第4話
そして今、僕は翌年に受験を控えている中学二年生になった。志望校は武蔵野高校という地元ではそこそこの進学校で、選んだ理由は単純に校風が良いと評判なのと、進学校で僕が頑張って届くギリギリのラインが武蔵野高だったから。
「明、塾行こうぜ」
梅雨入りして雨が連日振り続け、外は薄暗く教室の白い照明の明かりが目立つ放課後、僕は帰り支度をして塾に向かおうとしていたところに秀一がこちらに歩み寄ってきた。
「珍しいね、秀一から塾に行こうなんて」
「んん、まあ、たまにはな」
秀一は頭をかきながら言った。
「模試、振るわなくて映画見るの禁止寸前とかかな?」
合っているかは分からないけど、大体そんなところじゃないだろうか。
「え、なにそれ読心術? まんまなんだが」
図星らしい。いい加減受験生としての自覚を持てという神様からの啓示だろう。
「とりあえず行くか」
僕が荷物を整えてそう切り出すと秀一は深くため息をつく。
「はあー努力して受かった後の時間にジャンプしないかな」
そんな都合の良いタイムトラベルがあったら、そもそも努力自体いらないだろうなと思った。
秀一と本格的に接点を持ち始めたのは、彼女との交流が途絶えた一年後の中二の春のこと、たまたま映画館の同じシアターで鉢合わせたのがきっかけで、どうやら小学生の頃の僕の予想は外れていたみたいで、秀一も一人映画が趣味だったらしい。
それからお互い学校でも交流するようになった、と言っても最初は僕の方がぎこちなかった。今はそこそこ近い距離感で話せていると思う。
「武蔵野高を目指してる奴、あの塾で俺と明ともう一人居るらしいぞ」
ほう、武蔵野高はあの小さい塾の中では志望者は僕と秀一だけだと聞いたけど。
雨が容赦なくアスファルトや傘に当たり、滝のような音が響く街中を僕らは歩く。
「秀一はその人が気になるの?」
「仲間にしようと思ってる」
ライバルではなく仲間ときたか。皆で団結して乗り切ろうみたいなテンションは受験にはそぐわない気がするけど。
「まあ、応援してるよ、仲間に出来ると良いね」
仲間、か。僕の中から時間が過ぎるのと同じ速度で彼女との記憶は確実に薄れていった。
多くの夢と同じようにいつの間にか忘れていく──心の奥では望んでいなくてもそれは止められないようだった。
それから、数日後のこと、いつものように帰り支度していて、そろそろ秀一が来る頃だろうなと思い始めていた時に教室の扉が開いて現れたのは、秀一とポニーテールの女子生徒だった。二人がこちらに向かって来る。
女子生徒の方はなんだか陽の雰囲気を纏っていて僕とは相性が悪そうだ。
「明、こちらが前に話した同志の東雲京香さん」
秀一がそう言って僕に紹介すると、京香という女子は『同志の』というワードでピクリと眉を上げて、秀一を睨み上げる。
「秀一、勝手に同志にしないでくれる? 私にとっては同じ志望校の人なんて敵なんだけど」
以降、しばらくの間、秀一と京香の言い合いを切りが良さそうなところまで聞いていた。
「あの、そろそろ塾に行きたいんだけど・・・・」
「ああ、すまん明」
秀一が我に返ったように謝る。
「ごめんなさい明くん?」
「秀一が呼び捨てなら僕も呼び捨てでいいよ」
京香は「分かった」と言って頷いた。何だかんだ仲間になる気はあるらしい。
夢で逢えたらまた君に 浅見 @azami143
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