怪鳥ジャモス
ミツイミチヒト
第一章 ジャモス現る
「ちっ!やっぱり何もないのかよ」
そう言うと修一は空っぽの冷蔵庫のドアを閉めた。何も無いことなど分かり切っていたことだが、微かな期待を持って開けたことを修一は後悔した。ジメジメした部屋の空気を何とか解決させようと、閉めっぱなしだったカーテンを開け、腰高窓を全開にする。修一は吸い殻の貯まった灰皿からまだ吸えそうなシケモクを1本探し出し、その窓辺で火を付けた。
修一の金欠は今に始まったことではない。バンドマンに憧れて上京してきた彼は小さなライブハウスで数ヶ月に1回ライブを開催していたがその収入だけでは十分な生活はできず、月の大半はコンビニのバイトで食い繋いでいた。ここ数年の国際的な戦争とエネルギー価格の高騰により物価は異常なまでに上昇し、修一のようなフリーターではまともな生活が送れない。だからこそ、修一は(自分がかっこいいと思っている)タバコだけは削らず、食費を削って生活していたのである。仲間と外食なんて以ての外だった。
「あーあ、デカくて美味い焼き鳥が食べたいなぁ」
修一が窓の外を眺めながらシケモクを吸っていると、突然けたたましいサイレンが鳴り響いた。びっくりして鳥の群れが飛び立つ。こんな警報、関東大震災の時以来聞いていなかった。テレビを持っていなかった修一は、特段慌てることもなく、あちこちで反響して聞き取りづらい地域の防災無線に耳を傾けた。
(…ちらは防災横浜です。…が南本牧埠頭付近に出現しま……付近の方は直ちに……)
遠くで爆発音のような音が聞こえる。いや、遠くで、と表現したが、南本牧埠頭は修一の家からそう遠くない場所だった。その異様な音を聞いた修一は窓の外を眺め続けた。すると、近所の家から1人また1人と、慌てた様子で避難を始めている人がいる。やがてその人数は増え、あっという間にすぐ横の細い通りには人の波ができた。修一も避難すべきか考えながらふと下を見ると、自分がパンツ一丁であることに気が付いた。修一は再び灰皿からもう少し長めのシケモクを探して火を付けた。
「これを吸ったら準備するか」
そう独り言を言った瞬間、
ドオオオォン!!
これまで聞いたことないものすごい音と共に地響きがする。そしてその直後、
ギャャャオォォォ!!!!
修一は慌ててシケモクの火を消しジーンズを履き、お気に入りのバンドTシャツに着替えて外へ出た。
外は避難する人で溢れ返っていた。物凄い地響きと得体の知れない声?が聞こえる度に人々は叫び声を上げ、南西へ逃げる足は益々早くなった。修一も事の重大さにようやく気が付き、その波の一部となった。その波に身を任せながら、修一は近くにいた気の良さそうな婦人に声を掛けた。
「一体何が起きたんです?家にテレビが無くて何が起きているかよくわからないんですけど」
「何ってあんた、巨大生物だってよ。私も何が何だか……」
老人が言い終わらないうちに、修一たちの頭上を赤い光が通り過ぎた。そして1秒も経たないうちにその赤い光の向かった先でとてつもない炸裂音が聞こえ爆発が起こった。一緒に避難している人たちが叫び声をあげると共にその場にしゃがみ込む。
ギャャャオォォォンン!!!!
後ろで先ほどの断末魔が聞こえる。これまで逃げる方向だけを見ていた修一は、意を決して後ろを振り返った。建物が噴煙を上げ崩れかかっている。上空には複数のヘリが旋回している。そしてその中心には間違いなくその断末魔の発生源がいた。細長い首、尖ったくちばし、マグマから炎が吹き出しているようなトサカ、ずんぐりとした胴体から両側に広がる大きな翼、それは羽ばたいているように見えるが、そのとてつもなく大きな胴体のせいでおそらく空へ飛ぶことことはできないのだろう。その翼は真っ赤な炎を纏っており、羽ばたく度に前方へ炎の竜巻を起こしている。その巨大生物は、翼をたたみ前へと歩き始めた。胴体が移動する前に炎を吹き出す頭と首が前後に動いている。修一は思った。
その生物は、巨大なニワトリであると。
その頃、首相官邸は大混乱をきたしていた。一体この惨劇をどうしたら止められるのか。誰の責任で何をするのか、こんな前に進まない話し合いが行われる中、誰かが叫んだ。
「映画のゴジラと同じスキームでやりゃいいだろ!」
全くくだらない。もう一人が呟いた。
「それにしても何であんな大きなニワトリが現れたんだ」
「ニワトリじゃなくてシャモです」
否定の声を上げたのは千佳だった。彼女は某大学の鳥類学者としてこの不毛な会議に招集されていた。
「シャモはニワトリに比べて筋力も性格も異なります。闘鶏と言われるように、かなり攻撃的な性格で……」
「ニワトリでもシャモでもどっちでも良い!とにかく攻撃を止めさせる方法はないのか!」
千佳の説明を遮って別の高官が叫んだ。そのニワトリが都心部に向かって侵攻している現在、事態は一刻の猶予もなかった。
