第三章 ジャモス死す
ドアが開き、千佳が車から降りた。彼女はジャモスが生まれた養鶏場に来ていた。
「はるばる東京から来て今度は何用だ。俺たちはあんたたち政府の指示の下シャモにエサを与えただけだ。これでここが廃業したらあんたらのせいだからな」
養鶏場のオーナーが千佳に毒突いた。千佳は戸惑いながら言った。
「申し訳ありませんが、ここの補償については私の専門ではないのでお答えできません。それより、ここでのジャモスの様子について伺いたいのですが」
オーナーは舌打ちしてから言った。
「それは将史に任せてたから俺は知らないね。」
千佳はオーナーに一礼すると将史を探した。従業員に尋ねると隣の鶏舎にいるらしい。そこへ向かうと青年が雛の世話をしていた。千佳は将史に挨拶をし、ジャモスについて尋ねた。
「確かに他の雛に比べて大きくなりましたが、それ以外は変わったところはありませんでしたよ。どちらかと言えば優しい性格だったと思います。」
「シャモにしては珍しいですね。どんなところで優しいと感じたのですか?」
さらに尋ねる千佳。
「僕が話しかけるとまるで聞いているようでしたし、鼻歌を聞かせてやると喜んでいましたよ。」
「鼻歌……ですか」
千佳は少し考え込むと明るい表情で将史に言った。
「その鼻歌が使えるかもしれません!」
対策本部に集まった関係者。自衛隊司令官、大隊長、そして役所高官。その人たちの前で千佳は話し始めた。
「お集まり頂きありがとうございます。まず、現在のジャモスについて、非常に危険な状態であると言わざるを得ません。ジャモスはわたしたちが考えている以上に知能が発達しています。さらに、先日の戦いによりジャモスは亡くなった方のご遺体を大量に食べることで、焼けた人間の味を知ってしまった可能性が高いです。つまり、その味を再び味わうため、都心部へ移動する可能性があるとわたしはみています。今はまだ森の中の木の実や小動物を食べているようですが、人間の味を思い出すのは時間の問題でしょう。そのため、一刻も早くジャモスを倒す必要があります。」
司令官が千佳に言った。
「あなたも中継を見ていたと思うが、先日の戦いでこちらは手も足も出なかった。映像解析の結果、あいつが纏う炎によって銃火器が全く効かないのは知っているだろう。何か妙案でもあると言うのか。」
「現在のジャモスはその炎を纏ってはいません。わたしの考えでは危険を察知するか興奮状態になると、ジャモスは炎を纏うと思われます」
司令官が千佳に尋ねる。
「ならば超遠距離攻撃も無効ではないのか」
「ええ、おそらくそう思われます」
千佳は少し間を空け、勿体ぶって続けた。
「ならば、戦闘中でも強制的にリラックスさせてそこを叩けば良いのです」
「怪獣をリラックスだと?」
司令官が鼻で笑いながら言った。
「今朝、わたしはある場所で男性と面会して来ました。国家機密事項であるため詳細は伏せますが、こちらの映像をご覧ください。」
会議室に置かれたテレビモニターに映し出されたのは、将史とシャモだった。モニターの中で将史が鼻歌を歌うと、シャモはその場をクルリと回り、将史の膝の上に乗った。
「こちらに映っているシャモの雛は今のジャモスです。この男性の鼻歌でシャモはリラックスしている様子が伺えます。そう、ジャモスをリラックスさせる方法、それはこの『鼻歌』です。」
千佳がそう言うと会議室中から笑いが起こった。それを遮るように司令官が言った。
「毎度毎度、君の発案には驚かされるよ。この作戦の成功確率は?」
「少なく見積もって七十%くらいでしょうか?元々この種の鳥は記憶力が良く、ジャモスもこの鼻歌を覚えているものと考えています」
司令官は深く頷いて言った。
「炎のせいで有効な攻撃手段がない現状、試してみる価値はあるだろう。仮に炎が消えなかったとしても万が一に備えて怪獣の誘導くらいには使える。政府関係者の方々は官邸への報告をお願いします。自衛隊についてはただちに本部にて作戦会議を始める」
司令官がそう指示を出すと皆が一斉に動き出した。千佳は作戦会議に参加するため、将史を連れ座間駐屯地へと向かった。
司令官が隊員たちに作戦を説明した。
「まず、スピーカーから流す『鼻歌』により、目標の安静を確認後、一斉に砲撃を仕掛ける。着弾前に察知され再び炎を纏われないよう、今回の作戦では運動エネルギー弾を使用する。目標は巨体だ。炸裂弾ではない以上、各戦車からの同時的攻撃が不可欠となる。で、その『鼻歌』の録音だが…」
