第16話

 皆の視界から姿を消し、仕事に向かう途中、長門は少し引っ掛かることを考えていた。

 ツアー一行の参加メンバーリストを開き、名前を確認していく。今時ならば三次元投影型スクリーンの電子デバイスもあるというのに、長門は今も変わらず液晶画面のデバイスを使っている。投影型にしないのは値段の高さもあるが、彼の感性的に液晶の方が合っていた。

 「これは…」

 ツアーのメンバー、先ほどの説明中に気になった参加者の一人。その者の名前を見つけた。

 「阿曇、…まさかな」

 長門はそんな偶然あるわけないかと思ったが、目が似ていたなとも思った。

 「さて、仕事に行かねば」

 と歩きから小走りへと緩やかに切り替え、予定に遅れぬようにと内心焦った。


 「では現状観測を用いている研究を一部説明しましょうか」

 案内人が己の人工意識をツアー一行の電子端末に接続する。いきなりの接続に皆が戸惑うが、案内人は操作を続ける。端末のハッキングに近いが、接続した本人は気にしない。

 「あの、何を?」

 「皆様の端末に接続した方がここでの研究に限っては説明しやすいので」

 情報の漏洩対策でもあります、こちらの方が管理できるのでと接続するのを続ける。

 「さて、では初めに定理宇宙を観測して分かったことについて話していきましょうか」

 端末に情報が流れ込む。そこには研究での成果が書かれていた。

 「そもそも定理宇宙とは何か。これは皆様ご存じの通り、公理から産まれた定理により現出している宇宙です。では私たちが生きる宇宙は定理宇宙そのものか。確かに私たちは定理宇宙に生きています、が正確には定理宇宙内の物理宇宙を生きています。この物理宇宙というものは定理宇宙や公理宇宙が考えられる前には単に宇宙とされていたものです。物理理論や法則で成り立っている宇宙ということですね」

 案内人の説明は大学で聞いたことがある。超弦理論だとか十一次元だとか言われていた宇宙のことだ。

 「これ以外にも定理宇宙内では数学的な空間や形而上学的領域も存在します。ここには生身で行くことは出来ません。行けるとするなら知性体達でしょうか。彼らは物理宇宙と数学的空間や形而上学的領域を軽々行き来します。このことは観測とそこから得られた推論によるものです」

 「現在の観測からはこれらの要素が定理宇宙内に存在していることが分かっています。ですがまだまだ分からないこともあり、物理宇宙の全体像なんかは未知です」

 物理宇宙が定理宇宙内にあるのは分かっているが、どのくらいの割合を占めているのか、内部空間の広さ、物理宇宙自体が定理宇宙内で多宇宙的広がりを見せていないか、細かいことはまだまだ研究中だ。

 「あの、質問良いですか?」

 阿曇にとって意外なことだったが、木村が手を挙げ、質問しようとしていた。

 「ええ、何でしょう」

 「物理宇宙って物理理論とかが適用されてる宇宙ですよね。じゃあ物理宇宙自体に多世界解釈が適応されてたりします?」

 「おっ、良い質問ですね。多世界解釈と言うとエヴェレットですね、この解釈が適応されているのかという質問ですが、エウクレの観測でその可能性はあるとされています。エヴェレットの多世界解釈はコペンハーゲン解釈と違い、量子の波動関数が収束せず、代わりに多世界が生まれます。言ってしまえば原子や量子一個の状態が違うだけで多世界が出来ます。まあ可能性で分岐している宇宙群ですね。ここにいる私という可能性と原子一個分横にいる私という可能性、これだけでも宇宙は分岐します。また可能性だけでなく選択でも分岐します。そんな解釈ですね。長くなりましたが物理宇宙でもそういう分岐を無限回行っているとする可能性もありますよ」

 「無限回とすると行う時間は有限では出来ませんから宇宙の時間も無限ですか?」

 「そういうことになりますかね、無限回の分岐ですから。この研究所のように、物理宇宙自体がプランク時間単位で分岐しているかもしれませんし、次元上昇の際に見たでしょうが、宇宙は多時間的ですから原子一つの時間を考えると無限であると考えても不思議はありません」

 話を聞いていた阿曇は分かりはしたが、いまいち想像つかなかった。

 質問を終えた木村が話しかけてくる。

 「阿曇、これって次元ごとに別々とかだったりしない?」

 どうやら木村は三次元や四次元、十次元や十一次元のように次元ごとにそれぞれの多世界の広がりがあると思ったようだ。

 「十次元空間が無限個入れるのが十一次元だからな、ある次元の宇宙を覗けばその次元の一つ下の宇宙が多世界解釈で広がってましたはあるかもな」

 そう考えると余計頭の中で収集つかなくなる。

 「俺達って自分の生きてる宇宙のこともろくに知らないんだな」

 「そりゃな、誰しも良く知らないことくらいあるもんさ」

 二人は物理宇宙の広さに思いを馳せた。

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