第九話 舞い戻った日々
数日が経った。少しだけ死というものを意識したからなのか、自らの基礎体力が下がっているような気がする。しかし、僕はそんな推測が意味がないことにすぐ気づいた。
騒がしい日々が戻ってきたからだと思う。
「やっほー。幸彦殿っ! 心配かけましたな~」
声の主は眉を上下にしながらこちらを指でつついた。
「うるさい。 調子に乗るな大病人」
「あら~やだやだ。幸彦さんったら。 照れちゃって」
「照れてない」
「そんなこと言っちゃって~。あの日を期に渡足たちは将来を誓い合ったソウルメイトじゃない!」
「誓ってないし、僕らに将来なんてないだろ」
相変わらずの大根演技も、鬱陶しい絡みも、戻ってきた。完全に体調が戻ったようには見えない、(そもそも病人なんだから完全に体調は戻ったら退院である。)
だがこうして、病室を行き来できるくらいに、サキは元気になった。
改めて見てもサキはか細く、色白である。目はくりんとしているし、もし普通に学生生活を送っていれば、それなりにモテたんじゃないだろうか。
「なによ? まじまじと見つめて。」
「何でもない。 死にたい理由、探す前に死ななくてよかった」
僕自身をが死にたい理由を考えることで僕自身の理解が深まるし、 そうすればサキの言葉が僕に響いた理由がわかる。
こんな風に死にたい理由がわかれば死ぬまでのもやもやが解消できるのだ。
「うん。ありがとう」
僕の予想とは裏腹に、サキは茶化す訳ではなく、優しく白い歯を見せ、僕の手を引いた。
「約束の散歩、付き合ってよ!」
約束はしていないのだが、僕は抗うことなく、病室を出た。
病院は基本静かで、大きな物音が聞こえるとすれば、誰かに良くない事が起こった時だ。
僕は病室から出ない生活を送っていたので、それはまさしく音のない世界だった。
けれど、サキがいる半径数メートルだけはいつも賑やかだった。
病室から中庭に向かう道中でサキは様々な人に話しかけれれていて、彼女が自分を「腫れ物」といったが、純粋にみんなから愛されていただけなのではないかと疑った。彼女の周りだけはいつもこんな風に会話で溢れているのだろうか。
──いや、違う。
僕は入院前の日々の生活でもイヤホンをして気を紛らわせていた。その時も音楽を聴きたかったわけじゃなくて、雑音をシャットアウトしたかったんだ。 僕はいつの間にか、何も聴こうとしなくなっていたんだ。そんなことを考えているうちに、僕らは中庭にいた。
中庭の歩道の隅には落ち葉が集められている。僕が入院した頃は、まだ秋に入ったばかりだった気がするから、こうしている間にも、僕の生きる時間は短くなっているんだと痛感する。
「実はね~。私、今日はゲストを呼んでるんだっ。」
ぴょこんと僕の前に回り込んだサキが言った。
「は?」
「そろそろ時間じゃないかな~。あ、来た来た!」
ベージュのロングコートに身を包んだ端正な青年がこちらに向かってきた。
「なんだ、ゲストって裕太か。」
ゲストという言葉に少し身構えたが、肩透かしを食らった。
「なんだ、って酷いよね。一応幸彦君のために、病院と家を往復してんるだけど。」
全くもって正論だ。裕太は僕について詮索もせずに、世話をしてくれている、恩人だ。
「裕太君、聞いてよ!幸彦ったらこんな病人のくせに、 病気になる前から死ぬつもりだったんだよ!」
この言葉の後、幸彦の手荷物が地面に落ちる音がした。
それだけしか音がしないような静寂だ。数秒間、固まる現場にさすがのサキも状況を察したようだ。
「あ、やば……。さすがにブッこみすぎた。」
「サキちゃん? 親族同士で話さないとだから席外せる?」
いつも表情に出ない裕太だが、珍しく笑った。それが怖い。サキは肩を震わせながらその場を後にした。
男二人でベンチに腰掛けとてつもなく重い空気がその場に張り付いた。この場から逃げ出したい……。
どうせ死ぬから明日は 登々野つまり @todono_tumari
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