第2話 探し物は何ですか?

「ない、ない、ない…………!!」

 

 メロス(俺)は激怒した。

 かの邪知暴虐じゃちぼうぎゃくな王に――――とかでは全然なく、探し物が見つからないという今この現状にである。

 というのも、六月も後半になり、いよいよ夏本番を間近に控えたこの時期に、必須とも言えるものが見つからないのだ。

 目の穴をかっぽじり、画面に穴が開くほどくまなく探したけれど、見つからない。

 そう、


 




「梅雨前線、どこいった………!!!!!」






 梅雨が行方不明なのである。

 

 今朝、俺がいつものように朝食作りのBGMとしてテレビのニュースをつけると、しょぱなの話題が「梅雨前線が消失した」ことだった。

 ちょうど昨日、「梅雨入り遅いなぁ」と思っていたところだったため、とてつもない衝撃に襲われた俺は、現在パソコンを使い気象情報が見れるサイトなどで梅雨前線消失の原因を探している最中だった。

 

「なぜだ、なぜ見つからない……いつもならこの時期に停滞前線が日本列島を横切っているはずなのに……! どうして見つからないんだ……!」

「お兄ぃ、見つかったぞ!!!」


 パソコンにかじりつき、一体全体どうなっているんだと情報を収集していた所に、義妹いもうとがタタタと二階から降りてきた。

 見つかった……え、見つかった? マジ?

 

「マジ?! でかした義妹よ――」

「『しつもん!ドラえもん』の答え!!!」

「要らねぇ!!!」

 

 今欲しいのは梅雨前線消失の理由であって、それじゃないんだよ!!!

 少し期待してしまっただけに、妹がかかげた新聞紙の青色のコーナーを見てガクッとなってしまう。

 てか高校生にもなって、まだやってる人いたんだアレ。

 まぁ新聞読むことは良い事だから別にいいけども、ちょっと喜んだ俺の気持ちを今すぐ利子付きで返して欲しい。

 はぁ、と一つため息を吐いて椅子の背もたれにもたれかかっていると、妹がトントントンと残りの段差を降りて近づいてきた。

 

「てか何探してんの」

「知らんくてノッてきたんかい」

「何か楽しそうだなって」

「ノリと勢いで生きてんじゃん」

「戦いだと有利になるってお婆ちゃんが言ってたしね」

「お前は一体何と戦ってるんだ」

「『しつもん!ドラえもん』RTA世界ランカー」

「すんごいニッチな世界で戦ってた」

 

 いや『しつもん!ドラえもん』の世界ランカーって何だよ。

 いつもの虚言なんだろうけど、地味に気になるの止めてほしい、ホントに。

 義妹の戯言ざれごとに苦笑を浮かべていると、彼女は俺の横合いにまでやってきて顔を覗き込んでくる。

 

「んで、何探してんの?」

「梅雨前線」

「……ごめん、もう一回言ってもらっていい?」

「梅雨前線」

「……『まいうー煎餅せんべい』じゃなくて?」

「なんだ『まいうー煎餅』って」

「美味しい煎餅をナウでヤングな若者にバカウケな名前にしたやつ」

「全部死語なんだよソイツら。ってか、今そんなんが売ってんの?」

「いや?」

「なんだコイツ」

「だって、聞き間違いとしか考えられんじゃん。何、梅雨前線探してるって? 気でも狂った? リレンザ出しときますね」

「インフルエンザかかった時に出される、ちょっとカッコいいお薬じゃねぇか」


 義妹は「はぁ、まったくお兄ぃは」と言いたげに溜息をついて、「ヤレヤレ」と俺に聞こえるようあからさまに言ってきた。しかも手振り付きで。

 俺そんな変な事言ってないでしょうに。

 そんなあきれたような素振りされるのは心外なんですけど。

 

「とりま、栗原さんにTELっとく? 『栗原ァ! 梅雨前線なぁぁい!』って」

「何で電話番号持ってんだよ。あと、あの人窓専門業者だから流石にそれは迷惑になると思う」

「いや、窓専門業者ではないからね、あの人」


 そんな会話をしつつ調べていくと、少しづつではあるが梅雨前線が消えた原因が分かってきた。

 なんでも、地球温暖化の影響で海面の水温が上昇し、その影響で太平洋高気圧なる物の発達が例年より早まったためだとか。

 

