零祀

Naml

第壱章:観測

第壱話:裏山奇録



名はなかった。姿もなかった。

それでも――人は祀った。

それは、かつて“神の子”と呼ばれた。

誰も知らない。最初の祭壇に、何がいたのかを。



―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ――




《裏山奇録【閲覧注意】地元で噂の“顔のない像”をガチ調査してみた》


※この動画には一部不快・恐怖を感じる描写が含まれます。苦手な方は視聴をご遠慮ください。


「よォ〜、ど田舎オカルト系YouTuberのケンジです!今日は、地元でヤバいって話題の“白辺山の社”に行ってみるぞ!触れたら呪われるとか言われてる、謎の像があるらしい!」


 いつものテンションで手を振るケンジ。画面の向こう、後ろには深く青黒い森の影。

 カメラの揺れが、臨場感というより“息苦しさ”を醸し出している。


コメント

「ついに来たかw」

「やばい場所だって聞いたぞ」

「地元民から忠告入ってるやん」

「ケンジってばこういうのだけは本気で怖がるよな」


 画面が切り替わり、山奥の朽ちた鳥居をくぐるケンジの姿。

 静まり返った森、風の音さえ止まっていた。


「これが……社? なんも管理されてないじゃん。廃墟かよ……」


 祠のような建物の中に、それはあった。


「……うわ……こいつか」


 像は木で作られ、節のような継ぎ目がいくつも走っている。

 顔はまるで削り落とされたように、ただの空白。

 なのに、目が合った気がした。空間がきしむような音すら、どこかで鳴っていたような。


コメント

「なにこれ」

「マジで顔ないじゃん」

「これは笑えないレベル」

「造形やばすぎて鳥肌」


「ちょっと、なんか……最近誰か来た跡あるかも」


 足元の枯葉が乱れ、空き瓶、色あせた布切れ、そして……掘り返された土。

 ケンジがしゃがみこもうとしたその瞬間、

 画面が一瞬だけぶれた。


 像の奥――森の奥に、“誰か”の影が立っていた気がした。


 コメント欄が止まる。


 ケンジの息が詰まる。


「……今、なんか……いた?」


 無言のまま、ケンジはゆっくり立ち上がり、像に背を向けた。

 少しの間だけ、背後から“視られている”感覚がカメラ越しにも漂う。

 そのまま何も言わず、静かに動画が終わる。

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