第八話 おもちゃ
僕の目の前にいる女の子はいつもの自分勝手で相手の話を聞くつもりなんて少しもないサキという女の子と同一人物のはずだった。簡単に飲み込むことのできない現実なはずなのに、その女の子はただただ、穏やかな口調だった
「だからね、私はとにかくワレモノみたいな存在なのよ。」
「いつ壊れるかわからない。だから、昔お見舞いに来たクラスメイトも、主治医さんだって、ゆかりちゃんも。 みんな私を壊れないように丁重に扱う」
そんな言葉をつづけた後、今までの強がった笑顔とが別の、穏やかな笑顔で僕を指さした。
「そんな日々に現れたのが幸彦。キミだよ。」
僕は目も丸くして驚いた。そんな僕を見てまたサキは笑った。
「幸彦はね、私を雑に扱う。けど、私の事嫌いじゃないでしょ?」
僕は静かにうなずいた。悔しいけど、こうしてサキノ病室を訪れているのが何よりの証拠だ。
「だけど、この日々もいつか終わるんだよね。」
僕らにいつかは死は必ず訪れる。少なくとも僕はそう遠くない未来に死んでしまう。けれど、僕の死とサキの死は同列に語られていいはずがない。
段々と現実にも腹が立ってきた。僕はぎゅっと拳を握った。
「おもちゃ。」
しばらく黙っていたので、声がかすれた。
「へ?」
しばらく黙っていた僕の言葉にサキは少し驚いた様子で、間の抜けた返事をした。
「何達観してんだよ。まだ子どもじゃないか。僕で遊べよ。」
そうだ。僕はコイツのおもちゃだ。壊れかけのおもちゃ。だから遊び主が僕より前にいなくなるなんて許さない。
必死で言葉を紡ぐ僕にサキは冷めた目線を送る。
「え、幸彦ってそういうシュミ?」
「バッ。お前な!」
顔が熱くなる僕を見て、サキが笑う。
「フフッ。 冗談だよ」
こんな時でもサキのペースに巻き込まれている。
けれど、このペースが今は安心できる。
「とにかく! 僕の平穏な日々を奪ったんだから、
勝手に死ぬとか許さないからな!」
我ながら酷い醜態を晒しているのはわかっているけれど、それどころではない。おそらく赤面しているであろう僕の顔を、サキはじっと見つめた後、また笑う。
「ハハハ。今日の幸彦はすごく子どもっぽいね。安心しなよ、またすぐに邪魔しに行くからさ」
会話が詰まったところで、具合がよくなったとは言えないサキに無理をさせることはできないので、僕は病室を後にする。
背中越しに「ありがとう」と聞こえた気がしたけど、僕は振り返らなかった。
こんな風に感情をむき出しにしたのはいつぶりだろう。日々を過ごす中でいつの間にか誰かに期待することを辞めていた気がする。何かに期待して裏切られると疲れるし、何より傷つく。僕はサキに期待しているんだろうか。
それから少しして、佐藤さんからサキの隊長が回復したことを知らされた。
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