第2話 18歳の日
――――18歳になった日。
私は自由になれるだろうか。いや……彼らは相も変わらず。
今日もただ働かされるだけである。
「迎え!?何よ、私は杜人と結婚するの!」
今日は咲々芽が朝から喚いている。
「だけど、そう言う契約だったのよ!」
「婚約をしたいと言ったのはお前じゃないか!もう契約書にお前の名前を書いてしまったのだから行くしかない」
両親が必死に咲々芽に詰め寄る。
「でも私は杜人と結婚するのよ!生け贄になって死ぬなんて嫌!」
死ぬ……?咲々芽が生け贄となって死ぬとは……何て現実味のない言葉だ。誰かを蹴落としてまで強欲に金を、財を、権力を貪りそうな彼女が……?
「そんなもの、どうだっていい!この契約を遂行しなければ、我が家は……」
どういう意味だろうか……?
「杜人と結婚したところでたいした金は手に入らないだろう!元々この契約を目当てに婚約を迫ってきただけ」
彼は旧財閥の御曹司ではなかったのか。事業は好調だし、妹と豪華なクルーズデートとやらまでしているはずだ。なのに……何故?
もしかして彼の家の繁栄もこの家の奇妙なほど豪勢な生活もそれが関わっているのではなかろうか……?
「だけど知らなかったの!何で……何で私が生け贄にならないといけないの!?死にたくない!婚約が生け贄になることだなんて知らなかったの!」
先程も生け贄と言っていた。元々私の婚約とは生け贄のことだったのか?では何故、『婚約』だったのだ。
「それは……我々だって知らなかったのだ」
知っていたら彼らが蝶よ花よと育てた咲々芽を婚約者として名を書いたりはしなかった。
咲々芽も欲に目が眩んで私の婚約を横取りしなかった。
だがそれでも横取りしたのは彼らが得た富と名声のためだったのではないか。咲々芽はこの婚約を受ければ将来金に困らず裕福に暮らせると目論んだ。
しかし実際にはこれは『生け贄』と言う名の婚約であり、恐らく生け贄になるからこそたくさんの富を与えられたのだろう。その、代償に。
咲々芽は欲を出したがために生け贄となるための婚約を結んでしまったのだ。
「そうだ!アイツが行けばいいのよ!元々はアイツに来た婚約でしょ!?」
咲々芽が私を指差す。
「だが書いた名前に違えるなんて……」
父はひどく脅えていた。名前を書いただけ。人間同士の婚約でも褒められたものではないがそこまで脅えるのか?今まで散々富や財を受け取ってきたからか?いや……そもそも婚約が生け贄になる契約と言うだけで……何か人知を越えた何かを感じてしまう。
――――※※?
一瞬あの夢の中に出てきた空想の生き物の名が脳裏を過ぎ去る。それは……もののけ、妖怪、そんな類いのものを言っていたように思える。そんな……バカな。それならばその言葉を告げた彼は何者だったのだ……?
しかし妖怪の類いとの契約ならば生け贄の婚約となると言う事実がどうしてか繋がらない。
「いいから!茶那を代わりに差し出すのよ!」
まるで物のように。いや、それも違わない。
「それしか……ない……だが、か、金は、財は全部金庫に!う……失うわけにはいかない」
「もちろんよ!宝石は全部私のものよ!」
なんと強欲な両親だろうか。
「アイツが生け贄になって消えたら、目ざわりなものが消える!私はもっともーっと贅沢するんだから!」
咲々芽は何とも呑気だ。生け贄の代償を受け取っておきながら、これからもきっと贅沢に身を預けるのだろう。私は生け贄の代償すら受け取ることもなく、ただただ生け贄と成り果てる。
――――けれど、ひとつだけ受け取ったものがある。この家からの……自由だ。
着替えろと要求され、着たこともない滑らかな生地のワンピースに着替えさせられる。そして乱暴に車に乗せられ連れていかれたのは、見たこともない料亭のような屋敷だった。
季節は秋だからか、料亭の敷地の中には紅葉の絨毯が敷き詰められている。
しかしそこには異様な雰囲気の黒服の男たちがいる。まるで逃がさないと言わんばかりに。やっと家から抜け出せたと思えば、その先にも自由はない。その中にひとりだけ白い髪の青年を見るが、彼はふいと踵を返してどこかへ行ってしまった。
「では、約束通り」
そして黒服のひとりがそう言えば、ついてきた両親は冷や汗だらだらで何とか頷く。咲々芽と私は雲泥の差。写真を見れば顔が違うことくらいすぐに分かる。
バレるのではないかと彼らは脅える。バレないはずもないのに、黒服たちは私を奥へ進むよう促す。
どうして……。私は咲々芽ではないのに。それとも偽物を連れてきたと、奥で罰を与えられるのだろうか。
両親は私が連れていかれて行くのを止めるはずもなく、ただ彼らを騙しとおせたと安堵する溜め息が聞こえた。
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