「はえー、そういう理由で消えたんか。……え、てことはもしかして、このまま夏に突入? 普っ通に嫌なんですけど。今から二本目の梅雨前線でもやって来ないかねぇ」

「あー、すみません。当店今、梅雨前線の在庫切らしておりまして……」

「何の店だよ」

「他の店舗の方も確認したところ、一応取り寄せ可能ではあるらしいんですが――」

「え、チェーン店なん?」

「――どうも配送の方にトラブルがあるらしくって、到着日の予想がつかない状況になっておりまして」

「配送トラブルという名の異常気象やめて」

 

 そもそも前線を提供してる店って何だよ。

 少々雑なツッコミではあったが、それでも我が義妹は楽しそうにクフフと笑っており、満面の笑みを顔に浮かべていた。

 ご満足いただけたようで何よりである。

 

「にしても、お兄ぃのその梅雨前線に対する熱い想いはなんなの?」

「どっちかというと、梅雨前線じゃなくて梅雨に対して抱いてるかな」

「どっちも同じな気がするけども。んで、何でそんな憤ってるの?」

「いやだってさ、梅雨って夏に入るための前座みたいな節あるじゃん。俺思うんだ、梅雨があるからこそ日本人はあのクッソ暑い夏に適応できるんじゃないかって」

「ほぉ? 詳しく聞こうか」


 俺の言い分を聞くやいなや、神妙な面持ちで椅子に座る妹。

 机に両肘をつき手を組んだその姿は、まるでいかりゲンドウのようだ。

 まぁ俺エヴァンゲリオン見たこと無いんだけど。

 

「確かにジメッとしてて蒸し熱いし、不快極まりないけどさ、七八月に比べたら暑さ自体はまだマシじゃん?」

「そやねー、ジメッとしてて蒸し熱いし、不快極まりないけども、七八月に比べたら暑さ自体はまだマシだと思う」

「でもさ、梅雨があることによって、気温の上昇が緩やかになり人が環境に適応しやすくなってる所あると思うの」

「なるほど! つまり、梅雨があることによって、気温の上昇が緩やかになり人が環境に適応しやすくなってる所があるってこと?!」

「オウム返しやめてね?」


 義妹は「私にもニュース見せてー」と椅子から立ち、向かいに座る俺のもとにテコテコやってくる。

 そして、俺の背中にもたれかかり、後ろからパソコンの画面を覗き込んできた。

 今パソコンの画面に映っているのは、『異例の暑さ?!』という言葉から始まる見出しのネットニュースだ。

 画面をスクロールし、ひとしきり内容を見た彼女はポツリと呟く。

 

「……こうやってさ、やれ異常気象だ、何年振りの猛暑だ、異例の暑さだ、とか騒がれてると、『昔はこんなこと無かったのに』って、寂寥せきりょう感というか哀愁あいしゅうみたいなの感じない? 歳食ったみたいで嫌だけどさ」

「お前まだ未成年やろがい…………まぁ、分からんでもないけどさ」


 そりゃねぇ、昔は『夏か冬どっちが好き?』っていう質問に『プール行けるしアイスも美味しいから夏が好き!』なんて答えてたけど、もうそんなん言ってられんもん。

 流石に暑すぎる。日光ナーフしろ。


「まぁ確かに年々暑くなってきてるとは思うけどさ。私ニュースとかでそういう情報を取り入れやすくなってきた結果、変にバイアスがかかってる節もあると思うんだよね」

「一理どころか二理あるね。まぁ年々暑くなってるのに変わりはないけど」

「それはそう」


 義妹が少し寂しそうな、アンニュイな表情で言う意見に、俺も強く賛同してしまう。

 そうなんよねぇ。

 まだ二十歳ではあるけれど、こうやって年々暑さが増すにつれて、比例するかのように「あの頃は良かったよなぁ」って回顧かいこの想いが強くなってくる。

 まさか、あの頃にはもう戻れないことを、たかだか夏の暑さごときで自覚するとは……

 そんな事を考えていたからか、無意識の内に言葉が出てしまっていた。

 

