第3話 寒いからって布団持ってくんな
「私、これからシナモロールとして生きていこうと思うんだ」
「あ?」
冬のとある日。いつものように起きて朝ご飯を一通り作り終わった時のこと。
自室から起きてきた義妹はリビングに現れるなりそう言った。
何言ってんだコイツと思って目を向けると、そこにいたのは布団と毛布に包まったフカフカの未確認生命体。
布団を引きずっているその姿はまるで……まるで……
「どっちかというと八ツ橋じゃない?」
「いえ、これはシナモロールです。私がシナモロールと言ってるのでこれはシナモロールになるんです、アーユーオーケー?」
「精神論やめてね」
布団を被ってのっそのっそと移動するのは、どの画角から見ても可愛らしい某キャラクターには見えないんだけどな。
ていうか今さらだけど、何でこいつ布団を防寒具代わりにしてんの?
「とりあえず、リビングに掛け布団持ち込むのは止めようか」
「これ掛け布団じゃねーしー、シナモロールパイセンの
「柔肌と言うにはフカフカしすぎてるだろ」
「これが最新のトレンドよ」
「シナモロールの柔肌にトレンドなんてあってたまるか」
なんか嫌だよ、皮膚日替わりシナモロール。
白い目を向けている俺のことを知ってか知らずか、「はぁ〜〜〜極楽ぅ〜〜〜、このままずっと一緒にいようなぁ Ofton 〜〜」なんて布団に頬ずりしながら呟く義妹。
無駄に英語っぽく言うんじゃない。
「あぁそうだお兄。喉渇いた、水出して」
「それくらい自分でやれ」
「いや、だってさ。今、私シナモロールぞ? この身長で冷蔵庫から取り出せる飲み物なんて、野菜室にあるポン酢と麺つゆくらいなんよ」
「だったら立って普通に水取ればいいだけの話だろ」
「いやだから、私今シナモロールなのよ」
「それ言えば何でも解決すると思うなよお前」
「もしこの格好のまま立って普通にスタスタ歩いてたらどう思う? 上半身はフカフカのずんぐりむっくり、下半身は綺麗な生足がスラっと伸びてる。端から見たら、それはただの不審者なのよ」
「今でも十分不審者じゃ」
何人の目を気にしてんだよ。今ここ家ん中だぞ。
しかし義妹は意地でも自分で動きたくないのか、頭までも布団の中に入れ「あー、前が見えないから冷蔵庫まで行けないよぉ、水取れないよぉ」なんて甘えた声でほざく。
この面倒くさがりめ、と悪態をつきながらも何だかんだお願いを聞いてしまうのは惚れた弱みというやつだろうか。
それはなんか
「頭まで in は流石に暑かった」
「冬のあるあるやんけ」
「ほな行くで西川くん!」
「
俺が義妹の行動に呆れていると、彼女はそのままレギュラーさんのネタを一人でやりだしたのでほっておくことにする。
布団を被りながら動きのあるネタをやるんじゃない。
相変わらずパッションで生きている義妹を尻目に、俺は彼女が愛用しているプラスチックのコップを棚から出し冷水を入れていく。
7割ほど注いで氷を2つ、いつも彼女がリクエストしてくるものを作る。
昔「冬なのに氷水を飲むのか」と不思議に思って聞いたことがあったが、何でも「全ての飲み物の中で冷えた水が一周回って一番美味しくない?」と言っていた。
うん、少し分かる。何だかんだ冷水が一番美味いよな。
一通りネタをやり終えた義妹の近く、コタツの上にコップを置くと、「いつもありがと♡」と言って彼女はすぐさまコップを手に取った。
ゴクゴクと一飲みし「くぅ~、水がキンキンに冷えてやがる!」なんて言う。
藤原竜也さんか。
「にしてもさぁ」
喉の渇きを潤して一息ついた義妹がふとそう呟いた。
「マジで寒くね?」
「まぁ分かるけど」
「朝起きてびっくりしたんだけど! こんな寒いことある?」
「本格的に『冬』って感じよな」
「どれくらい寒いかって、IPPONEグランプリで客席にいた新人お笑い芸人が、司会者の図らいによって言う
「長いしそれはボケる人によるだろ」
「他で例えるなら、一人で入った遊園地のお化け屋敷で首筋にこんにゃくが当たった時くらいの寒気がする」
「だから長いし絶妙に伝わりづらいのよ。あと、今どきそんなオールドファッションなお化け屋敷ないでしょうに」
「え、ミスド併設型のお化け屋敷?」
「ドーナツじゃねぇよ、古風って意味じゃい」
「ひゅ〜、博識〜」
つい口に出てしまった横文字を茶化され普通に腹が立ったので、義妹を包んでいた布団を
好きな娘に意地悪したくなる小学生よりはマシな理由だろ、うん。
しかし俺が布団に手を伸ばした瞬間意図を悟ったのだろう、義妹は自分の身を包んでいる布団を内側から掴み抵抗を開始する。
布団を取ろうとする俺と、絶対に離したくない義妹。
目をウルウルさせた上目遣いというあざと可愛さ100%の義妹
V.S.
