ただ義兄妹が喋るだけ

鳴宮 唄

第1話 もう今年の半分過ぎたってよ

「やっぱりさ、思った通りにいかないのが人生なのかな?」

「おぉ、今日はどしたん?」


 何てことはない、いつも通りの休日。

 ノートパソコンを使い、今日もソファに座ってリビングで作業をしていると、二階から降りてきた義妹が、うれいを浮かべた顔で何やら悟ったようなことを言ってきた。

 いつもはほがらかで明るく、構って構ってとくっついてくる彼女がこうも落ち込むのは一体いつぶりだろう?

 何かできることは無いだろうかと思い、俺は作業を中断し義妹に声をかけた。


「……いやこの前さ、何気なーくスマホ見てたらさ、もう2025年が半分過ぎたっていうツイートを見つけちゃって」

「あぁ、それXに流れてきたの俺も見たわ」

「Twitter(現X)な? 次間違えたら市中引き回しの刑ね」

「まーだ青い鳥に囚われてやがる」


 いい加減羽ばたけよ、そのしがらみから。

 それにしても、もう今年の半分が終わったのか……え、早くない?

 何かあっという間だったような気がする。そんでもって、去年よりも時間の進みが早いような気もする。

 も、もしかして、これが老化……?!

 まぁ、ふざけるのはここまでにしておいて、義妹の悩みを解決するべく言葉を紡ぐ。


「でも、別にそこまで悲観することか? 2025年は半分過ぎたかもしれんけど、2025年度はまだ三分の一よ?」

「いやまぁ、そうかもしれんけどさぁ……」


 俺の意見に賛成するも、何やら思うところがあるようで、言葉を濁す我が義妹。

 そんなに深刻な悩みなのかと、つい先ほどの表情を思い出しながら顔を強張らせてしまう。一体何が彼女をそうさせたのか恐れていたのだが。


「今年の抱負、新年に立てたじゃん?」

「…………あー、まぁ、うん、そうだね。嫌な事件だったね」

「何がよ」


 あぁ、あれかぁ、と年明けすぐに二人で立てた抱負を思い出して、自然と歯切れが悪くなった。

 正直に言うと、あの時の事は今すぐにでも忘れたい。

 別に俺が黒歴史を作ったとかではなく、単純に義妹の抱負を全力で聞かなかったこと、見なかったことにしたいというだけなのだが。

 いや、もう本当に、この話やめない?


「あれからもう半年も過ぎたのに、今年の抱負を未だに達成できてない自分が何か、未熟というか意思が弱いなぁって思って。それに、そう思うだけで何も得られない自分が嫌いになってきてさ、ホントどうしようもないヤツだなぁって」

「まぁ、それはしゃーないというかね? そもそも抱負自体が悪いというか……」

「ひどいよ、お兄ぃ! まるで元をたどれば私が悪いみたいに言ってさぁ!」

「いや、でも事実じゃん」

「こっちが『なぐさめてほしいなぁ』って思って期待して言ってるのに、気付いた上でそんな事言うんだ?! 人の心とかないの?!」

「まぁ梅雨だし?」

「理由になってない!! この大嶽丸しおおたけまる! ベルゼブブ! ニャルラトホテプ!」

「固有名詞で呼ぶの何なん?」


 抱負の内容を知っている身からすると、そもそも立てた段階で不可能なのは確定というか、不可能にしなきゃいけないのよ。

 内容的にあれは。


 ちなみに大嶽丸は鬼、ベルゼブブは悪魔、ニャルラトホテプは神の名前である。

 つまり義妹は『鬼! 悪魔! 神!』と言っているわけで――――って何で俺がこんな解説しなきゃあかんのだ。


「いや、だってさ――お前抱負立てる時自分が何て言ったのか覚えてる?」

「覚えてなかったらこんな話してなくない?」

「じゃあ分かるだろ……」

「何でそんな苦虫を三十回咀嚼そしゃくしたみたいな顔してるの?」

「しっかり噛めて偉い、じゃなくてね? ……自分の胸に手を当てて一回考えてみたら?」


 俺のそんな言葉に律儀りちぎに従って、両手を胸に当てる我が義妹。

 目をつぶって、わずかに下を向いたその仕草は、少し小柄なのも相まって贔屓目ひいきめ抜きにしても非常に絵になっていた。

 数秒経って、彼女はおもむろに目を開けた。

 そして一言。


「私、胸全然ない…………」

「…………何自分で自爆してるん?」

「いや、そんな頭痛が痛いみたいなこと言われても」

「意味は伝わるからええやろがい」

 