「はー、昔は良かったよなぁ」

「お、なになに老害?」

「見た目は二十歳はたち、頭脳は老害、ってか?」

「何か掲示板でレスバしてそう」

「見たくねぇなぁ、匿名とくめい悪態あくたいついてるコナンくん」


 ふざけ合いながら昔を思い返してみると、思えば俺たちは昔からこうやって、子供っぽい、下らないことをただただしゃべっていたような気がする。

 子供向けアニメをワイワイ言いながら見たり、人気の芸人さんの言葉を真似して笑ったり……

 そんな思いから開かれた記憶のアルバムは、懐かしい想い出の数々をふわりと俺たちに運んできてくれた。


「ほんと、子どもの頃の夏は楽しかったよなぁ。よく家族みんなでプール行ったよね」

「公園で日が暮れるまで一緒に遊んだこともあったよねぇ」

「それで遊びほうけて宿題が終わってないところまでがテンプレね」

「一日で自由研究やったのはいい思い出」

「あぁ、あれな? …………いやぁ、青春してたなー」

「青春というか、あの頃は全力で夏を満喫まんきつしてたよ」

「言えてる」


 遠くを見つめながら、もう戻れないあの日々のことを思い出す。

 記憶の中にあるそれらは、想い出補正もあるだろうが、とても輝かしいものに見えた。

 きっとそれは、あの頃の純粋じゅんすい無垢むくな心や、友人・家族と心ゆくまで遊んだ時間などの、もう取り戻せないものに対する未練が形を変えたものなのかもしれない。


「…………ねぇ、お兄」

「どした?」

「…………いつかさ、またあの頃みたいに夏でも気軽に外出れるようになったらさ、また一緒に公園行って遊ぼうよ」

「今年じゃあかんの?」

「甘いね、お兄ぃ。干し柿くらい甘い」

「ずいぶん渋い甘みやね」

「それじゃあ意味ないのよ。あの頃の焼き直しをすることにこそ、意味がある。少なくとも私はそう思う」

「……まぁ、楽しそうではあるね」


 そうだ、いつまでも過去に囚われてちゃいけない。

 完全に未練を断ち切れるわけではないけれど、もうあの頃は戻れないのだ。今さら悔やんだって、残念がったって意味はない。

 だったら、二人で未来の話をしよう。

 まだ空白が多く残るキャンバスに、新たな思い出の色を乗せよう、増やしていこう。

 そして、あの頃の思い出を、『今』という色で塗り替えていこう。

 それがきっと、俺たち義兄妹きょうだいがこれから歩いて行く道なんだと思う。

 

「……分かったよ、約束だ」

「約束だかんね!」


 叶うことすら分からない約束を、愛しい義妹と交わす。

 口約束ではあるけれど、それは確かな重みをともなって俺の想い出の一ページになった。

 ニコッと笑った義妹が小指を差し出してくる。意図はすぐに分かった。

 指切りするのなんて一体いつぶりだろうな、と少し懐かしく感じながら、俺は自分の小指を彼女のにからめた。

 

「指切りげーんまん♪ 嘘ついたら針でお兄ぃのニキビつーぶす♪」

「前時代的な処置やめてね」


 あれ、爪でやられるのですら痛いんだから、絶対にやらないでほしい。

 何回か母さんにやられたけどクッソ痛いのよアレ?

 罰を想像してウゲッとした顔でいると、そんなのお構いなしとばかりに、ご機嫌な様子の義妹から「ほらお兄ぃも一緒に」と催促される。

 全く……ハイハイ、分かったよ。

 


「「指切った!!!」」



 約束の日がいつになるのか、そもそもやってくるのか、未来は未だ不透明で見据みすえることはできないけれど。

 ただ一つ、確信していることは。

 その日が来るまで、俺たち二人はずっとこんな風に一緒にいることだった。


 



 

 なお、その数日後に梅雨前線が再び現れた知らせを聞いた俺は、その場にいた妹と二人で仲良く社交ダンスを踊りましたとさ。



 

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