第2話

「あ、ねえ空の方見てみてよ」

 彼女はそう言って空を指差す。言われた通り見てみると、薄いけど金平糖みたいに色々な色彩の星が点々と散らばっていた。

 人間、心底飽きてきた時はほんの少しの変化でもなんだか感動してしまう生き物だと思う。そう、僕はこの薄く小さな星に大きな感動を覚えていた。色のバリエーションもさることながら、星自体この夢の中だと新鮮だった。

「やっと、味変出来るようになったのかもね」

 食べ物じゃないから『味変』という表現が適切かどうかは分からないけど。

「それって夢のコントロール的なやつかな、いよいよ神様に近づいてるのかも」

「神様になれたなら、何したい?」

 また人差し指を口元に当てて考える。なるほどこれも彼女の癖か。

「私を一番に幸せにする世界にしたい、それがどんな世界かは分からないけど」

 僕は彼女のある種、思い切りのいい願いに笑みがこぼれた。

「君はエゴが強い神様なんだね」

 僕がそう言うと彼女は「でもさ」と言って宙に指を走らせて言った。

「皆、ある意味そうなんじゃないかなって思うんだよ」

「その心は?」

「皆、本当は自分以外どうでもいい、むしろ自分が世界の中心で神である、かな」

 これ以上ないくらい酷い言い草だけど、ある意味、真理みたいなところもある。

 ここまで会話して僕は彼女に、聞きたいことがあった。

「・・・・前々から思ってたんだけど、僕らって小学生だよね?」

「そうなんでしょ?」

「そうだよ、ただちょっと達観し過ぎてる気がする」

 彼女は今度、可笑しそうに笑い出した。

「自分で自分のこと達観してるなんて、中々言えないよー」

 僕は途端に気恥ずかしくなる。確かに受け取り方によっては思い上がりの激しい子供だ。

 しかし、彼女は一転して真面目な口調になる。

「でも色々見えないものが見えてるのかもね、君も私も」

 そうなんだろうか、『見えないもの』が何を差しているのかで大きく違う気がする。

「やっぱり、思い上がりのような気がしてきたよ」

「いいじゃん、夢の中なんだし」

 彼女はクスクスと笑って、空に手を伸ばす、彼女の白い肌の色と空の群青色は溶け合っているようにも、いないようにも思える。

「この空を満天の星空に変えたいな」

 言われて僕は想像する地平線の向こうまで広がる星空、それはまるで銀河のような宇宙的スケール、見てみてみたい。現実ではできない、言ってしまえば『銀河の貸し切り』だろう。ロマンがある。

「練習する価値はあるよ」

「やっぱり? そう思うよね? じゃあこれから毎晩練習しよう」

 今日で座って会話して終わりという日々も最後かと思うと寂しい気がするけど、同時に新しい目標は魅力的で夢の中での秘密の特訓というイベントも悪くないと思った。

 それから、毎晩僕らは夢のコントロールの練習を始めた、星空に変えることに特化した練習、といってもほとんど理想の星空をイメージするだけだったけど。

 現実の方は長いようで短かった六年間の終わり、卒業式を迎えていた。

 まだ冬の名残りが残っているのか、体育館までの渡り廊下は意外にも寒い。

 周りの卒業生の中には泣いている人もいれば寝そうになっている人も居る。

 僕はそのどちらでもない。特別な思い入れもなければ、式が眠くなるほど退屈だとも思っていなかった。

 ただ、中学高校とこの春を何度も迎えることになると思うと少し気が滅入った。

 卒業式が終わると、卒業生と在校生の交流のようなものが学校の校門前で行われていたけど、僕には在校生との接点もないし、何より今日は見たい映画があり上映時間が差し迫っている。

 素通りして行こうとした時──いきなり後ろから肩を叩かれて、僕は思わず振り返る。

「悪いけど、急ぎの用事があるんだ」

 僕は短髪に日焼けした肌の活発そうな男子生徒に向かって言った。急いでなかったらこんな口は聞けないだろうなと思う。

「おお、それは悪かったな俺は平岡秀一っていうんだ。前々から声掛けてみようかなとおもってたんだけど、それじゃあ今は挨拶だけだな」

 まさか、僕に声を掛けたいなんて思う人が居たとは、しかも同じ卒業生で感じの悪さは一切感じない。

「僕は斎藤明、声を掛けてきてくれてありがとう。それじゃあ」

「おう、何の用事か分からないが、頑張れ」

 秀一が二っと微笑むのを見てから僕は背を向けて映画館に向かった。

 小学生にして一人映画を楽しむ趣味というのは中々珍しいんじゃないか、ちなみにうちのクラスには少なくとも僕が予想出来る狭い範囲の情報だけど、そんな趣味を持った生徒は居ない。

 小さな身体で目の前の大きなスクリーンの映画を誰に気を使うでもなく見れるとは贅沢で素敵だ。そう素敵、素敵? そう言えばこれは毎晩見る夢の少女の口癖だけど、夢というのは往々にしてそんなに長く覚えてられるものじゃない。

 でも僕は今、フレーズと共に彼女の姿、声が出てきた。不思議なことだと思う。

 まあ、それもまた素敵だ。僕は思考を止めて暗転するシアターの中、強い光を放つスクリーンに没入した。

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