第弍話:螺旋のログ


深夜。

カケルの部屋には、モニターの光だけが灯っていた。

カーテンの隙間からのぞく街灯も届かない。世界が、モニターの中にだけ存在しているような静けさだった。


ベッドにもたれながら、カケルは再生中の動画に目を凝らしている。

画面に映っているのは、《裏山奇録【閲覧注意】地元で噂の“顔のない像”をガチ調査してみた》というタイトルの動画。

今まさに急上昇ランキングに食い込んでいる、地元系YouTuber「ケンジ」の最新作だった。


冒頭、テンション高く手を振るケンジの姿。

けれど、そこに漂う空気は、他の動画とはまるで違う。


コメント

「ついに来たかw」

「やばい場所だって聞いたぞ」

「ケンジってばこういうのだけは本気で怖がるよな」

「なんで夜行くんだよw」


カケルは時折スライダーを戻して、動画を何度も見直す。

像の前に立つケンジの手元、祠の奥の闇、音の途切れ。

一瞬のブレ、揺れ、空気の変化。

何かが“映っていた気がする”瞬間。

それを探しながら、彼の指が止まる。


コメント

「あれ、奥になんかいたよな?」

「巻き戻して見たらマジで影動いてた」

「なんか音しなかった? ギシッて」


そして、その“気配”の直後、コメント欄が一瞬だけ、沈黙する。

カケルは息をのんだ。

それは、自分だけが感じた異変ではなかったと確信する瞬間だった。


「……“0”……」


ぽつりとカケルが呟いたその言葉に、明確な意味はなかった。

けれど、名を持たない像――姿も記録も残されていない“それ”を、何かに分類しなければ、話が始まらないと思った。

何もわからない。何もない。

だから、“ゼロ”。

全ての記録の起点。

観測不能、定義不能、それでも“ここにある”。


彼は自分のノートPCに向き直ると、調査用のフォルダをひとつ作成した。


《File:00_白辺山/社》


その名もなく、形も定かでない“像”の記録が、今ここから始まる。

カケルの“観測”が、静かにログを刻み出していた。

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