 てかそもそも、今そんな話してないでしょうが。


「今年掲げた抱負、どこからどう見ても明らかにおかしいやろ!」

「どこがよ!」

 





「『お兄ぃとラブラブドスケベHすること♡ 具体的にはポリネシアン♡』の何がおかしいっていうのさ!!」


「自明なんだよなぁ!」






「あのねぇ、一応恋人同士とはいえさ、未成年に手を出せるわけないでしょうが! 常識的に考えて!」

「そんな常識は年始にき上げたね!」

「燃やすな! あとそもそもなぜ達成できると思った?! 不可能な要素しかないじゃねぇか!」

「でも私、四捨五入すれば18だし! 結婚できる年齢だし!」

「年齢を四捨五入すんじゃない! あと16を四捨五入したら20になるだろ!」

「いや、それだとお酒飲める年齢になっちゃうからマズイかなって」

「その配慮を俺のメンタルの方に向けて欲しかったなぁ!」


 その後も「クラスメイトや友達はえっちしたって嬉しそうに言ってきたもん! だったら私たちだって!」と言う義妹に、「よそはよそ、うちはうちですぅ!」なんて言い返したりした。

 いや昭和の母親じゃねぇよ。

 ひとしきり言い合ったけれど、義妹は「絶対にえっちするもん!」と一向に意見を変えようとしない。

 どうしてこうなった……


「はぁ、義妹が知らん間に脳内ピンクになってる……こんな子に育てた覚えないのに」

「じゃあ私責任取るから、抱・い・て♡」

「やるかぁ!!」

「え、そんな力強く『ヤるかぁ!!』って……覚悟はできてるよ?」

「ちげぇよ!! そっちの意味じゃねぇよ、拒否してんだよこちとらぁ!!」


 なに俺の発言を都合よく解釈してんだよ。

 おい、ポッと頬を染めるんじゃない!

