第二章 ジャモス誕生と戦い
相模原市の森を背景に、テレビ局のカメラマンはリポーターの姿を映した。
「えーここから約1キロ先に怪獣ジャモスが眠っております。あの惨劇から2日経過していますがジャモスは眠ったままです。政府より国内での武器の使用が許可されたため、自衛隊はこの怪獣を倒すべく準備を進めております。付近のただいまの様子は……」
将史はテレビの電源を消し、その場で俯いた。一昨日のテレビ中継で映し出されたシャモに将史は見覚えがあった。
養鶏場で働いていた将史は2ヶ月前のある日、この養鶏場のオーナーに呼ばれた。別室に移動すると、オーナーが神妙な面持ちで将史に依頼をした。
「実はな、昨日農林水産省の担当者がここへ来て、実験に協力して欲しいとの相談があった。」
「政府の人がわざわざこんなところまで。どんな実験何です?」
将史は不審に思いながらオーナーに聞いた。
「ある特殊な餌をシャモたちに与えて欲しいと言うのだよ。どうもここ最近の急激な物価上昇を打開するための案らしい。鳥たちの成長スピードを早め、肉付きを良くすることができるらしい。この実験に成功すれば、シャモの体重は爆発的に増え、鶏肉の市場単価はずっと下がるらしい。それをこの養鶏場で実験したいと言うのだよ。ただな…」
言葉に詰まるオーナーを将史は見つめた。
「ただな、他のブロイラーでは失敗に終わったらしいのだ。そのエサを食べたブロイラーのほとんどは体が自然発火し爆発したと言うのだよ。」
将史はそんな危険なエサをこの養鶏場で試せというその担当者に怒りを覚えた。
「そんなこと無理に決まってるじゃないですか!シャモたちが可哀想だし、何より失敗したらこの養鶏場だって潰れてしまいます!」
「まあ聞いてくれ」
オーナーは宥めるように言った。
「政府の人もいきなり全てのエサこれを混ぜろとは言わなかった。まずは数羽で試したいと言うのだ。何より、他のブロイラーより筋肉量の多いシャモならこの急激な成長に耐えられるかもしれないと言うのだよ。それに、この実験に協力し成功した暁にはしばらくの間、その巨大シャモの販売独占権をくれるとのことらしい」
将史はその胡散臭い話をしばらく頭の中で整理した。シャモたちのことを考えると拒否すべきだと思ったが、このジリ貧の養鶏場を潤わせるには良い手段だとも感じた。
「その条件は本当なんでしょうか?本当に数羽にだけ与えれば良いのでしょうか?」
オーナーに聞く将史。
「確かに。エサを搬入する時に契約書も持ってくると言っていた。君はどう思うかね」
「私はシャモたちが可哀想だと思います。だけど僅かな犠牲でこの養鶏場が潤うなら仕方ないのかもと思います。その代わり、実験させるのは3羽だけにしましょう。それ以上はシャモに対する私の愛情が許しません。」
オーナーの口元が綻んだ。
「そうか!君なら納得してくれると思っていた。政府担当者からこのことは極秘事項だと言われている。くれぐれも他の従業員には言うなよ。すぐにその3羽を選定して他のシャモから隔離、他の従業員の目の届かないところに入れておいてくれ」
「わかりました」
そういうと将史は退室し、すぐに雛の選定に取り掛かった。
3日後には役所担当者が例のエサをトラックに積んでやってきた。
「あなたが工藤将史さんですね。オーナーから話は伺ってますよ。よろしくお願いしますね」
その日から実験が開始された。実験対象の3羽にはそれぞれ配合の違うエサを与えることになっていた。始めは特に変化が見られなったが、3日目の朝、1羽が突如として体が膨張、発火し爆発した。辺りにはそのシャモの肉片が飛び散った。その瞬間を監視カメラ越しに見ていた将史はあまりの光景にその実験を承諾した自分を恨んだ。でも一度進んでしまった以上、中止は認められなかった。翌日には2羽目も爆発した。
そのエサを与えて続けて1週間が経った。3羽目はいつしか同じ月齢の雛と比べて3倍以上の大きさになっていた。特定の雛を面倒みることがなかった将史はいつしかこのシャモに愛着を感じていた。
「なあ、お前は大丈夫なのか?このままずっと成長するんだぞ」
将史が話掛けると、シャモは将史の方を見た。まるで言葉がわかるように。嬉しくなった将史は祖母が良く歌っていた鼻歌を歌った。そのシャモはその場でクルクル回ると腰掛けていた将史の腿の上にジャンプし寛いだ。
ある朝、将史が実験鶏舎に行くと、シャモが消えていた。ケージには大きな穴が開き、そこから脱走した可能性が高かった。すぐさま政府担当者に報告がなされた。
首相官邸の会議室に各担当大臣が集まっている。その雰囲気は非常に重苦しい。
「大泉大臣。誰が最初に呼び始めたかわからんが、世間でジャモスと呼ばれているその怪獣は、先ほど報告のあった実験の産物であることに間違いはないのだな?」
総理が農林水産大臣に聞いた。
「はい、報告の通りです。今回の怪獣出現原因を国民や他国家に知られるわけにはいきません。ですからこれらのことは国家重要機密事項とするのがよろしいかと」
総理はしばらく考えて、
