第3話
「上手くいかないもんだねー物事ってさ」
その日も夢の世界で満天の星空イメージトレーニングをしていた。これを始めてからもう一年になる。
進展はなく小学校卒業までに満天の星空を眺めるというのは叶わなかった。僕はうなだれる彼女になぐさめの言葉をかける。
「仕方ないよ星空に選ばれなかったんだ、そう、僕らはこの群青色と結ばれてる。とても強くね」
「・・・・浮気失敗だね」
彼女はますます落胆していく、この一年イメージの中だけであるとはいえ理想の星空を描いてきて、目の前に広がるのが殺風景な草原から変わらないというギャップは大きいのかもしれない。
「あーあー、ねえごろごろして過ごそうよ」
彼女らしくないけど、悪い提案ではないから僕も彼女と一緒に仰向けに寝転ぶ。
仰向けになると、まるで自分まで大地に沈み込んで一体になったような気がする。同時に見える空には吸い込まれるような一体感を感じる。
「気持ちいいね」
僕は初めて寝転んだ感想を呟いた。
「夢の中だからこのまま寝れないのが惜しいけどね」
確かに、それは僕も惜しいと思った。絶対気持ちいい眠りにつけそうなロケーションなのに。
「ねえ、中学入っても続き出来るかな?」
彼女は顔だけこちらに向けて不安そうに言った。
「出来るよ、きっと」
出来る、この時間と夢がなくならない限りはずっと──。
中学校に入ると、近い地域の違う小学校から入学してくる生徒が増えるため、小学校とは少しスケールが大きく、環境の変化も激しいものになった。
普通なら新しい環境で新しい人間関係を築くのが理想的だし、多くの人には容易く出来てしまうのかもしれない。
でも僕は違った。入学して一か月も経たないうちにまるで自分だけが真っ黒な影色に塗り潰されているかのように孤立し、浮いてすらいた。
当然、小学校の頃のように平穏な日々を送れるほど甘くはない。中途半端に大人になり始める時期に入った彼らは出る杭は打つし、逆に出なさすぎる杭は埋めてしまうという事をする。
執拗な陰口という陰湿ながらじわじわと僕の精神を追い詰める方法で沈めようとし、見事に沈みかけていた。
僕は自分でもこんなに落ち込みやすい性格だとは気が付かなかった。今まで平和ボケしていただけだったんだと思い知らされた。
朝の教室でも雀のさえずりよりも陰口の方がよく聞こえる。廊下に出れば通りすがりに笑われているような感じがする。
こんな時でも辛うじてまともな精神を保っていられたのは、夢の中での穏やかな時間があったからだと思う。早く夜になって布団に入りたいという願望が僕の頭を支配していたし、なによりそう思い続けることが一種の救いの儀式みたいなものだった。
そして、今日も僕は夢の世界に行こうと眠りにつく。早く、早くという焦燥感で中々寝付けなかったけど気が付けば夢の中に居た。
──目に飛び込んできたそれは、世界が模様替えされた姿だった。空という巨大なキャンバスに青紫色の天の川が堂々と描かれ、全体は夜空にしては明るく、金平糖みたいな星々の光はギラギラと輝き、それぞれが存在感を放っているようだった。
全てがこちらにぶつかってくるような強い向かい風を片手で遮りながら、僕は彼女の隣に立つ。
「・・・・成功したんだね」
彼女は僕の問いに何も答えなかった。口を微かに開けてただこの星空に見入っていた。
彼女のガラス玉のような瞳は銀河に照らされ星を映して輝いている。
──綺麗だ。
思わず、心の声が呟きに変わってないか確認してみるけど、大丈夫みたいだ。
「君に見せたい一心で、そしたら出来ちゃった」
「驚いたよ、本当に、君は魔法使いに昇格したね」
「そこは神様じゃないのー、別に良いけどさー」
僕らは目を合わせて笑う、良い夜だと思う。
僕らを邪魔するものは何もなくて二人だけで世界を貸し切りにして笑い合う──最高の贅沢だ。
「私さ、君が最近元気ないの知ってるんだよね、隠そうと取り繕った笑みで誤魔化す鉄板だよ?」
「なんだ・・・・バレてたんだ」
「何か辛いことあったんでしょ?」
僕は頷く。でも話すつもりはなかった、こんな景色を前に話せるほど気持の良いものではないと思うから。
それでも無理に聞いてきたら話すつもりではいた、でもやっぱりそこは彼女、無言で何も聞かずに背中を軽く撫でる。
聞かない優しさ、語らない優しさそういうのが逆に身に染みる。それを彼女は理解しているんだろう。
流れ星が一筋、光の軌跡を描いて星空に走る。それが二つ三つになり流星群をように降り注ぐ。
「私の見せたかった全て、感動した?」
「涙が止まらないな」
「嘘つき、一滴も出てないよー」
また笑う。その夜はそんなことを繰り返した。でもどうしてか僕の直感はこれが最後だと目覚める直前サインを出していた。
おかしい、と思い始めたのはそれから数日後、あれだけ毎晩見れていた夢がピタリと見れなくなった。
最初は色々な理由を考えて気持ちを落ち着かせていた。きっとストレスのせい、たまたま見れないだけ、もしかしたら彼女の体調が悪いせいかもしれないなど、そうやって脳裏にかすめているとある可能性を避けるようにしていた。
でも、一ヶ月二ヶ月と過ぎていく過程で僕はいよいよその可能性と向き合う。
──彼女との時間はとうに終わったのだ。
その事実は僕に喪失感と毎日の唯一のうるおいを失ったことによる乾きを与えるものだ。
あの時間がどれだけ貴重で特別だったのか、皮肉にも全てが終わってから本当に思い知る。彼女の不在はその後一年間、僕を失われた過去に縋りつく者にさせ続けた。
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