「ちょっと良いですか?」
将史が話しを遮った。
「突然申し訳ございません。僕が例の『鼻歌』の主です。その『鼻歌』ですが、現地で歌わせていただけないでしょうか?」
司令官と千佳が顔を見合わせてキョトンとした。
「実はあの『鼻歌』、シャモの気分に合わせて毎回少しずつアレンジをしていたんです。たぶんあいつの、ジャモスの顔を確認しながら歌う方がより効果が出ると思うんです。」
司令官は将史に忠告した。
「君は戦場に出ると言うことがどういう危険を孕んでいるか十分理解しているのだろうな?」
将史は答えた。
「はい、それだけの覚悟はしています。ジャモスが生まれた一因は僕にあります。その責任は負わせてください。それに、あいつが苦しまないよう、最大限リラックスさせた状態で葬ってやりたいんです」
「わかった。君はスピーカーを搭載するヘリに乗ってそこから歌うといい。飛ぶ位置は君に任せるから怪獣に目一杯レクイエムを聞かせてやってくれ」
そう言うと司令官は将史に微笑みかけた。
突然、慌てた様子の隊員が作戦会議室に飛び込んできた。
「現地哨戒班より伝達!目標、相模原市街地に向け移動を開始!」
「遂にジャモスが動き出したのね…司令官」
千佳が司令官の顔を見つめた。
「直ちに配置に付け!」
将史は急いで自衛隊の作業服に着替え、巨大スピーカーとともにヘリに乗り込んだ。すぐにプロペラが回り離陸すると、猛スピードでジャモスの元へと向かった。
ジャモスはゆっくりとしたスピードで相模原市街地へと向かっていた。ジャモス出現時と同様に、先行していたヘリが垂れ幕による誘導を試みていたが食い意地が先行しているのか、なかなか見向きされなかったが何とか事前に設定された都市防衛ライン、津久井湖城山公園に誘導することができた。将史を乗せたヘリがジャモスを目視できる距離まで近付いた。ジャモスは炎を纏っていない。配置は完璧だった。ヘリの操縦士が作戦開始の合図を受け取るとヘリは将史の指示通りにジャモスの頭上に移動し、将史は『鼻歌』を歌い始めた。そこで、作戦に参加していた全員が、ある誤算に気が付いた。ヘリの発する轟音に掻き消されて『鼻歌』が聞こえないのだ。そもそも鼻歌とはか細いもの。将史はその音に負けじと一生懸命大きい音を出そうとすればするほど、その鼻歌の音は外れ、まさしく蚊の鳴き声のようになってしまった。座間駐屯地にいた司令官が千佳の方を向くと申し訳無さそうな顔をして見つめ返してきた。幸い、ジャモスから炎は出ていない。今ならジャモスに有効打を撃ち込めるかもしれない。そう考えた司令官が砲撃の合図を出そうとした瞬間、将史を乗せたヘリは近くの広い駐車場に、スピーカーをジャモスに向けて着陸した。
「スピーカー部隊、どうした!」
司令官が叫んだ。
「青年が着陸とエンジン停止を指示したとのこと!」
隊員が司令官に報告した。
将史がヘリから降りた。ヘリのプロペラがゆっくりと停止する。将史はその様子を確認すると、ジャモスの方を向き、ゆっくりと歌い始めた。その優しい鼻歌は人の心にも沁みる不思議なものだった。
ヒョコヒョコと動き回っていたジャモスが突然背筋を伸ばし、辺りを見回し始めた。その音を発する方向に気が付くと、ジャモスの身体から一気に炎が噴き出し、その方向へ走り始めた。
「危ない!直ちに避難せよ!」
司令官が指示を出すとヘリに同乗していた隊員が将史をヘリに戻そうとするが彼は、任せろ、と言わんばかりの目配せをして歌い続けた。
ジャモスが将史の元へ到達する。誰もが彼の死を覚悟したが、ジャモスは将史の前に立ち止まった。将史は歌を続けた。すると、ジャモスはその場をクルリと一回転し、頭を将史の元へ下げた。いつの間にかジャモスの炎は消えていた。
将史は歌うのを止め、ジャモスに話掛けた。
「お前をこんな身体にさせて、一人で寂しかったよな。お前にはずーっと人間のエゴを押し付けて来てごめん。最後は僕の歌をたっぷり聞かせてやるから、どうか安らかに眠ってくれ。」
そう言うと、再び将史は歌い始め、ゆっくりとジャモスから離れた。
ジャモスは背筋を伸ばし羽根を広げた。
ギャャャオォォォ!!!!
そう雄叫びを上げた瞬間、無数の砲弾がジャモスを貫き、その怪獣はその場に倒れた。
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