 彼女が妄言もうげんを吐くのはよくあることで、いつもは軽くあしらっているのだけれど、こと『そういう話』に関してはこちらも譲れないものがあるので全力で否定する。

 その分気力と体力が削られるので本当に勘弁してほしい。


「あのさぁ、義妹にほぼ毎日性的に誘われる兄の気持ち考えたことある?」

「あぁ、理性を保つのがいつもギリギリで、いつかプッツンして襲いかねないって? 大丈夫、私はいつでもウェルカム! 何なら夜這よばいでも可」

「もしもしポリスメン? 義妹の品性が行方不明なんだけど、どこに行ったか知らない?」

「品性のヤツ、東京行ったらしいね」

「擬人化して勝手に上京させるな」


 あと淑女しゅくじょが夜這いを受け入れるんじゃないよ、ハレンチでしょうが。

 ホント、年末にもこんな話したのに、どうしたら分かってくれるのやら。

 ハァと思わずため息が溢れる。

 すると義妹は、何やらさっきとは違う雰囲気をただよわせながら、いじらしくひかえめに指をツンツンしてきた。


「ねぇ、お兄」

「何だよ」

「…………一緒に越えよ? 一線」

「だからダメって言ってるでしょうが!」

「お願い! ちょっとだけ、一口だけだから!」

「一口でもアウトなもんはアウトなんだよ!」

「からの〜?」

「何もねぇよ」

「しかしその時、不思議な事が起こった」

「変なナレーション入れても無理なもんは無理なの」

「たがしかし、ギャラクティックノヴァには狙いがあった」

「エアライダーネタを早速使うんじゃない」

「キュイキュイキュイキュイーン」

「パチンコの確変を起こしても無駄だよ」

「昇格演出は無いんですが!」

「そこに無ければ無いですね」

「チックショーーー!!!」

「コウメ太夫さんか」


 こっちも引くわけにはいかねぇのよ。

 いくら義妹の頼みと言えど、絶対にそれは認めないからな。

 俺の意思が固く変わらないのが伝わったのか、彼女は涙を浮かべて膝から崩れ落ちた。


「……どうして……どうしてっ!!!」

「凄いと思うよ、たかがヤるかヤらないかの話でそこまで白熱できるの」

「ふぉっふぉっふぉっふぉっ」

「ちょっと待て、誰か出てきたんですけど」

「安◯先生……!」

「安◯先生?!」

「先生……私、お兄とポリネシアンえっちがしたいです……」

「スラ◯ダンクの名シーンを汚すんじゃねぇよ」

「希望は捨てちゃいかん。諦めたらそこでえっち終了だよ」

「そもそも始まってすらねぇんだよ!」


 そんな希望捨てちまえ今すぐに!

 一通りボケ倒して満足したのか、義妹はいつも通りの表情で立ち上がったが、表情はやはり不満げだった。


「ねーお兄ー、何でダメなのさぁー」

「そういうのは卒業してからです」

「今ヤれば卒業できるじゃん二人とも」

「そういう意味じゃねぇよ脳内ピンク」

「でもさぁ、じゃあ聞くけど、私が高校卒業するまであと何年よ?」

「およそ二年」

「無理だよ! 我慢できるわけないじゃん!  そういうのに興味津々な年頃の健全な高校生の少年少女に『二年待て』は誘ってるのと一緒なんだよ!?」

「吹っ切れるんじゃない! せめて悶々としてなさい!」

「お兄の酒呑童子しゅてんどうじ!」

「だから固有名詞で呼ぶな!」


 そのネタさっきもやったよ!

 ちゃんと『鬼』って言いなさい!

 

 これだけ散々言っているにも関わらず、義妹は自分の意思を曲げる気が全く見えない。

 仕方がないので、半年前と同じように『切り札』で解決することにする。


「ほら、その代わりスキンシップくらいならいつでもやってくれていいから」

「いいの?!」

「良識の範囲内ならな」

「ならお兄、バナナはおやつに入りますか?」

「遠足でも行く気か!」

「家に元々あるお菓子ってゼロ円で計上していいですか?」

「だから小学生の遠足か!」

「じゃあ『下着姿で深夜に夜這いする義妹』も入れても良いですか?」

「アウトォォォォォーーーーー!!!」


 どさくさに紛れて言質取ろうとすんじゃねぇ! てかそもそも紛れてねぇよ!

 遠足のおやつの話に急にぶち込んでるから余計目立ってるでしょうが!


「じゃあ朝なら!」

「時間帯の問題じゃねぇよ」

「カーテン閉めてたら良い?」

「そういう話でもねぇ!」

「バスタオル一枚までなら脱ぐから」

「何ちゃっかり背徳的な状況にしようとしてんだよ、さっきから!」


 朝からカーテン閉めてバスタオル一枚はもうそういうプレイじゃん!

 何自分のやりたいシチュエーション語ってくれてんの? 聞いてないんですけど。


「さっきも言ったけど! 良識の! 範囲内で! オーケー?」

「ジョーシンの、敷地内で? オッケー!」

「何がオッケーだよ、逃走中でもする気か」

「いやでも、ジョーシンでの逃走中は狭すぎて現実的じゃなくない?」

「そもそもその話が現実じゃねぇんだよ!」


 何でジョーシンで逃走中する前提で話進めてんだよ!

 その後も何とか説得ツッコミすることでようやく納得してもらえたみたいだった。

 正解の解答分かった上でボケるのやめてくんない? 俺のHPライフはもうゼロだよ。

 まぁこれで少しは義妹の誘惑もマシになるだろうな、良かった良かった……


 







「あの、太ももサワサワするの止めてもらっていいかな?」

「え、なんで? …………あぁ、反応しちゃうから? ふふっ、そっかぁ……じゃあホテル行こっか」

「ここ家ぇ!!」

「じゃあ部屋でなら――」

「絶対にやらんからな!!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る