(大して移動速度は速くない。とにかくシャモを都心部から離れさせるには、もしかすれば…)
千佳は咄嗟に手を挙げ発言した。
「先ほど申し上げました通り、シャモは非常に攻撃的な鳥です。ですので、敢えて『敵』と誤認させるものを作って誘き寄せることは可能かと思います。」
会議会場が静まり返った。
「その敵とは?」
高官が千佳に聞いた。
「お聞き頂きありがとうございます。そう例えばこんな方法はいかがでしょう?」
千佳の説明を聞き入っていた高官たちは彼女が一通り説明を終えると慌てて各担当者に指示を出し始めた。千佳の作戦が実行されることとなった。
一時避難場所に到着した修一は先ほど見た巨大なニワトリのことを考えていた。あれは一体なんだったんだ?さっき大きな焼き鳥が食べたい、なんて考えたから変な夢でも見てるんじゃないか。修一はほっぺをつねってみたが、やはり痛かった。そう考えていると、付近に漂うタバコの匂い。修一は辺りを見渡し、喫煙者を見つけるとそこまで駆けて言った。
「すみませんが一本分けてもらえませんか?慌てて逃げたせいで家に忘れて来ちゃって」
どうしようもない嘘を吐く修一。その老人は親切にも一本手渡した。
「兄ちゃんも大変だな。しかし、あの怪獣の姿見たか?ありゃ間違いなくシャモだ」
そう言うと老人はタバコの火を消し、もう一本咥えてまた火を付けた。
「シャモってなんです?ニワトリとどう違うんですか?」
修一が老人に聞く。
「闘鶏用の鳥だよ。気性が荒くて攻撃的。あの凛々しい立ち姿は間違いなくシャモだ。おじさんの小さい時はみんなその闘いに夢中になったもんだ。しかも食べると美味いんだよな〜」
その言葉を聞いた瞬間、修一のお腹が鳴った。急いで避難してきたから空腹だったことを忘れていた。
「あれ、焼き鳥にしたら何人前でしょうね」
「俺一人なら一生掛かっても食い切れないんじゃねぇか?」
この二人はバカだった。こんな状況下でゲラゲラ笑いながら怪獣の調理方法について話していた。
「しかし、自衛隊は何やってるんでしょうね?さっさと攻撃して巨大焼き鳥にしちゃえばいいのに」
「きっと怪獣が現れることなんて想定してないから武器が使えないんじゃねえのか?体制が整うまでこうしてタバコを咥えながら街が破壊される様子を見ているしかないのさ」
老人はタバコをもう一本修一に手渡した。なぜか持っていたライターで火を付ける修一。二人は遠くで見える黒い煙を眺めていた。
「『ジャモス』なんてどうですか?」
修一は突然老人に言った。
「あいつの名前か?ジャモスね、良い名前じゃないか。ゴジラやガメラみたいに強そうだな」
老人が笑った。
すると2人の頭上を複数のヘリが猛スピードで通過して行った。
近くの自衛隊基地では緊張が走っていた。
「まだ攻撃を仕掛ける術が無いとはいえ、こんな計画本当に成功するんですかね」
一人の隊員が上官に言った。
「政府の決定だ。本当に奴がシャモ怪獣だったら成功するかもしれんが、ニワトリ怪獣だったらただのギャグだ」
先ほど修一たちの頭上を通過したヘリはまさにこの作戦を実行するためのものだった。
徐々にヘリが怪獣に近付く。千佳の話によれば、ニワトリを始めこの種の鳥類の視力は良くない。だから、ヘリは怪獣ギリギリまで近付き作戦を展開する必要があった。その頃の怪獣は炎を吐いたり街を破壊したりせず、必死に地面の何かを啄んでいた。おそらく地面に転がる人間の捨てた生ゴミを食べているのだろう。しばらくすると怪獣は体を起こし遠くを見るようにキョロキョロし始めた。
「目標との距離約200。いけます!」
自衛官がそう言うと上官は作戦実行の指示を出した。ヘリの脚部からバラバラと音を立てて何かが展開された。それは、シャモの写真がプリントされた巨大な垂れ幕であった。
キィエェェェエ!!
怪獣が垂れ幕に気付いて奇声を上げ、姿勢を低くしてその垂れ幕に向かって走り始めた。ヘリはその垂れ幕をぶら下げたまま、怪獣との距離を一定に保ちながら西に向かって飛び続けた。
「成功よ!わたしの読み通りやっぱりアイツはシャモよ!」
中継を見ていた千佳はガッツポーズをした。
「そのまま距離を一定に保ったまま西に飛び続けてください」
怪獣は時々火球を吐き出し垂れ幕を攻撃した。その度にヘリはその垂れ幕を切り離すことで攻撃を回避し、すぐ前を飛んでいたヘリが新たな幕をぶら下げた。このような誘導作戦を続けるうちに、怪獣とヘリは相模原市の山間に入っていた。
「垂れ幕投下。全部隊帰投!」
そう上官が指示を出すとヘリは垂れ幕を落下させ、怪獣から離れた。怪獣は続け様に吐いた火球のせいか、走り続けたせいか、上陸当初の勢いは無くなっていた。身体から炎が消えその場にしゃがみ込み、足元の何かを啄んでいたかと思うと静かに目を閉じ眠りについた。
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