第四章 ジャモスが死んだその後に
ジャモスを倒した翌日、世間は大騒ぎだった。テレビで中継は放送されていたのに加え、自衛隊が撮影していたヘリからの映像が公開されたことにより、あの『鼻歌』を歌っていた英雄は誰なのか、人々の関心を攫っていた。
政府もまた、この災害の対応に追われていた。ジャモス出現の真相を探ろうとする報道機関に対して徹底的な箝口令を敷いた。緊急対策本部は『令和◯年度巨大生物災害復興本部』という名称となり、仮設住宅や被災者への補償を検討している。しかし、何よりも優先されたのはジャモスの死骸撤去だった。あまりの巨大さ故、どこかへ移動させることができない。その死骸はその場で解体されることとなり、自衛隊が対応することとなったが、復興支援もあり、多数の人員を割くことができなかった。そのため、政府はボランティアの協力を大々的に募集することにした。
「兄ちゃん見てみろよ。ジャモスの解体ボランティア募集してるぜ」
避難所でテレビを見ていた老人が修一に言った。
「こっちだって災害復興でそれどころじゃないんじゃないですか?」
修一が言う。
「でもよ、ちょこっと肉をくすねてくれば、兄ちゃんの言ってた巨大シャモの焼き鳥、食べられるんじゃねえか?」
修一はゴクリと唾を飲み込んだ。慌ててテレビに表示されている電話番号をメモし、修一はすぐに電話を掛けた。
修一は避難所の近所に住む人に頼み込んで、一日だけ車を貸してもらった。解体現場に到着すると、すぐに自衛隊員による解体説明が行われ、それぞれ班分けがなされた。
「あのー俺、ももがいいんですけど」
班分けの際、修一は自衛隊員に言った。
「ももですか?鶏肉の部位じゃないんですけど」
自衛隊員は半笑いで答えた。修一が咄嗟に得意の嘘を付く。
「あ、いやー昔鶏肉の解体業者でバイトしてて、もも肉捌くの得意だったんでそっちの方が向いてるかなーと」
自衛隊員はその言葉を疑いつつも修一を脚部を捌く班に割り振った。
「お疲れ様でした!」
修一は元気よく自衛隊員にお礼を言うと、急いで車に乗り込んだ。服の下に手を入れ隠していた袋を取り出す。それは修一が持ち込んだ保冷バッグで、中にはジャモスのもも肉がたんまり入っていた。
避難所に戻る頃にはすっかり日が暮れていた。共同テレビを見ている老人の元に駆け寄る修一。
「おじさん、約束の物、たっぷり持ってきましたよ。」
そう言いながら保冷バッグの中身をこっそり見せた。老人の目が輝き、立ち上がったかと思うとこっちへ来いと手招きした。
「兄ちゃんならやってくれるだろうと思って、準備しといたよ」
老人が指差すと、そこには七輪が用意されていた。老人と修一は共同調理場へ行き、そのもも肉を一口大に切り分け、支給品として調達していた竹串に刺し、先ほどの七輪で焼き始めた。辺りに芳ばしい香りが立ち込める。老人は軽く塩を振ると2本手に取り、そのうち1本を修一に手渡した。
「せっかくなんで、せーの、で食べましょう」
修一がそう言うと二人は掛け声を合わせて同時に頬張った。
「うまい!!」
修一の顔から笑みが溢れる。老人の方を見ると下を俯いている。老人は泣いていた。
「いやーこんな美味いシャモ初めてだわい。頑張って生き延びて来てよかったなぁ」
老人は泣きながら頬張り続けた。
「しかしおじさん、少し罪悪感を感じますね。言っても人を食べて成長したジャモスの肉ですからね」
修一が珍しく冷静に言うと、おじさんは焼き鳥を口に含んだままこう言った。
「そんなこと気にして美味い肉に辿り着けるか!」
二人は声を上げて笑っていた。
ジャモス襲来事件から1年が経った。災害復興にはまだまだ程遠い状況だった。災害の直後は人々のジャモスへの嫌悪感から鶏肉の不買運動が起こったが、政府はキャンペーンを展開、市場介入を行うことで鶏肉の価格を大幅に下げさせた。結果、鶏肉の消費量は増え、同時に物価高騰による貧困を解決することになった。
結局あの『鼻歌』の青年は謎に包まれたままだったが、あの『鼻歌』は覚えやすいメロディーだったこともあり、人々の心に留まり続けた。いつしか時代の流行歌のように大人も子供も自然と口ずさむようになり、レクイエムはアンセムになった。
「おーい修一!そろそろ出番だぜ」
バンドのベースが言った。
修一はタバコを揉み消し、ギターを抱えてステージに向かった。修一がステージでギターのリフを鳴らし始めると歓声が起こった。その曲は、あの『鼻歌』に歌詞を付けてパンクロックに仕上げたものだった。
"俺たちの明日を巨大な鳥が邪魔をする
前に進み続けよう
きみが笑ってくれるなら"
人々は着実に前にすすんでいた。相模原の山奥に、巨大な卵が隠されていることも知らずに。
怪鳥ジャモス ミツイミチヒト @michihito_mitsui
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