金剛力士像ばりの修羅の顔で睨みつける俺。
数秒の
義妹は一歩後ろにぴょんと下がりこちらを不満げに見やった。
「ちょっと、何するのさ! 女体を包んでる布を引っ剥がして無防備な姿を見ようとするなんて。お兄のサイテー」
「はいはい、そーですか」
「 で す が ! 今回に限りなんと! 無料でお見せしちゃいます!」
「通販場組か」
「下着姿を」
「何で脱いでんね――いや見せんな見せんな!」
「ふふーん、とくとご覧あーれ……………さっっっっっむ!」
「自業自得ぅ!」
冗談かと思って油断してたら、彼女の胸元辺りに白の
は? え、いや、……は?!
なんでコイツ布団の中で下着姿になってんの?!
あと何でその状態で布団を脱いだ?! アホなんか?!
想像の斜め上を棒高跳びするような奇行に開いた口が塞がらないでいるも、バサッと布団を
もう『リビングに布団持ち込むな』とかどうでもいいわ。
「いや、何でマジで脱いでんの?!」
「脱いでるって分かったってことは…………ちゃっかり見てんじゃん〜〜このムッツリお兄〜〜」
「たまたま偶然目に入っただけの事故的なアクシデントなんでノーカウントですレフェリー」
「弁明必死で草」
「
「でも良かったじゃん、私がナイトブラ着ける派で。そうじゃなかったら普通に丸見えだったろうし…………あっ、そっちの方が良かった?」
「その満更でもない顔やめろ! お前の羞恥心はどこに行った?!」
「今、
「夢追いかけて上京させんな」
義妹は頬を赤らめながらクネクネし話を続けようとするが、俺は一刻も早く話を変えたかったのでコホンと一つ咳をついて場をリセットする。
このまま相手に話の主導権握らせたらロクなことにならん。
「てか、いい加減部屋に布団戻しなさいよ、ホコリとか飛ぶでしょ」
「
「分かってんだったら事細かに指摘しないで欲しかったかな、切実に」
「茶化さなかったら損じゃない?」
「ホントいい性格してんな」
「優しすぎて聖母ってよく言われる〜」
「ルロイ修道士でも読み直してこい」
「クラムボンじゃダメなの?」
「エーミールだったら可」
「その心は?」
「俺が好き」
「クソみたいな理由じゃん」
国語の教科書トークを繰り広げてケラケラと笑う義妹。
家での所業は本人曰く『学校で品行方正にしてる反動』とのことだが、いくらなんでもリバウンドしすぎだと思う。もういつものことなので慣れたけどね。
ただやり方が毒を飲み続けることで毒の耐性を得ようとさせる忍者一族のそれなのよ。
「ほら、とっとと服着て出てきなさい」
「やだーーー、お布団から出たくないーーー、これからの冬はこの格好でぬくぬく過ごすんだーーー。布団に包まれて家でゴロゴロするんだー」
「えー、などど被告人は供述しており――」
「いや何の罪で捕まったん私」
「
「異議申し立て
「昔の貴族か」
「フフッ、そこはほら『オールドファッションな KIZOKU (笑)か』って言うところじゃん」
「オッケー、ケンカね? 言い値で買ったるわ」
「じゃあペイペイで」
「電子マネーで済ますな」
何楽して支払いしようとしてんだ、普通に買え。
…………いや、ケンカの正式な買い方ってなんだよ。
「ていうか、こんな寒いのにお兄が朝から暖房つけてないのが悪くない?」
「それはほら、夏にクーラー使ったから、その揺り戻しで」
「数ヶ月前の節約を今するの、普通に考えて頭おかしいと思う」
「ていうか、こたつもあるんだし別にちょっと厚めの部屋着着てたらこれくらいは耐えれるでしょ」
「はい出たー、自分の感性中心で物事決めるお兄の
「下着姿の奴が寒さを語るなぁ!」
何ふざけたことを抜かしとる!
