第2話

 この異世界には、あまりにも強力すぎて悪用されると大変だから、「清く正しい心を持った勇者にしか抜けない」という魔法をかけて封印されている武器が、たくさんあるらしい。それには普通の剣だけじゃなく、槍とか杖、弓矢とかもあるっぽいんだけど……一番多いのは剣だから、全部まとめて「勇者の剣」って呼ばれている。私が召喚されたこの森にあったのも、その一本なんだそうだ。

 そんな「勇者だけが抜けるはずの伝説の剣」が、勇者ジュリエルさん――さすがにあんだけクドく言われて名前覚えたわ――には抜けない……。


「じゃあ単純に、その人が実は、勇者じゃないんじゃないの?」

 私が真っ先に思ったのは、それだった。

 だって。

「はっはっはっ! このボク、ジュリエルが……勇者ジュリエルが、実は勇者じゃないだって⁉ そんなありえない冗談を言うなんて……さては、そうやってボクの気を引くつもりなのかな、子豚ちゃん?」

 なんて言って、私を馬鹿にするみたいに嘲笑っているあの人が、清く正しい勇者様だなんてとても思えなかったから。

 でも。


「ほら。ボクの顔にばかり夢中になってないで、『これ』を見ておくれよ? そうすれば、そんなジョークは言えないはずだろう? ね?」

 別に、顔に夢中になってねーから。むしろ、にらんでるだけだから。

 ドヤりながら、自分の体を指差しているジュリエルさん。

 自称勇者の彼女は今、布の服の上に金属の胸当て。革のベルトと赤いマント。腰には、台座にささってるのよりもずっと安っぽい感じの剣がある。そんな、たしかにアニメとかゲームとかに出てくる勇者っぽい感じの服装――それも、冒険始めたばっかの初期装備って感じ――の上に、白い「タスキ」のようなものを掛けていた。

 私は最初、それも服のデザインの一部だと思っていたのだけど……どうも、違うらしい。いわば、「私が今日の主役です」とか書いてあるパーティグッズのタスキみたいに。その「タスキ」にも、何か文字が書いてあるっぽかった。

 この世界の文字を読めない私のために、アリナがその意味を教えてくれた。


「それ、勇者免許よ」

「は?」

「だから、彼女が掛けている『タスキ』……勇者資格の免許証なのよ」

「え? え? い、いや、勇者、資格……免許証? え? 勇者って、免許制なの?」

「ええ、そうよ」

 何でもないことのように、アリナは続ける。

「大昔には、自己申告だったり、他人が勝手に呼んだだけの二つ名みたいなものだったこともあったんだけど……それだと、いろいろと問題があったんでしょうね。現在のこの世界では、『勇者』っていうのは政府が認めた資格を持っている人のこと。学科試験と実地試験を受けて、合格すれば免許がもらえて、勇者を名乗れるの」

 な、なに、それ……。めちゃくちゃ事務的じゃん……。

 そこでまたジュリエルさんが、ウザ顔で言う。

「そういうことさ! だからこの『タスキ』にも、このボク……勇者ジュリエルが正真正銘の勇者であることを証明する文字が、書いてあるんだよ! 『勇者仮免許 路上練習中』ってね!」

 って、仮免かよ⁉

 この世界の勇者が思ってたよりもずっとシステマチックな感じだと知って、私はちょっと呆れてしまうのだった。


 っていうか……。

「じゃあ、まだ仮免だから、剣が抜けないだけでしょ」

 もうツッコみきれないと思ったので、さっさと話を戻す。

「そこのジュリエルさんはまだ本物の勇者じゃないから、『勇者の剣』が抜けないってことで――」

「そんなはずはないわ」

 でも、それはすぐにアリナに否定される。

「仮免許を持っているなら、本物の勇者と出来ることは変わらないはずよ? 学科試験に合格して仮免許を取った人が本物と同じ能力を持って路上に出て、一定回数の勇者活動を行うことで、『仮』が外れて本免許をもらえるの。だからあの『タスキ』をつけている彼女なら、勇者の剣を抜けないはずはないのよ」

「あ、そ」


 ちなみに。

 ただ学科試験を受けただけなのに、普通の人には抜けない剣が抜けるようになるのは、あの「仮免のタスキ」にそういう魔法がかかっているから、ってことなんだそうだ。学科試験に合格した人にタスキの形で一時的に勇者の力を与えて、路上練習っていう名目で勇者らしい活動をさせる。そんで、その力を上手に使いこなせた人は本物の勇者として認められて、改めて、タスキがなくても同じことができるようになる魔法をかけてあげる、っていう。

 聞けば聞くほど「システマチックが止まらない」って感じだけど……もうツッコまないって決めたからスルーする。


「じゃあ、あの『タスキ』が偽物っていう可能性は?」

「うーん、なくはないかもしれないけど……でも、ちょっと難しいでしょうね。基本的にこの世界の公文書には、偽造防止のための暗号鍵魔法が付与されているの。あのタスキにも、その類の魔法の存在を感じるわ」

「はあ……」

 また魔法かよ……。

「物質を完璧に複製できる魔法……なんてものがあったとしたら、その暗号鍵魔法ごと偽造することもできるのかもしれないけど。でも、少なくとも私は、そんな魔法の存在を知らないわ」

 魔法……魔法……。

「そもそも、暗号鍵魔法には本来の所有者の情報も含まれているから、他人のタスキを奪っても効果は得られないし。すべての魔法は、魔法省が管理する魔法登記簿に登録することが義務付けられているんだけど。現在の勇者免許制を破綻させるような魔法の記録は、見たことないわね」

 魔法……魔法……魔法……魔法…………。


 そう、なんだよね。

 この世界には、私の世界にはない「魔法」なんてものがあって、それでいろんなことが出来ちゃうんだよ。だから、それを知らない世界で育った私が、この世界の謎――この世界の人が分からないことを、分かるはずがないんだよ。

 アリナは前に、私は「この世界に対して先入観がない分、この世界の人が見落としてしまうようなことに気付ける」なんて言ってたけど。むしろ、知識や常識がない分、この世界の私は何もわからない赤ちゃんと同じ。実際には、私だけが気づけることなんてないんだ。

 じゃあ、私はなんで、ここに呼ばれたのか?

 アリナはどうして、こんな私を召喚したのか?

 それは……。


 そこで。そのアリナが、こっちを見ていることに気付いた。多分さっきの私と同じことを考えていたらしく、大きな赤い瞳の浮かぶ二つの眼を半円形にしたニヤニヤ笑顔で、彼女は言った。

「どうする、ぼたん? そろそろやってみる?」

「ああ、うん……そうだね」

 結局。魔法の存在が大前提で、「魔法ありき」のこの世界では、魔法が使えないやつなんて役に立たない。

 だから私も、「魔法」を使わなくちゃいけないんだ。それが、召喚士のアリナが私を呼び出した理由。私の、この世界での存在意義。

「期待してるわよ、ぼたん。貴女の『固有魔法』を、ね」

「……」


 初めてこの「剣と魔法の異世界」に召喚されたとき……実は私も、魔法が使えるようになった。それも、この世界の他の誰にも使えない、私だけの特別な魔法……「固有魔法」を。

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