「そうだな。関係する養鶏場には口封じを行うこと。また、エサの開発者には原因の特定を急がせてくれ。いずれにせよSLFは物価高騰を抑える一大プロジェクトだ。くれぐれも失敗のないように。それで、ジャモス排除の計画はどうなっている?」
防衛大臣の山谷が口を開いた。
「ジャモス周辺に自衛隊の配備が完了しています。目を醒ます前、今晩作戦を実行したい。よろしいか?」
「ああ、攻撃を許可する。なーに、図体がデカいだけで、脳みそは普通のニワトリと変わらんだろ」
総理がそう言うと軽い笑いが起きたが、流石に不謹慎だったため、誰かが咳払いしその場を鎮めた。
その日の夜、二十二時作戦は実行されることになった。とにかく集中砲火を浴びせること。これが今回の作戦だった。戦車はジャモスの睡眠を邪魔しない射程ギリギリに配置され、戦闘機によるミサイル攻撃を皮切りに一斉射撃を行う算段である。千佳の進言により、ヘリは使用しないこととなった。
「そう簡単にいくかしら。」
特別対策本部に半ば監禁されている千佳は中継映像を見ながら呟いた。政府の考えるようにジャモスがただのシャモなら簡単に仕留められるかも知れない。ただ、世間一般に考えられているほどこの種の鳥はバカではなく、鳥類の中では頭はいい方だ。例のエサの作用で知能が増幅されている可能性だってある。その知能と元々シャモが持つ身体能力、そして身体に纏う炎を巧みに使われたら……千佳は身震いした。
二十二時。座間駐屯地から発進した複数の戦闘機がジャモスを射程に収める。司令官の合図とともに戦闘機からミサイルが発射され、同時に戦車も砲撃を開始した。ミサイルが着弾する僅かに前、ジャモスの身体が赤く輝いた。辺りに噴煙が巻き上がる。隊員が叫ぶ。
「第一波、着弾確認中!攻撃は……」
キィィエェェェエ!!!
そう雄叫びが聞こえたかと思うと噴煙の中からジャモスが姿を現した。その姿は眠りに付く前より大きくなっている。ジャモスは直立し羽根を広げ再び雄叫びを上げた。
「第二波開始、集中砲火を浴びせ続けろ!」
司令官のその声を合図に再び砲撃が開始された。
中継を見ていた千佳が叫んだ。
「攻撃が当たっていない!」
ジャモスは燃え盛る羽根で砲弾を薙ぎ払い、発生する熱風を利用した高温のベールを纏う事で砲弾の直撃を防いでいた。ジャモスが姿勢を低くしたかと思うと、空高くジャンプした。空中でジャモスの身体が白く光ると、戦車に向かって火球を吐き出した。その大きさは出現時の2倍はあった。火球が戦車小隊に命中し爆発する。
ギャャャオォォォ!!!!
ジャモスが走り始める。戦車小隊は隊列を変えながらジャモスを追うが追い付かない。ジャモスは再びジャンプし、戦車を踏み潰した。
「こんなに行動スピードが上がっているなんて!これじゃあ闘鶏のシャモと同じじゃない」
千佳が恐れていた最悪の事態が起ころうとしていた。火球と踏み付け攻撃で次々と破壊されていく戦車。戦闘機は辛うじて攻撃を回避していたが、火球が命中するのも時間の問題だった。
司令官が総員退避を命じ、生き残った戦車が戦線を離脱した。興奮状態のジャモスは火球を吐き続け、辺りは焼け野原になった。やがて落ち着きを取り戻したジャモスの身体から炎が消え、周囲を見渡すと近くにあった戦車の残骸をクチバシで突つき、中にあった焼死体を啄んだ。全ての戦車の残骸を突つき終わると、ジャモスは再び背筋を伸ばすと羽根を広げて雄叫びを上げた。その様子はまるで、料理の味を喜んでいるようだった。やがてジャモスはまだ木々が残っている場所にゆっくりと移動し今度は地面を啄み始めた。
「このままでは非常にマズイわ。何か手立てを考えないと。」
千佳は対策本部の上官に進言した。
避難所のテレビで中継を見ていた修一は諦めた様子で外へ行き、支給品のタバコに火を付けた。ジャモスが現れ相模原に移動した日、修一が一時避難場所から自宅アパートへ帰るとそこは瓦礫の山になっていた。お気に入りだったバンドTシャツもジーンズも全て燃えカスになっていた。そのため、修一は避難所での生活を過ごしていたが、毎日3食支給され、タバコなど『生活必需品』も頼めば無料で持って来てくれた。喫煙所修一は着ていたTシャツの柄を眺めて言った。
「残ったのはお前だけかーまあ前の生活よりはマシだな」
しばらくすると喫煙所に先日の老人が現れた。
「よう兄ちゃん。さっきの中継見たか?このままじゃマズイな。」
老人が言った。
「そうですか?俺はこの生活も悪くないなぁって思ってますけど。でもあのジャモスを倒す方法なんてあるんですかね?」
「武器に頼るだけじゃダメそうだな」
「でっかい七輪に誘き寄せて焼き鳥にしちゃうとか?」
老人が声を上げて笑った。
「あいつが燃えている時は武器が効かんのだろう。落ち着かせた状態で攻撃しないとダメなんだろうなぁ」
「でもそんな方法なんてあるんですかね?」
修一が老人に聞いた。
「さあね。でも何んかあるんじゃねえか?」
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