顔を浮かべているってことだ。

 でもそれも、当然だよ。

 だって今の私たちの前には、背の高いグラスに盛り付けられたキラキラと輝く旬のフルーツもりもりの、期間限定パフェ――メロンと桃のレ・ザムルーズ・パルフェ――があったんだから。


「やっばー! これ、もはや芸術じゃねー⁉」

 テーブルの向かいの席で、蘭堂らんどうチナリがよく通る声で叫んだ。

 ゆるくウェーブした明るい金髪に、一部分だけピンクのポイントカラー。ネイルは、今日のパフェに合わせてメロンの緑と桃のピンクにしてきたらしい。夏らしい爽やかなオフショルトップスとダメージデニムのショートパンツの服装も含めて、どこからどうみてもギャルだ。

 そんな彼女が、地味めで普通なJKの私――氷魚海ひおみぼたんと友だちやってるのは、結構不思議がられることも多いんだけど。「スイーツ巡り」っていう同じ趣味もあって意外と気が合うんだよね。


 目の前のパフェに向けたスマホカメラのシャッター音をパシャパシャ鳴らせていた私は、

「うぉっ⁉」

 そこで、変な声を出してしまった。

 だって。チナリがもう、パフェにささっていた細長いスプーンを抜いて、それを食べ始めていたから。

「フルーツは上に乗ってんのだけじゃなくて、その下で層になってるソルベとか、ゼリーとかにも使われてんだねー⁉ メロンの甘みと桃の甘みとクリームの甘みが、全部違うのに全部が絶妙に絡み合って引き立て合って、濃厚な一つの甘みになって口の中でとろけて……これはまさにパルフェ……『完璧』っていう言葉にふさわしい極上スイーツだー! うぅーんっ! おいっしーっ!」

「あ、あんたって、ホントに……」

 チナリって、こういうところあるんだよね。妙に男らしいっていうか、度胸があるっていうか。

 開店前から三時間近く行列に並んだし、値段も、ファミレスのパフェと比べて五倍以上はするような「ご褒美スイーツ」を、そんなにあっさり食べちゃうとか……もはや勇者だよ。


 ……でも。

 ごくりっ。

 食レポみたいなことを言いながら、美味しそうに目を細めて体を震わせているチナリを見ていると、私も早くそれを味わってみたいという欲求に負けそうになってくる。

 い、いやいやいや。まだだ。まだ、そのときじゃないよ。

 えるビジュアルを崩してパフェを食べ始めるのは、ここにたどり着くまでに払ったお金と時間の分を取り返してからだよ。そのために、まずはこの芸術作品を充分に目で楽しんで、間違い探しみたいに同じような写真を飽きるほど撮らないと…………て、思ってたのに。


「え……」

 ウ、ウソでしょ⁉ まさか、このタイミングでっ⁉


 突然、私の体が幽霊みたいに半透明になっていく。構えていたスマホごと、存在感がなくなって曖昧になっていく。

 その「異変」に気付いたチナリが、

「あー? もしかして、また『例のやつ』ー?」

 なんて、緊張感のないセリフを言ってくる。

「ちょ、ちょっと待ってよ⁉ 私、これからこのスイーツを食べようと――」

「ぼたんも大変だねー? 行ってらー」


 それから。

 抵抗する間もなく。私の存在は「この世界」から完全に消えてなくなった。




――――――――――




「う、うぅ……」

 意識が戻ったとき、そこはもう、オシャレなパティスリーなんかじゃなく……森だった。

 鮮やかな緑の葉をつける、無数の大木たち。その隙間から強い日差しが降り注いでいる。地面には腰の高さまであるような雑草が生い茂っていて、野性味ある匂いに取り囲まれている。聞いたことのない不思議な鳴き声をあげて、見たことのないカラフルなデザインの鳥が頭上を飛んでいった。

 そんな、「ザ・大自然」っていう感じの場所に私と……「彼女」がいた。


「よしよし! 今回も、上手に『召喚』出来たみたいね!」

 燃える炎みたいに真っ赤な縦ロールの髪と、同じ色の二つの瞳。学生服をモチーフにしたような、リボンのついた可愛らしい黒のローブ。真っ白な肌と整った顔つきは外国人風だけど、話しているのは流暢な日本語だ。

 何も知らないと、「何のアニメキャラのコスプレかな?」なんて言ってしまいそうだったけど……。

 私と同い年くらいのその「彼女」が、カラコンとウィッグをバッチリ決めた気合の入ったレイヤーさんじゃないことは、すでに分かっていた。

 

「ちょっ、ちょっと、アリナ! どうしてあんたはいつもいつも、こういうタイミングで『召喚』するのよ⁉ 私、あと少しで限定スイーツ食べれるところだったのに!」

「まあまあ。そんな細かい事、気にするんじゃないわよ」

 エキサイトしている私と比べて、その赤髪の彼女――アリナは落ち着いている。

「だって、貴女はもう私と契約しているのだから。私が呼び出したら、どんなタイミングでもこの世界に現れるのが、当たり前なのよ?」

「はあー⁉」

 いや。

 落ち着いているというか、もはや「ナメきってる」というべきかも。

「私と契約した他の召喚獣たちは、いつ『召喚』しても大人しく命令に従ってくれるわよ? だから貴女もその子たちを見習って、私の言う事をきいてくれればよくて――」


 ここは、さっきまで私がいた世界とは全く違う、ファンタジックな剣と魔法の世界……いわゆる、異世界。

 そしてアリナは、その異世界の召喚士で……。

 私はそんな彼女によって、なかば強引に、さっきのパティスリーからここに召喚されてしまったわけで……。


「まあ、何はともあれ……召喚獣の氷魚海ぼたん! 主の私の命に従って、目の前の謎を解いてちょうだい!」

「なんで、そうなるのよ⁉ っていうか私、あんたの召喚獣じゃないからーっ!」


 そんな、当然のクレームを叫ばずにはいられない私なのだった。

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