身代わりで生け贄の花嫁になりましたが、待っていたのは神さまからの有り余る溺愛でした!?

瓊紗

第1話 藤の庭



――――紅葉の道なき道を抜けていく。恐ろしいものが追ってくるはずなのに、この紅葉の道に入った途端に嫌な視線が消えたのだ。


季節は秋。私は7歳になったのだ。紅葉の揺れる美しい季節。誕生日の祝いなど何もないが、この秋の紅葉は私にとっては一番の祝福だった。


――――そして不意に冷たい風に目を瞑れば、そこには藤が揺れる、美しい庭園があった。藤って……秋であっただろうか。いや……違うはず。纏う空気も違う。ここはどこだろう?


「……こっちにおいで」

黒髪の青年が私を呼ぶ。光のあたり加減で金にも銅にも見える不思議な瞳をしている。彼が示す先には和室がある。しかしそこにはテレビやポッドも置いておりテレビで見た旅館の客室に似ている気がする。


「ねえ、あっちはダメ?」

しかし私は見事な藤の花を指差す。あの美しい藤の天蓋の中に入りたいと思ったのだ。


「お前はまた小さいからいけないよ」

ちいさいから……ダメなの?彼が微笑む。

さらさらと髪を撫でる手は優しい。変な髪の色だと馬鹿にされてきたのに、彼が愛おしそうに撫でるのが不思議だった。


「ここには※※が多い。七つを過ぎた人の子は簡単に連れていかれてしまうよ」

「……っ!」

思わず踵を返し彼に飛び付く。七つ……七つと言うのはどう言うことだろう。しかしどうしてかその事実がいかに恐ろしいことか、私は知ったばかりだ。


「恐くなってしまったのか?俺もお前を拐うものかもしれないぞ」

「一緒がいい」

ぎゅむとその着物にすがり付く。


「ならこちらへおいで。人の子なら好きだろう?」

和室に招かれれば彼がテレビの電源をつける。そうすればテレビに映ったのは私が見れば怒られてしまうもの。


「見てもいいの?」

休日の朝にやっているアニメによく似ている。

私は見てはいけない。そんな暇があれば家事をしろと怒られた。あれを見るのは妹の権利。


「もちろんだ」

彼は優しく微笑む。初めて隠れて見ることなく、思う存分見られるそれに私の目は釘付けだった。


「あと、そうだな、甘味も食べるか」

彼がテーブルから手繰り寄せたのは紅葉の色にかたちの食べ物……?


彼が小さな爪楊枝のような破片を甘味にスッと入れれば、その中にあんこが入っていることに気が付く。


「ほら、あーん」

恐る恐る彼の差し出してきた甘味に口をつければ甘い味が口一杯に広がる。


「旨いか?」

「うん!」

ずっとここにいたい。彼と共に……そう思ってしまった。


「けれど、お前はまだ子どもだ。そろそろ帰らなくてはならない」

彼は私の考えを読んだかのように言う。


「だけど、帰りたくない。あそこには……」


「そうか、それならば……」

彼の大人の手が私の髪を再び撫でる。


「今は無理だ。まだお前は子どもだから」

私が子どもだから……ダメ、なの?


「お前の名は」

「……とうどう、さな!」

「……さな。お前が大人になっても気持ちが変わらぬのなら……」

彼は、何と言ったろうか。幼い子どもには分からない言葉を彼は告げたような気がした。

あれはいつのことだったか。どこでの出来事だったか。もう何も思い出せない。


――――すうと目を開ければ、幼い頃から変わらぬ天井がある。


彼は、誰だったろうか。


「……」

いけない。朝の準備をしなくては。私、灯藤とうどう茶那さなはもうすぐ18歳になる。幼い頃から奇妙だと言われた色素の薄い髪に瞳。どこか窶れた肌など見飽きている。

布団から起き上がり台所に向かえば、既に起きてきていた妹の咲々芽さざめがキッと私を睨む。


「ちょっと……早く朝飯を作りなさいよ!今日は許嫁とのお出掛けなんだから!」

「……ごめなんさい」

それならば自分で作ればいいのに。しかしそれを咲々芽に言えばひどい目に遭いかねない。

今時の明るい茶髪に染めた髪に黒曜石のようだと褒められる瞳。誰が見ても一様に美少女だと告げる。その実態は……家で姉を姉とも思わず使用人扱いする毒妹だ。

しかしながらそんな状況でも誰もが彼女を誉め称え、誰もが彼女の思い通りに動く。

それがどうしようもなく奇妙で、まるで熟しすぎた果物のようにツンと鼻に突き刺さる。

そんな不快な匂いを我慢し無言で台所に入れば、咲々芽は面白くなさそうにものを投げてくる。はぁ……いったいなんなのだ。3人分の朝食を作り終えればそこに私の席はない。余り物をこっそり持ち出して後で誰にも見られないところで食べよう。


両親も私を見ない。咲々芽がなんて素晴らしい美少女なのか、そう誉め称えるだけだ。両親を避けるように、私は他の家事をこなしに行く。暫くすれば妹の甲高い裏声が聴こえてくる。

許嫁が来たのか。九賀峰くがみね杜人もりひと。旧財閥の御曹司で名声も金も恵まれた容姿も持つ。まさに美しい皮を被った咲々芽に相応しい相手だ。私にも許嫁がいるはずだが、咲々芽が私の名を名乗って融資を受け取っているらしい。


私は幼い頃に許嫁が決まったそうだ。しかしながらそれを羨ましがった咲々芽がが欲しいと言った。その頃から両親は冴えない見た目の私よりも美しい妹を特別扱いしていた。だから両親は妹と私を間違ったのだろうと妹を私の婚約者として会らないし、その許嫁も妹に取られてしまうのだろうと思う。

妹は昔から欲しいものは何でも与えられた。時には数少ない私の服まで欲しいとねだり、無理矢理盗られた挙げ句、やっぱり好みではないといつの間にか捨てたとほざく。それでも私の味方などこの家にはいない。外にも味方はいない。みな咲々芽を崇め、彼女こそが正しいと言う。

……私はひとりだった。


掃除をしながらちらりと見えたのは妹と許嫁の杜人だ。しかしそれは私の許嫁ではない。

私の後に来た妹への許嫁の申し出に、妹は平然と応じた。つまりは二股である。だがそれでも私は自分の許嫁に会えていない。妹は私の許嫁よりも自分の許嫁の方が好みだと豪語するのだが、私の許嫁も未だにキープしている。

……私はこの家から出られれば構わない。もうすぐこの国では嫁げる18歳になる。許嫁はもう迎えに来てくれないかもしれないが……それでも逃れたい。それだけが望みだ。


「ちょっと……彼とのお出掛けなのにその貧相な顔を見せないでよ!」

咲々芽が怒鳴ってくる。こちらは言い付けられた家事をしているだけなのに。咲々芽も両親も金だけは湯水のように使い家事は私に押し付ける。さらには仕事もしていないようすである。一体どこから金を捻出しているのか……。杜人の実家か、それとも私の許嫁の家からか。


「相変わらず貧相で醜い……何故こんなやつが」

杜人が舌打ちする。

あなたは外見よりも自分の許嫁の中身を見た方がいいのでは……?そう言う能もないのだろうか。


あぁ……早くここから解放されたい。


そう願いながらひたすら耐えた。そして日々家事や雑用をこなし咲々芽や杜人の小言に耐え……明日……私は18歳になる。

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