第3話社長がいなくても、社長のせい

「で、結局どうすんの? 金曜リリース」

会議室には重苦しい空気が漂っていた。

佐野、久保、三枝、田中の4人が、全員がっつり目の下にクマを抱えている。

「俺たちが何もしなければ、勝手に流れるんじゃないですか?」

田中がボソッと希望的観測を言ってみるが、

「社長は放っておいても、自分でnote書くって言ってたぞ」

久保が低い声で答えた。

「“リリースされた体”でnote出されたら、それがネットに残るんだよ……こっちの責任で」

三枝は死んだ目をしていた。

昨日、社長から送られてきたnote草案は、タイトルが

『このプロダクトで世界は変わる(※使い方はまだ考えてない)』

で始まっていた。

「ていうかさ、なんで社長って、あんなに自信だけあるんですか?」

田中がぶちまける。

「だって、実績ないですよね? アイデアも適当、言うことコロコロ変わるし、部下の名前すら覚えてないし」

「おい、それは違うぞ」

佐野が静かに言った。

「名前は“全員田中”で覚えてる」

「それ覚えてるって言わないです」

そこへSlack通知。

ハルオ社長:

note出した!見て!感想ちょーだい!

タイトル『ビジネスに必要なのは、まず勇気(とスタンプ)』

三枝が叫んだ。

「スタンプって何!?」

「昨日、社長が“Slackのスタンプがその人の全人格”とか言ってました」

「俺、うっかり“うんうん”って送ったら、社長に“理解ある男”って思われて今週だけで2案件飛ばされてる」

「“うんうん”って頷いただけで人生狂うって、なんだこの会社……」

そして問題のnoteを開いてみたところ、

書き出しはこうだった。

『かつて私は、月商ゼロだった。

だが今では、月商がゼロではない。』

「それ、増えたのか減ったのかもわかんない!」

「てか、後半なんにも言ってない!!」

その後、社員全員が一瞬だけ、社長の昔話を検索しようと試みた。

が、Wikipediaも、SNSも、履歴も、ほぼない。

唯一出てきたのは、10年前の匿名ブログ記事だった。

『三木ハルオという男と1日だけ働いた話』

“思ったより、鳩っぽい人だった”

「鳩?」

「社長、鳩のように来て鳩のように去ったんじゃないか……?」

「語尾に“ポッポ”つけてないだけマシですね」

「つけたら殴る」

会議は迷走し、結果として「とりあえず金曜は出社してみよう」という最悪の方針にまとまった。

“金曜:社長のnoteの内容に合わせて、実際にプロダクトが存在している風を演出する”

三枝が命名した作戦名は、

《幻のプロジェクト“霧の中の納品”作戦》

だった。

「……これ、いっそ社長に直談判すべきじゃないっすか?」

田中のその一言が、全員を沈黙させた。

佐野は静かに言った。

「直談判したやつ、過去に3人いる」

「今どこに……?」

「うちのSlackに“退職しました”スタンプ作ったの、そいつらだ」

誰もが思っていた。

社長は、会社にいないのに、すべての元凶だった。

でも、それでも。

なぜか会社は、まだギリギリ、潰れていなかった。

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