寒さを語るならせめて服着てから言え。
「ならタンスから取ってきてよ。私の部屋着、上下セットで」
「………………着替えたら出てくるのね?」
「もちのツモ」
「せめてロン出せよ」
「
「語呂がカッコいいから言っただけだろそれ」
そもそもアンタ
「ったく、いつものでいいのね?」
「うん! あと黒のエッチな勝負下着もよろしくー」
「だから
「去年、周年記念・神殿破片発見探検に行ってんねん」
「
「だから羞恥心は上京したんやって」
「連れ戻してこい! 俺が養ったるわ!」
毎日誘惑されるこっちの身にもなれよ、ホントに!
義妹に軽く吠えた後、はぁとため息を吐いて脱衣場に向かい、置いてあった部屋着を取ってリビングに戻る。もちろん下着は取ってない。
てか男に下着取ってくるよう言うってどんな神経してんのよ。
お兄ちゃんは将来が心配です。
「はい、これ部屋着」
「エッチな下着は?」
「自分でやれ」
「え、下着のモノマネ? 仕方ないなぁ〜」
「ちげーよ、自分で取ってこいってこと」
「ちぇっ、何で持ってきてくれないのさ。お兄のケチャップ」
「三文字余計だよ」
誰が調味料だ。
服を受け取った義妹は、悪態を吐きながらも布団の中に潜りもぞもぞと着替え始める。
後ろを向いていると「はい、着替え終わったよ〜」と言う声がしたので振り返るが、そこには未だに布団を被ったままの義妹の姿があった。
いや、服着たのに布団を被んなよ。
「ほら、もう着替えれたんだし、いい加減布団から出なさいホントに」
「えーーもうーー仕方ないなぁ、ノビスケくんは」
「のび太のお父さんじゃねーよ」
「そっちは『のび助』ね。私が言ったのはのび太の息子『ノビスケ』だから」
「名前同じなんだよ、聞き分けられるか!」
やいのやいの言い遅延行為をする義妹だったが、俺が軽く
両手で拍手を鳴らしながら。
「はいどうも〜よろしくお願いします〜」
「漫才師か!」
「ね、こちらの義兄と、義妹の私でやっていこうと思うんですけども――」
「なぁ、ナチュラルに俺を巻き込むのやめてくんない?」
「――さっそくなんやけどさ、お兄。私今からやってみたいことがあるんよ」
「その導入はもう漫才やん! 片足突っ込んでるとごろか両足入って肩まで浸かっちゃってんのよ!」
「まぁまぁ、とりあえず聞くだけ聞いてみてよ」
「…………じゃあ聞くけど、何?」
「漫才」
「今やっとるやんけ!!!」
今盛大に漫才してますけど?!
登場の仕方から話の入り方、語り口まで完全に漫才やってましたけど?!
「え…………お兄、今やってるって何の話?」
「漫才!」
「あ、うん知ってる。2回も言わんでいいよ」
「なんじゃコイツ」
「それで、さっそくやけど今からやりたいことあるんよ」
「だから何だよ!」
「漫才」
「お前さぁ!!!!!」
ホント、本当お前さぁ!!!
「え、今俺たちは何やってるん?」
「漫才」
「やんな? で、これからやりたいのが」
「漫才」
「頭おかしなるわ! 聞いてるこっちが!」
「ハハ、 ド ン マ イ 」
「どの口が言っとんねんオイ!」
抗議の意味を込めて両手で義妹の両頬を伸ばすと、「おにぃ〜ほっへたがおほちになっちゃう〜」と顔が緩んだ嬉しそうな表情で言われる。
なんだお前かわいいかよ。
そのあざとさに
なんだろう、あんまり嬉しくない。
「まぁまぁ、でもこういうやり取りってなんか流れ星みたいでエモくない?」
「話の流れが急カーブすぎて振り落とされたんですけど」
「ご出所様です」
「ご
「いやだってさ、流れ星って宇宙に飛び回ってるそこそこ大きな岩石が大気圏と衝突することで燃えて光を放つ現象のことでじょ? つまり、岩石の最後の命、その輝きってわけじゃん。そんな消えゆく命に私たち人間は願いを託してるわけ。見えなくなる前に三回願い事を言えば叶う。昔からあるそれは多分、ある意味この世の命の儚さから来たものなんじゃないかなって思うんだ。『人は誰しも、いつかいなくなる。だから言いたいことは言えるうちに言っておきましょう。一生伝えれなくなる前に』流れ星に願い事を託す文化には、そんなメッセージが込められてるんじゃないかなぁって私は思うんだ」
「え、お兄これ何の話?」
「 こ っ ち が 聞 き た い わ ! 」
「もうええわ、どうもありがとうございました」
「そっちが話を締めるなぁ!!!」
ただ義兄妹が喋るだけ 鳴宮 唄 @narimiya-uta
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